弁護士コラムバックナンバー

弁護士業務における傾聴の重要性

澤田 行助

 今年の4月から、一般社団法人日本産業カウンセラー協会が運営する産業カウンセラー養成講座に通っています。11月初旬まで、実技と理論を学ぶのですが、その大部分の時間が面接実習に充てられています。私が所属する面接実習のグループでは、2人の講師と12人の実習生がおり、それぞれがカウンセラー役とクライエント役に分かれて、概ね毎週日曜日、朝9時から午後5時まで面接実習を行っています。面接実習では、カウンセリングの技法について多くのことを学びますが、その中でも最も重要なものが傾聴の技法です。

傾聴とは、文字通りクライエントの話に最大限耳を傾けることであり、その中心的な態度は、クライエントとの信頼関係のもと、カウンセラーが見せかけではなくありのままの心理状態において、クライエントを無条件かつ肯定的に受け入れ、クライエントに共感し、理解を示すことです。そして、傾聴というプロセスを通じて、クライエントが自ら問題を発見し、解決することを手伝うのがカウンセラーの役割です。来談者中心療法(Client-Centered Therapy)を唱えたカール・ロジャーズは、人間は本質的に、自ら成長し、問題を解決する能力を備えていると断言しています。

もちろん、法律問題において、クライアントが自ら問題を解決するわけではなく、解決を指南し、具体的行動を執ることが我々弁護士の役割です。しかし、表面的には法律問題であったとしても、その根底に心の悩みがあることも頻繁にあります。そのような場合に応じた相談の仕方というものがあるはずです。私は、傾聴の技法を学ぶことで、日常の法律相談、ひいては弁護士業務において、これまで気がついていなかった一見当たり前のことに改めて気付くことができたように思います。

一つ目は、まずはクライアントの希望ありきということです。弁護士は、法律家として、法律問題を最も合理的な方法で解決することがその役割であることは今更言うまでもありません。しかし、クライアント自身が本当にどうしたいのかを確認するためには、法律問題の根底にある過去の出来事やクライアントの感情をきちんと確認しなければなりません。また時として、クライアント自身も自らの感情や希望に気付いていないことがあるので、感情に共感的に応答していくことで、その点を明確化していく作業も必要になるかもしれません。我々は、どうしても同種事案などの過去の経験に基づいた考え(準拠枠)を目の前にいるクライアントに当てはめてしまいがちです。もちろん、判例に見られるように同種事案の検討は不可欠なものですが、クライアントの希望がいつも同じとは限らないということ、話を聴いているときには、一旦自らの準拠枠を外すということを肝に銘じておく必要があると思います。

二つ目は、一つ目にも共通することですが、法律問題の背景は、要件事実だけではないということです。クライアントは法律相談に来ているわけですから、法律問題の解決に必要なことは、弁護士が聴いてくるのだろう、自分はそれに答えていけばいいのだろうと考えている可能性が多分にあります。要件事実は、一定の法律効果が発生するために必要な具体的事実のことで、訴訟では、当事者に要件事実の主張・立証責任があるものとされています。以前は私も、事件の種類・性質に応じて当たり前のように要件事実をクライアントに質問し、それに対する回答を埋めていくことで問題の背景をも理解したものと考え、それらを前提とした自分の考えを述べ、方針を決定していた時期がありました。しかし、あるときそのような方針決定が必ずしもクライアントの要求を満たしていない場合や、見えなかった背景事情が実は重要である場合があることに気付きました。事案に沿った真の解決方法を追求するために、傾聴により、様々な事情を理解した上で方針を決定していくことが必要だと思います。

三つ目は、中途半端な信頼関係では問題は解決せず、信頼関係構築のためにはある程度の面談が不可欠だということです。訴訟においては、当方に不利な事情が相手方から主張されます。それが予想外のものなのか、事前に予想していた上でのものなのかで、訴訟における攻撃防御の方法は大きく変わってきます。そのような事実をクライアントに事前に話していただけなかった場合、それは、信頼関係が構築できていなかったことを意味します。弁護士は、積極的に虚偽の事実を主張することはできませんが、不利な事実を積極的には主張しないことは認められていますので(消極的真実義務)、不利な事実を弁護士に話したからと言って、それが訴訟上全て明らかになるわけではありません。また、不利な事実を含めた全体像を知っていれば、早期に訴訟の見通しを立てて、和解など事案に応じた方針を立てることも可能です。したがって、守秘義務を守ることは言うまでもありませんが、全てを話してもらうために言葉や態度に十分に注意し、傾聴の技法により、信頼関係(カウンセリングにおけるラポール)を十分に構築した上で訴訟に臨むことが必要だと考えています。

とはいえ、時間的制約等もあり、傾聴を実践するには困難を伴うことも事実ですが、私は、今後も弁護士業務に役立てられる傾聴の技法を身につけながら、クライアントにとってベストな問題解決方法を追求していく姿勢を大切にしていきたいと考えています。

以上

注)上記は、法律用語としての「クライアント」、心理学用語としての「クライエント」を区別して用いています。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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