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政府調達苦情検討委員会に対する苦情申立手続の特徴と留意点

板倉 陽一郎

1 政府調達の概要とこれに対する法的手段
(1) 政府調達の概要
 本稿では,違法・不当な政府調達により不利益を受けた事業者の採れる法的手段としての政府調達苦情委員会に対する苦情申立手続の特徴と留意点を解説していくが,その前提として,政府調達の根拠法を概観する。

 政府調達(中央政府の調達)の根拠法は会計法(昭和22年法律第35号)であり,政令として「予算決算及び会計令」(昭和22年勅令第165号)及び「予算決算及び会計令臨時特例」(昭和21年勅令第558号)が,省令として契約事務取扱規則(昭和37年大蔵省令第52号)が存する。政府調達の方法は一般競争入札が原則であり(会計法29条の3第1項),例外的に指名競争入札(同第4項),随意契約(同第5項)が許される。

 更に,WTOの「政府調達に関する協定」(以下,「1994年協定」という。)及び「政府調達に関する協定を改正する議定書」(以下「改正議定書」といい,1994年協定とあわせて「WTO調達協定」という。)その他の国際約束が適用される調達(一定の「基準額」を超える調達)のうち、中央政府の機関については、国の物品等又は特定役務の調達手続の特例を定める政令(昭和55年政令第300号)及び国の物品等又は特定役務の調達手続の特例を定める省令(昭和55年大蔵省令第45号)が国内実施法として存し,1994年協定及び改訂議定書その他の国際約束上の調達手続が担保されている。

 これらに加えて,「我が国は、協定上の義務に加え、日米交渉も踏まえ各種の物品やスーパーコンピューター、コンピューター製品等、非研究開発衛星、電気通信機器等、医療技術製品等、建設サービスの各分野の政府調達において、より踏み込んだ自主的措置を定めて」(政府調達苦情処理体制ウェブページ )おり,これらは後述するとおり政府調達苦情検討委員会における苦情申立手続においては規範として機能するが,あくまで自主的な措置である。

 なお,以上は政府調達(中央政府の調達)を前提としており,地方公共団体の行う調達については地方自治法及びその下位法令(1994年協定及び改訂議定書の国内実施法としての政令を含む)が別途存在する。また,1994年協定及び改訂議定書の適用を受ける独立行政法人等や民間事業者については,政省令は適用がない。

(2) 違法・不当な政府調達により不利益を受けた事業者の採れる法的手段
 政府調達が違法・不当になされ,これにより不利益を受けた事業者が採れる法的手段は何か。調達を実施した機関が,談合等により不当に入札したものに対して不当利得返還請求を行ったり(東京地判平成22年6月23日判タ1392号129頁,東京地判平成25年4月24日判例集未登載)(平成20年(ワ)第8168号)(いずれも国の事例),公正取引委員会の排除措置命令等を条件とする約定賠償金の支払請求を行ったり(最判平成26年12月19日判時2247号27頁)(地方公共団体の事例)する例は見られるが,違法・不当な政府調達により入札「できなかった」事業者等,不利益を受けた事業者が採れる法的手段というと難問である。

ア 独禁法25条又は不法行為に基づく損害賠償請求
 違法・不当な政府調達のうち,特に入札談合については私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号,以下「独禁法」という。)3条等に反する行為であり,入札談合を行った事業者等に対して,排除措置命令等が先行すれば独禁法3条に基づく,そうでなくとも不法行為に基づく損害賠償請求を行うことが理論的には可能である。もっとも,実際には独禁法25条訴訟は調達を実施した機関からしか見られず,不法行為に基づく損害賠償請求についても特に因果関係(入札談合がなければ自分が入札していたこと)の証明に困難が大きい。

イ 国家賠償請求
 違法・不当な政府調達が行われたことを理由に,調達を実施した機関そのものへの国家賠償請求を行うことも理論上は考えられるが,これも,当該違法・不当な政府調達がなければ自分が入札していたことの因果関係の立証が困難であり,わずかに指名回避による信用失墜について国家賠償請求を認めた奈良地判平成25年4月18日判例集未登載(平成22年(ワ)第861号)(地方公共団体の事案)が見られる程度である。なおこの裁判例では,1443万1200円(及び遅延損害金)の請求に対して,55万円が認容された。

ウ 政府調達苦情検討委員会に対する苦情申立
 このように,不利益を受けた事業者が損害賠償請求を行うに際しては,相手方を,入札談合行為を行ったものとするにしても,調達を実施した機関とするにしても,因果関係の立証が困難であり,入札すれば得られたはずの利益を取り戻すにはハードルが高い。

 他方で,「物品及び建設サービスを含むサービスの政府調達において具体的な苦情の受付・処理することを通じて、内外無差別の原則の下、政府調達制度の透明性、公正性及び競争性の一層の向上を図るため、日本政府は政府調達苦情処理体制を設けて」いる(政府調達苦情申立ウェブページ)。政府調達苦情処理体制は,各省の事務次官等で構成される政府調達苦情処理推進会議と,委員6名、専門委員18名からなり,実際の苦情の受付・検討を行う政府調達苦情検討委員会から構成されているが,自主的措置でなされてきた政府調達に関する苦情処理の体制を,1994年協定を受けてより強化したものとされる。

 違法・不当な政府調達により不利益を受けた事業者に関係してくるのは,実際の苦情の受付・検討を行う政府調達苦情検討委員会である。政府調達苦情検討委員会への苦情申立は,損害賠償請求とは異なり,後述のとおり政府調達自体をやり直させることが可能であり強力だが,手続としては殆ど知られていない(平成8年から現在に至るまでで14件の事案しかない)。

以下では,この政府調達苦情検討委員会への苦情申立手続の特徴と留意点を述べる。

2 政府調達苦情検討委員会に対する苦情申立手続
(1) 手続の特徴
ア 適用される規範
 政府調達苦情検討委員会への苦情申立で適用される規範は,WTO調達協定そのものと,「政府調達に関して適用されることとなる国際約束の指定について」(政府調達苦情処理推進会議議長決定)で指定されたFTA/EPA協定及び,「政府調達に関して適用されることとなる規程の指定について」(政府調達苦情処理推進会議議長決定)で指定された複数の自主的措置である。

我が国ではWTO調達協定の中でも改正議定書が適用された事案は平成26年に出された2件(協定附属書I付表3に掲げるその他の機関に該当する民間事業者の「モバイル決済端末機の導入及び保守の委託」に関する検委事第13号及び,独立行政法人の「国立競技場等とりこわし工事」に関する検委事第14号)しかなく,いまだ事案の集積に乏しい。以下ではこれら2例には適宜触れて説明する。

なお,検委事第13号及び14号で認定された改正議定書違反の条項は以下の通りである。参考条文をみても分かるように,改正議定書で定められているのは政府調達の手続面であって,「入札説明書適合性の判断については,原則として,(政府調達苦情)委員会の検討対象とはならない」(検委事第13号)。また,改正議定書という条約の違反が直接争われるのが特徴である。なお,職権主義的に,当事者が主張していない条項の違反が認定されることもある。

検委事第13号
改正議定書第10条第11項(a),改正議定書第10条第7項(c),改正議定書第10条第7項(a)。その他自主的措置の一つである「日本の公共部門における電気通信機器及びサービスの調達に関する措置」違反も認定されている。

検委事第14号
改正議定書第15条第1項。

参考条文:

改正議定書(抄)

第10条 技術仕様及び入札説明書
第1項〜第6項(略)
第7項 入札説明書
調達機関は、供給者がその有効な入札書を準備し、かつ、提出するために必要な全ての情報を含む入札説明書を入手することができるようにする。入札説明書には、調達計画の公示に既に記載されている場合を除くほか、次の事項についての完全な説明を含める。
(a)調達(調達されるべき物品又はサービスの特質及び数量(数量が不明な場合には、数量の見積り)並びに満たすべき要件(技術仕様、適合性評価の証明、設計図、図案又は解説資料を含む。)を含む。)
(b) (略)
(c) 落札に際して調達機関が適用する全ての評価基準、及び価格が唯一の評価基準でない場合にはこれらの評価基準の相対的な重要性
(d)〜(h) (略)
第8項〜第10項(略)
第11項 変更
調達機関は、落札の前に、参加する供給者に提供した調達計画の公示若しくは入札説明書に定める基準若しくは要件を変更し、又は当該調達計画の公示若しくは入札説明書を修正し、若しくは再度提供する場合には、当該基準若しくは要件の変更又は修正され、若しくは再度提供される当該調達計画の公示若しくは入札説明書を、次の要件に従って書面により送付する。
(a)当該基準若しくは要件の変更又は当該調達計画の公示若しくは入札説明書の修正若しくは再度の提供を行った時に参加していた全ての供給者が判明している場合には、当該全ての供給者に送付すること。
(b) 略

イ 対象となる調達

 対象となる調達は,「政府調達協定及び我が国の自主的措置の定める「基準額」及び「邦貨換算額」」で決められており,以下の通りである。基準額は,例えば,物品の調達であれば10SDR(平成27年12月現在,1300万円)であり(検委事第13号),一部の独立行政法人の建設サービスの調達であれば1500SDR(同,20億2000万円)である(検委事第14号)。
 これらの金額を超える調達でなければ,政府調達苦情検討委員会への苦情申立の対象にならない。

WTO政府調達協定 我が国の自主的措置
SDR 邦貨換算額 SDR 邦貨換算額
<中央政府の機関>
1 物品 10 1,300 10 1,300
2建設サービス 450 60,000 (注) (注)
3建築のためのサービス,エンジニアリング・サービスその他の技術的サービス 45 6,000 (注) (注)
4その他のサービス 10 1,300 10 1,300
<地方政府の機関>
1 物品 20 2,700 (注) (注)
2 建設サービス 1500 202,000 (注) (注)
3 建築のためのサービス,エンジニアリング・サービスその他の技術的サービス 150 20,000 (注) (注)
4その他のサービス 20 2,700 (注) (注)
<その他の機関>
1物品 13 1,700 10 1,300
2A群(日本郵政公社を承継した機関を除く)の建設サービス 1500 202,000 (注) (注)
3B群及び日本郵政公社を承継した機関の建設サービス 450 60,000 (注) (注)
4建築のためのサービス,エンジニアリング・サービスその他の技術的サービス 45 6,000 (注) (注)
5その他のサービス 13 1,700 10 1,300

(単位:万SDR、万円)
(注):我が国の自主的措置の対象外(政府調達協定が適用される)。

ウ 申立適格・被申立適格
 申立適格は苦情を申し立てようとする政府調達に参加した又は参加できる資格のあるものである。従って,そもそも当該政府調達に参加せず,参加できる資格もなかったものは,苦情の申立適格がない。

 また,被申立適格のある調達機関は,会計法の適用を受けるすべての機関の他,「協定附属書I付表3に掲げるその他の機関」であり,後者には,独立行政法人,国立大学法人の他,日本電信電話株式会社(NTT持株会社),日本郵政公社を承継した機関(日本郵政株式会社等)等の公共性の高い民間事業者が含まれる。詳細はリンク先で確認されたい。

なお,地方自治法の適用を受ける全ての都道府県及び指定都市(政令指定都市)は,WTO調達協定の適用はあるが,政府調達苦情検討委員会に対する苦情申立手続の対象ではなく,苦情がある場合には都道府県、政令市の苦情受付窓口へ苦情を申し立てることになる。

エ 手続の公開性
 苦情が申し立てられたこと及びその結果については官報で公示されるが,苦情申立手続自体は非公開で行われる。また,苦情申立人は匿名で申立を行うことが出来る。検委事第13号の申立人は匿名である。

もちろん,匿名であるのは苦情を申し立てられた調達機関に対してではなく,官報における事案の公表等との関係である。

オ 弁護士の関与
 苦情申立人及び,苦情を申し立てられた調達機関は,代理人として弁護士を選任することができる。弁護士以外も代理人になることができるが,主に想定されているのは苦情申立人及び,苦情を申し立てられた調達機関の従業員・職員である。

 実際には,公表されているすべての事案で弁護士が代理人として選任されている。もっとも,政府調達苦情検討委員会に対する苦情申立手続に必要なWTO調達協定,政府調達手続といった分野に明るい弁護士は必ずしも多くなく,また,後述するように,極めて迅速な事件処理が要求されるため,特に,政府調達に頻繁に参加し,政府調達苦情検討委員会に対する苦情申立手続を検討する事業者や,調達機関たる事業者においては,専門性を有する弁護士への日常的な相談により,緊急時に対応できる体制を整えておくことが効果的である。

カ 効果
 苦情申立手続の結果は,検討の結果の「報告書」において、検討の結果の根拠に関する説明を行い、苦情の全部又は一部を認めるか否か及び調達の手続が政府調達協定等の規定に違反して行われたものか否かを明らかにする。また,政府調達協定等に定める措置が実施されていないと認める場合には、「提案書」が作成され,そこでは①新たに調達手続を行う。②調達条件は変えず、再度調達を行う。③調達を再審査する。④他の供給者を契約締結者とする。⑤契約を破棄する。という提案が行われる。

 これらの「報告書」及び「提案書」が通常の訴訟でいえば判決に該当するものであるが,「提案書」の内容はあくまで政府調達苦情検討委員会による提案であって,強制力は有しない。しかしながら,提案内容としては,申立人自身を落札者にする(④)とか,既に存在している落札者と調達機関の間の契約を破棄する(⑤)という強力な内容が含まれる。

 調達機関は原則として「提案書」の内容に従うこととなっている。不適正な調達は会計検査院の検査の対象にもなるところ,調達機関において政府調達苦情検討委員会の「提案書」を無視することは考え難く,実際に,契約の破棄(⑤)が含まれた「提案書」が出された検委事第13号,検委事第14号のいずれにおいても,調達機関は調達のやり直しを選択している。

(2) 留意点
 政府調達苦情検討委員会に対する苦情申立手続を行う際の留意点としては,手続に求められる迅速性が挙げられる。苦情申立手続では,苦情が申し立てられてから90日以内に「報告書」及び「提案書」が作成されることになっている。これは,通常の訴訟手続が1年程度は掛かることからすると,極めて迅速である。

 苦情申立人としても,苦情申立は「事実を知りえたときから10日以内」にしか行えないことになっている。これは,手続が開始したからといって進行が停止するものではなく,苦情申立事由一つ一つにつき「10日以内」であることが必要である。具体的には,ある事実についての改正議定書の条項違反の苦情申立期間はそれぞれ別々に進行し,また,同一事実についての別の条項違反の苦情申立期間もまた別々に進行する。協議が続いている間は苦情申立期間が進行しない等の例外事由はあるものの,複数の事由に基づく苦情申立は,一気に行う必要があるということである。この点,訴訟提起により消滅時効が停止すれば,ある程度自由に訴訟の中で請求の理由を追加できる訴訟手続とは決定的に異なる。

 以上のような迅速性の要請のため,苦情申立手続は,可能な限りすべての苦情申立事由を,「事実を知りえたときから10日以内」に申立書に記載して開始する必要があり,また,書面のやり取りについても,極めて短期間での反論が要求されるため,担当弁護士は当該案件に相当程度集中できる環境が必要である。

3 おわりに
 以上,政府調達苦情検討委員会に対する苦情申立手続の特徴と留意点を述べてきたが,政府調達に参加する事業者においては,苦情申立はほとんど検討したことがないというのが実情ではないかと思われる。特殊な分野であり,準備や手続の対応も容易ではないが,政府調達をやり直させたり,場合によっては苦情申立人を落札者とするまでの強力な結論が得られたりする可能性があることから,違法・不当な政府調達に接した場合は積極的に同手続を検討され,またご相談されたい。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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