弁護士コラムバックナンバー

大規模災害後に生活を再建するための法律・制度

澤田 行助

 東日本大震災から僅か5年しか経過していない中、熊本で大地震が発生しました。被災された皆さまには心よりお見舞い申し上げます。実際に被害に遭われた方々はもちろん、今後、いつ発生するか分からない大規模災害に備えて、他の地域の方々も災害から復興するための法律又は制度を知っておくことが極めて重要です。私は、所属弁護士会の災害対策委員会および仲裁センター運営委員会に所属しているため、そのような法律又は制度に触れる機会があることから、情報発信をさせていただきたいと思います。

1 罹災(りさい)証明書の取得

市町村長は、当該災害の被災者から申請があったときは、遅滞なく、被害状況を調査し、罹災証明書を交付しなければなりません(注1)。罹災証明書は、後記の各種の公的支援適用のための判断材料として活用されています(民間保険会社の全損等の基準とは異なります)。住家の場合、損害割合が50%以上の場合を全壊、40%以上50%未満の場合を大規模半壊、20%以上40%未満の場合を半壊、20%未満の場合を半壊に至らないと判定します。判定に不服がある場合には再調査も可能です。また、店舗や事業所、工場等に被害を受けられた事業者の方に対しても罹災証明書が発行されます。倒壊した家屋を補修する場合でも、被害状況はできる限り写真に収めておくことが重要です。なお、東日本大震災では罹災証明書の発行が遅滞したことから、平成25年6月の災害対策基本法等の一部改正により、遅滞ない発行のための体制確保が市町村長の責務として位置づけられています(注2)

2 被災者生活再建支援法

被災者生活再建支援法は、各都道府県が、世帯主の申請により、A 住宅が全壊した場合は、基礎支援金100万円(大規模半壊の場合は50万円)、B その後建物を建設又は購入した場合には、加算支援金200万円(補修の場合は100万円、賃借の場合50万円)として、A+Bの合計額の支給を行うことを定めています(注3)。申請は都道府県の委託を受けた各市町村役場に行います。

3 災害弔慰金の支給等に関する法律

(1) 災害により、世帯の生計維持者が死亡した場合には、各市町村から、災害弔慰金として、最大500万円、生計維持者以外が死亡した場合には、最大250万円が支給されます(注4)

(2) 災害により重度の後遺障害が生じた場合には、災害障害見舞金として、世帯の生計維持者の場合には最大250万円、その他の場合は最大125万円が支給されます(注5)

(3) 災害により、住居等に被害を受けた場合に資金の貸付を受けることができる災害援護資金貸付制度も用意されています。所得制限はありますが、世帯主の負傷の程度、家財・住居の損壊の程度により、最大で350万円の貸付を受けることができます。期間は原則として10年、利息は、一定の据置期間(3年ないし場合により5年)は無利子でその後は原則として3%です(注6)。なお、貸付を受けた者が死亡したとき、又は精神若しくは身体に著しい障害を受けたため災害援護資金を償還することができなくなったと認められるときは、償還の免除が定められています。ただし、具体的な内容は政令に委ねられていますので、各自治体の制度を確認することが必要です。

(4) 災害発生後一定の期間を経過した後に死亡した場合であっても、災害と死亡との間に相当因果関係があると認められる場合(災害関連死)は、災害弔慰金の支給対象となり得ます。東日本大震災のケースでは、地震から11か月経過後に心疾患で死亡したケースについて、弔慰金不支給決定が取り消されたものがあります(注7)

4 自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン

災害によりローン支払いが困難になった場合の問題については、一般社団法人全国銀行協会を事務局とする「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン研究会」が同ガイドラインを策定し(注8)、平成28年4月1日から適用されています。同ガイドラインは金融機関の自主的・自律的な準則であり法的拘束力はないものとされていますが、金融機関が尊重・順守することが期待されているものです。災害の影響を受けたことにより(注9)、住宅ローン、事業性ローンその他の債務を弁済することができないと見込まれる個人(個人事業主を含む)の方で、破産手続や民事再生手続等の法的倒産手続の要件に該当することになった方が対象となります。ガイドラインの内容を概観すると以下のとおりです。

(1) 既往債務(住宅ローンに限られず、自動車ローンやリフォームローン、事業資金の借り入れを含む)を弁済することができないこと又は近い将来において既往債務を弁済することができないことが確実(支払不能)と見込まれる債務者が対象となる。

(2) 自由財産は、現預金については、原則として上限500万円まで残すことが可能(ガイドラインに金額は明示されていないが、定めのない点の運用は、東日本大震災に関連して策定・公表された「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」(平成23年7月)の運用(注10)を参考にするとされているため)。また、家財道具等の生活必需品、被災者生活再建支援金・災害弔慰金などの公的支援金は上記500万円とは別に残すことが可能。義援金は、これを差押禁止とする立法がなされれば、自由財産となる(東日本大震災関連の義援金については、このような立法がなされた(注11))。

(3) 災害が発生する以前に、延滞等の期限の利益喪失事由がないことが必要。

(4) 債務整理の申出を行おうとする債務者は、主たる債権者(元金総額が最大の債権者)に対してガイドラインの手続に着手することを申し出、主たる債権者は、申し出から10営業日以内に手続着手の同意、不同意を回答する(事前協議が重要)。

(5) 上記同意後、関係団体を通じて全銀協に対し、予め登録された登録支援専門家(弁護士、公認会計士、税理士、不動産鑑定士)の委嘱を求める。登録支援専門家は、代理人としてではなく公正中立な立場から手続を支援する。但し、債務の減免の調停条項案の作成や説明の支援や特定調停の申立手続の支援は必ず弁護士が行う。登録支援専門家の費用は無料。

(6) 上記専門家の委嘱を受けた後、対象となる全債権者に通知して、債務整理開始(一時停止スタート=財産の処分や弁済が禁止される)。速やかに財産目録、債権者一覧表等の必要な書類を提出。

(7) 弁済計画等を記載した調停条項案は、上記の債務整理開始から原則として3か月以内に提出。提出後、すべての対象債権者に対して説明(書面の交付又は債権者説明会による)を行う。債務の減免を内容とする場合は、弁済能力や破産手続による回収見込等を考慮し、対象債権者にとって経済的合理性を期待できる内容とすることが必要。

(8) 対象債権者は、保証人に対する保証履行は、一部例外の場合を除き、原則として求めない。

(9) 対象債権者は、調停条項案の説明の日から1か月以内に同意・不同意を回答。

(10) 上記の同意を全債権者から得られたとき又は同意を得られる見込みがあるときは、債務者は、簡易裁判所に特定調停手続(注12)を申し立てる。

(11) 対象債権者全員の合意により特定調停手続成立。

(12) ガイドラインに基づく債務整理手続は、信用情報登録機関に報告・登録されない。

(13) 債務整理開始から6か月が経過した場合又は特定調停手続が終了した場合は、債務整理手続は終了。

5 災害時ADRの活用

また、東京三弁護士会(東京弁護士会・第一東京弁護士会・第二東京弁護士会)などが行っている災害時における紛争解決手続は、災害により境界等に争いが生じた場合や隣地の塀が事故の敷地内に倒れて放置されている場合などに、話し合いにより問題を早期に解決する手段として極めて有効です。東日本大震災後に仙台弁護士会が行った震災ADRは大きな成果を上げました。東京三弁護士会でも、いざというときのための災害時ADRに備えて、三会共通の窓口を設け、申立手数料や期日手数料を免除、成立手数料を半額とし、手続を迅速・簡素化する等の制度設計を行っています。

最後に、熊本地震により被災した方々に対しては、政府からは、H28.4.28付「いつもの生活を取りもどすための役立つ情報まとめ」(2016年5月中旬更新予定((注13)))が、熊本市からはH28.5.2付「平成28年熊本地震被災者支援制度(第1版)」(H28.5.8 11時半更新(注14))が速やかに配布されています。状況に応じて新しい法律が制定されたり、制度や運用が変更されることもありますので、更新版を含め、適宜確認することが重要です。

  1 災害対策基本法第90条の2

  2 平成25年6月21日 災害対策基本法等の一部を改正する法律による改正後の災害対策基本法等の運用について(府政防559号 消防災第246 号 社援総発0621第1号)

  3 被災者生活再建支援法第3条

  4 災害弔慰金の支給等に関する法律第3条1項、災害弔慰金の支給等に関する法律施行令第1条の2

  5 災害弔慰金の支給等に関する法律第8条、災害弔慰金の支給等に関する法律施行令第2条の2

  6 災害弔慰金の支給等に関する法律第10条、災害弔慰金の支給等に関する法律施行令第7条

  7 盛岡地裁平成25年3月13日判決 陸前高田氏の男性(56歳)が平成23年12月28日に急性心筋梗塞で死亡した例

  8 一般社団法人全国銀行協会HP

http://www.zenginkyo.or.jp/abstract/disaster-guideline/

  9 災害救助法(昭和22年法律第118号)の適用を受けた自然災害をいう

10 一般社団法人個人版私的整理ガイドライン運営委員会HP

http://www.kgl.or.jp/news/20120125.html

11 東日本大震災関連義援金に係る差押禁止等に関する法律(平成23年法律第103号)

12 特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律(平成11年法律第158号)

13 首相官邸HP

https://www.kantei.go.jp/jp/headline/pdf/kumamoto_earthquake/book.pdf

14 熊本市HP

http://www.city.kumamoto.jp/hpkiji/pub/detail.aspx?c_id=5&id=12636

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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