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法は世につれ 世は法につれ

齋藤 隆

 我々弁護士は,社会生活において生起する様々な紛争に法を適用して解決する裁判制度の下で仕事をしています。社会生活は,法規範によって規律されますから,社会生活のあらゆる場面,例えば,行政との対応も,私人間の取引も,家庭内の身分や財産に関する問題も,当事者間での調整がつかなければ,最終的には全て法を適用することによって解決されます,そこで,依頼者の方々からの要望も,任意の話合いでは解決できない状態になった問題について,法的正義に適った解決を求めるものであり,弁護士にとって最も必要な業務が,このような紛争の法的解決であるということができます。

 ところで,一口に法といっても,大きく分けて実体法と手続法があります。国と国民の間や国民同士の間における権利義務関係を直接規定するのが実体法であり,民法,商法,会社法,刑法等がその代表です。他方,権利義務関係に争いがある場合にそれを実現するための裁判手続の仕組みとこれを利用する際の準則を定めるのが手続法で,民事訴訟法と刑事訴訟法がその代表です。その中でも,実体法は,具体的な権利義務に係る法的効果とそれが発生するための要件を定め,裁判における紛争解決の基準となるだけでなく,事前に国民の行動規範ともなりますから,社会生活への影響は直接的です。

 ところが,法はいったん制定されると,同じ手続で改廃されるまでその内容が変更されることはありません。もとより,民法や刑法等の基本的な法律が度々変更されるようでは,国民の行動基準としての一貫性が失われ,社会生活の安定と安全を図るという機能を十分に発揮できませんから,不変性と普遍性が重要ということになります。

 我が国は,明治期にヨーロッパ諸国の法制度を取り入れて近代化を図りましたが,その過程で制定された民法(明治29年法律第89号)と刑法(明治40年法律第45号)は,部分的な改正を経たり,漢字片仮名の文語体表記から漢字平仮名の口語体表記に改められたりしながらも,基本的な骨格をそのまま維持して存続しています。これは,国民が順守すべき最低限のモラルとしての刑罰による社会統制と財産の得喪変更をもたらす経済活動の中心である取引に関するルールが時代の進展に左右されることなく維持されていることを表しています。そして,我が国の近代的な国家制度は,この明治期に形作られ,それまでの国民の行動様式は一変しました。法が社会の在りようを変えた典型的な例です。特に,民商法の分野ではこの傾向が顕著であり,所有権の概念や各種契約類型がこの時点で法に取り入れられ,国民の財産的な基盤が形成されました。

 さらに,第二次世界大戦後,我が国は,基本的人権の尊重と国民主権主義を基本理念とする日本国憲法の制定に伴い,政治機構が大きく変容するとともに,憲法の理念に抵触するものについて法改正が行われました。その典型が民法の親族・相続編の改正であり,家制度及び家督相続制度の廃止に伴い,家族に関する基本的な法律関係に大幅な修正が加えられました。その結果,核家族化が進み,また,夫婦や親子の関係が大きく変化したことは周知のとおりです。

 以上は,法が社会の基本的な仕組みを変えたことによりそれを構成する人間の行動様式までも変えた例として挙げることができます。

 しかしながら,社会生活は時代とともに変転しますから,法が旧態依然とした内容を変えることなく存続すると,新しい社会現象に対応できない事態が生じます。前述のように,法は,頻繁に改正できるようなものではありませんから,いわば現実とのギャップを埋めるものが必要となります。その役割を果たすのが判例による法創造であり,時として,法解釈の規準を示す域を超えて,一種の立法的な役割を果たすことになります。例えば,担保法の分野で,物権法定主義の下で,新たに考案され取引界で普及した譲渡担保や仮登記担保に法定の担保物権と同様の地位を与えた一連の最高裁判例がその顕著な例として挙げられます。このようなことは,経済構造が変化し,技術革新が進むと,取引関係に従来では考えられなかった問題が生じることから,財産法の分野ではしばしば見られることですが,法が国民の経済行動の規範ともなることにかんがみると,法改正により明確に要件と効果を定め,権利義務関係を律する基準を提示しておくことが必要です。世の中の変化が法の改正をもたらすということになります。

 戦後の民事法の分野における重要な法改正は,主として手続法の分野で行われてきました。これは,経済活動の円滑化のためには裁判制度が十分に機能しなければならないことから,法の後進性がこの分野で目立つためにまず手を付けられてきたためと考えられます。時系列的にみても,民事執行法(昭和54年法律第4号),民事保全法(平成元年法律第91号),民事訴訟法(平成8年法律第109号),民事再生法(平成11年法律第225号),会社更生法(平成14年法律第154号),人事訴訟法(平成15年法律第109号),破産法(平成16年法律第75号)等,枚挙にいとまがありません。

 これに対して,民事実体法の分野は,会社法を別とすれば,最も重要な民法の財産法の分野が立ち遅れており,特に現代型取引を律するための債権法の改正が急務といわれてきました。そこで,上記の一連の手続法の改正が一段落したことから,平成21年に法務省に設置されている法制審議会民法部会に「民事基本法典である民法のうち,債権関係の規定について,同法制定以来の社会・経済の変化への対応を図り,国民一般に分かりやすいものとする等の観点から,国民の日常生活や経済活動にかかわりの深い契約に関する規定を中心に見直しを行う必要があると思われるので,その要綱を示されたい。」との諮問がされ,平成27年に同審議会において「民法(債権関係)の改正に関する要綱案」が決定された後,これを受けて内閣から「民法の一部を改正する法律案」が国会に提出され,現在継続審議(衆議院で閉会中審査)に付されているところです。今後の進展については必ずしも明らかではありませんが,国民の経済生活に影響を及ぼすことですので,注視しておく必要があり,また,弁護士にとっても予め研究しておかなければならない重要な課題であることはいうまでもありません。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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