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2025年02月

遺言執行者の義務と職務内容

澤田 行助

 遺言書を残す場合、遺言執行者が指定されることが多くあります。

 かつて、遺言執行者は相続人の代理人とみなすと規定されていましたが、2019年7月1日から新民法が施行されてからは、遺言執行者は、法的に明確な権限により相続手続きを進めることができるようになりました。

 ただし、その義務は重大であり、多岐にわたります。

 今回は、遺言執行者の義務とその職務内容について触れてみたいと思います。

1 遺言執行者とは

 遺言執行者とは、被相続人が残した遺言書の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為を行う権限を有する者を指します(民法1012条1項)。

 遺言執行者は、選任が必須とされているわけではありませんが、遺言書にしたがって預貯金の解約や不動産等の名義変更を行ったりするためには、一定の権限を有した遺言執行者がいるほうが、手続きが適正かつ円滑に進むといえるでしょう。

2 遺言執行者の選任

  遺言執行者は、遺言者が遺言書で指定するか、または、遺言者に遺言執行者の指定がなされていないときには、利害関係人(相続人、遺言者の債権者、遺贈を受けた者など)が家庭裁判所に申立てることにより、遺言執行者を選任することができます(民法1010条)。

 未成年者もしくは破産者でなければ、誰でも遺言執行者になることが可能です(1009条)。

 また、遺言執行者と相続人が同一人物であっても法律上は問題ありませんが、遺言の内容が相続人間で平等でない場合などは、他の相続人との間でトラブルが生じやすいので、なるべく弁護士など第三者的な立場の人間を遺言執行者として指定したほうが、遺言執行が円滑に進むと思われます。

3 遺言執行者の法的地位

 前記の通り、改正前は、遺言執行者は相続人の代理人とみなすと規定されていましたが、改正後の民法では、遺言執行者は、「遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」(民法1012条1項)とされました。

 遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずるものとされています(民法1015条)。

 つまり遺言執行者は、遺産の状況を調査し、遺産を管理し、遺産を相続人に分配する権利を有し、相続人の利益・不利益にかかわらず、遺言執行者の行為の効果が相続人に帰属することになります。

 遺言執行者は、相続人の利益を実現するのではなく、遺言者の真の利益を実現する地位にあるということです。

 そして、相続人は、遺言の執行を妨げる行為をすることができず、これに違反した行為は、無効となるものとされています(民法1013条1項2項)。

4 遺言執行者の義務と職務内容

 遺言執行者の義務と行うべき職務の内容は以下の通りです。

(1) 任務の開始義務(民法1007条1項)

 遺言執行者は、その就任を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならないものとされています。

 遺言執行者がまず最初に行うべきことは、被相続人の戸籍謄本を遡って取得して、相続人を調査、確定することです。

(2) 就任と遺言内容の通知義務(民法1007条2項)

 相続人が確定したら、速やかに相続人全員に遺言執行者の就任通知を送付して、あわせて遺言書の写しを送付します。

 これは、遺言書に記載されている者に限らず、相続人すべてに通知する必要があるものとされています。

 仮に、相続人が兄弟しかおらず、兄弟のうちの一人にすべての財産を相続させるという内容の遺言であって、他の兄弟は相続できない場合であったとしても(兄弟姉妹には遺留分がありません)、他の兄弟にも通知が必要であるものとされています。

 一方、遺言によって財産を贈与された受遺者への通知については定められていませんが、受遺者の中でも包括受遺者(遺産の全部または割合的な一部分を遺贈された者)は、相続人と同一の権利義務を有するとされていることから(民法990条)、通知が必要であると考えられます。

(3) 相続財産目録の作成・交付義務(民法1011条)

 そして、遺言執行者は、遺産の内容を調査して相続財産目録を作成し、これを相続人に交付します。

 相続財産目録とは、被相続人のプラスの財産とマイナスの財産を一覧にまとめたものです。

 これは、遺言書にすべて記載されているとは限りませんし、遺言書作成後に新たな財産を取得していることなどもありますから、調査が必要です。

 不動産をどれだけ所有しているのか分からない場合などは市区町村役場で固定資産課税台帳をまとめた一覧表(名寄帳といいます)を取得したり、不明な預金があるときには、銀行に口座の有無を確認したり、通帳を取得して銀行から残高証明を取得したり、金庫を調査したりします。

 相続財産目録の交付も、就任通知と同じく、遺留分がない相続人を含め、相続人すべてに交付する必要があると考えられます。

(4) 相続人への引渡義務(民法1012条3項、646条)

 遺産の内容が明らかになったら、遺言執行者の任務を遂行するため、遺産として判明した金銭や受領した金銭等を相続人に引き渡します。

 具体的には、預貯金の解約による金銭の引き渡しや名義変更、不動産の登記名義の変更などです。

 なお、遺産の移転先は、法定相続人とは限らず、遺言によって財産の贈与を受ける受遺者も含まれます(民法1012条2項)。

(5) 報告義務(民法1012条3項、645条)

 こうして任務が終了した場合には、遺言執行者は遅滞なくその経過及び結果を相続人に報告しなければなりません。

 なお、遺言執行の途中であっても、相続人から請求があれば、その処理状況の報告をしなければなりません。

(6) 善管注意義務(民法1012条3項、644条)

 遺言執行者は、上記の手続きの全体を通じて遺言の執行にあたって善良な管理者としての注意義務を負います。

 これは、業務を委任された人の知識、職業や能力、性質などから異なると考えられており、弁護士などの専門家はより高度な注意義務を負うとされています。

5 その他の遺言執行の手続き

 遺言執行者は、遺言書に記載された内容を実現する手続きを行わなければなりませんから、遺言書に記載することができる事項であり、その実現のために一定の行為が必要である事項、すなわち認知、推定相続人の廃除や廃除の取消し、生命保険金の受取人の変更なども遺言執行者の職務の内容に含まれます。

 例えば、被相続人に法律上の婚姻関係によらずに生まれた子供がいた場合、遺言で認知が記載されていれば、遺言執行者が遺言認知の手続きを行います。

 その場合、遺言執行者は、その就職の日から10日以内に認知の届出をしなければなりません(戸籍法64条)。

 以上のとおり遺言執行者の義務と職務の内容は多岐に渡り、時として相続人間で争いが生じることもありますから、遺言書の作成段階から弁護士にあらかじめ相談されることをお勧めします。

 なお、弁護士が遺言執行者の代理人となって職務を行うことも可能ですので、お困りの際はご相談ください。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。 このコラムを書いた弁護士に
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