弁護士コラムバックナンバー

言葉と情報処理の難しさ

三木 昌樹

 今年(2022年)7月8日に掲載された「天声人語」に言葉そのものが持つ力が侮れない例として、「育休」という言葉を取り上げていました。

 「育休」の実態としては「休」みからは程遠いにもかかわらず、「休」という文字を使っているために「育休」を取得しにくくなっているとして、東京都は「育業」という愛称に改めるとのことです。

 確かに「休」を「業」という言葉(文字)に変えることによって、子供の世話をするという本来の目的や内容が変わるわけではありませんが、私も呼び名を変えることで休暇が取りやすくなる効果が期待できるような気がします。

 その一方で呼び名が変わることにより、その言葉(文字)を使うもともとの意味や方向性が曲げられてしまうリスクがあることにも十分に注意する必要があると思います。

 「育休」が「育業」に変えられることによるリスクとしては、「休」であれば権利としての側面が強かったのが「業」になると義務の色合いが強くなるのではないかといったことなどが考えられます。

 もとより言葉は自分の意見や見聞きした情報を他人に伝える道具として極めて重要です。

 さらに言葉を文字として記録できるようになると、言葉の影響は飛躍的に大きくなります。大げさに言えば文化や文明の継承がより確実に行われ、ある時代のある地方で生まれた有用な考えや技術などが場所や時を超えて広がりやすくなり、文化や文明の発展に大きく寄与するようになったと思います。

 むしろ文字が文化や文明を生み発展させてきたとも言えます。

 また、文字そのものだけでなく文字が記録される紙の発明など、文字の媒体の使い勝手の善し悪しも文化や文明に大きな影響を与えてきたと思います。

 現代においては言葉や文字などあらゆる情報についてコンピュータによる情報処理が極めて重要になっています。

 コンピュータによる処理の基本は「0」と「1」の2つの数字というか記号を使うことによって行われているとのことですが、電気信号による処理のスピードアップが可能になるとともに、通信技術の発達もあって膨大な量の情報を瞬時に処理できるようになり、通信や情報処理の環境さえ整えておけば、情報を受け取るだけでなく、誰でもが広く情報を発信できるようにもなりました。

 この情報の双方向性は従来の情報の使われ方とは異なる局面であり、まさに革命的といえますが、これまでとは異なる次元で社会の様々な分野で大きな変革をもたらすとともに、この情報の双方向性を悪用したフェイクニュースや情報操作には十分気を付ける必要があります。

 さらになりすましなどかなり悪質な情報も増えてきており、真実らしいまたは事実に似せた情報が蔓延しています。

 これからは情報を探したり収集することよりも正しい情報か否かを判断することがより重要になると思います。

 実務に携わる法律家の仕事と言えば、あらかじめ頭に詰め込んでいる法律に関する知識や裁判例などの中から、各事案の解決に必要と思われるものを選び出し適用することが主なものでした。

 しかし今では必要となる法的な知識はパソコンで検索すればたちどころに表示されます。

 使えそうな過去の裁判例をはじめ、最適な法理論までアッという間に検索できます。

 言ってみればこれまで必要であった法理論や過去の裁判例を覚えるという作業をコンピュータが代わりにするので、弁護士などはそれらを組み立てるだけということになるかもしれません。

 もっとも検索して得られた知識や情報が必ずしも正しい知識や理論ではない可能性も大いにあります。

 そこで必要になるのは正しい知識に基づいた正しい判断ということですが、中でも情報についての真偽の見極めが極めて重要になってくると思います。

 AIによる審査を活用した契約書の作成なども実用化されているとのことですが、囲碁や将棋などのルールにのっとったゲームとは異なり変化にとんだ社会の中でルールを無視することにより起きるトラブルなどに対処することが多い事案には、まだまだ生身の人間によるチェックが欠かせないのではないかと思います。

 私のような高齢者にとってこのような環境の変化は順応するのが大変ですが、これまで必要とされた記憶に頼るという作業がパソコンを使うことによって大幅に改善されるのは大歓迎です。

 勿論新たにデジタル言語を覚えたりパソコンの操作を覚えることもやっかいですが、それなりに楽しいことでもあります。

 これからは、このような新しい環境を柔軟に受け入れ、今まで以上にパソコンと仲良くして脳細胞にも刺激を与えながら若さを保つようにしていきたいと思っています。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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