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借地非訟手続利用の勧め

齋藤 隆

 民事に関する裁判制度の中に借地非訟事件という借地契約に関する紛争を処理するための特別の手続があることをご存じでしょうか。

 一般にはあまり知られていないことはもとより,法律の専門家である弁護士の間でも広く活用する基盤が形成されているわけではありません。

 しかしながら,借地契約は,人々が日常生活を営んだり,事業活動を行う際の本拠となる不動産の利用に関する基本的な取決めをしたりするものであり,いったん成立すると長期間にわたり固定した法律関係を形成するものであるだけに,地主と借地人との利害が対立することも多く,両者間に紛争が発生すると,解決が困難な深刻な事態を招くことも多いのが実情です。

 例えば,借地契約のほとんどを占める土地賃貸借契約においては,民法の規定により貸主の承諾を得ないで賃借権の譲渡又は転貸をすることはできないものとされており,また,地上建物を地主の許可を得ずに増改築することは禁止するとの特約がされることも多いのですが,実際には借地関係の早期解消を望む地主から承諾ないし許可を得ることは難しいことから,無断で行うこともないわけではなく,これを知った地主から賃貸借契約を解除されるという事案も散見されるところです。

 また,賃借人の交替や増改築から長期間が経過した場合に,地主がその事実を知りながら黙認していたのではないかが問題とされるケースもあります。

 そして,この点に関する承諾・許可が認められず,解除が有効とされれば,借地人は建物を収去して土地を明け渡さなければならず,生活や事業の本拠地を失いますので,甚大な損害が発生するだけではなく,公共性の強いものについては社会的な損失が発生することにもなります。

 このような場合,賃借権譲渡・転貸や増改築について借地人の側に斟酌すべき事情があれば,最高裁判例によっても認められている信頼関係破壊の法理(賃貸借契約は当事者間の信頼関係が基礎となって形成されるものなので,その信頼関係を破壊するに足りない特段の事情があれば解除は無効とされるとの理論)により借地権が保護されることになるのですが,契約両当事者間のどのような事情を考慮すべきかの判断は微妙であり,借地人側の予測に反して解除が有効とされる事態もあり得ます。

 特に,信頼関係破壊の法理は,不動産に関する需要がひっ迫していた第2次世界大戦後の我が国の経済事情の下で借地上の建物の保護という社会経済的な要請が背景にありましたが,不動産取引が投資の対象として行われることが多くなったという世相の変化に伴い建物保護の必要性が減少しているということが判例法理にどのような影響を及ぼしているかという観点からの検討も重要です。

 このような借地関係の特質を踏まえて紛争防止と事案に即した妥当な解決をするために法制度として用意されているのが借地非訟手続です。

 つまり借地契約をめぐる紛争の発生を未然に防止するために契約当事者が合意によって自主的に定めるべき事項を裁判所が代わって非訟手続(口頭弁論における当事者の主張・立証に基づき判決により紛争を解決する民事訴訟とは異なり,裁判所が当事者双方の事情を勘案して行政作用として裁量により利害調整を図るとともに妥当な解決を決定する手続)により定めるための制度が設けられているのです。

 昭和41年の旧借地法の改正(翌42年施行)の際に導入され,平成4年制定(翌5年施行)の借地借家法に引き継がれましたが,その制度趣旨は,上記からお分かりのとおり,借地に関する紛争の未然の防止と円満な解決,当事者の利害の調整,土地の合理的利用の促進にあります。

 具体的には,

 ①事情変更による建物の種類,構造,規模又は用途を制限する旨の借地条件の変更,

 ②建物増改築の許可,

 ③借地契約更新後の建物再築の許可,

 ④建物譲渡に伴う土地賃借権の譲渡・転貸の許可,

 ⑤建物競売及び公売に伴う土地賃借権の譲渡・転貸の許可,

 ⑥上記④又は⑤の申立てがあった場合における土地賃貸人の側からの建物及び土地賃借権の優先譲受・転貸(これを介入権の行使といいます。)の許可を得ること

 を目的とする手続です。

申立てが借地借家法に定められている要件を欠くときには却下(手続的要件を欠く場合)又は棄却(実体的要件を欠く場合)されることもありますが,申立てが適法でかつ理由があるときには,上記の区分に対応して,

 ①借地条件の変更,

 ②増改築の許可,

 ③再築の許可,

 ④譲渡・転貸の許可,

 ⑤建物・賃借権の譲渡等を命ずること

 等の裁判がされるとともに,無条件に申立てを認容したのでは当事者間の衡平を害したり,権利関係が不明確になるおそれがあるときには,付随処分として,他の借地条件(賃料額,賃貸借期間等)を変更したり,申立人に対して相手側に財産上の給付(承諾料としての一定の金銭の支払)が命じられることがあります。

 実務上は,申立てが認容される場合には併せて付随処分がされることがほとんどですが,金銭給付については,これまでの実績から一定の水準が形成されており,事案によりある程度の増減はあるものの,例えば,借地条件変更の場合,典型的な非堅固建物から堅固建物に変更するときは更地価格の10%程度,増改築許可の場合は全面改築と増築・一部改築とでは程度が異なりますが,全面的なときは利用効率の増大に応じて3~5%程度,一部にとどまるときは全体に対する割合に応じて概ね更地価格の3%まで,賃借権譲渡許可の場合は借地権価格の10%程度が目安になっています。

 しかし,ここで重要なのは,基となる不動産自体の評価額がいくらかという点が実際の給付額に大きな影響を及ぼすということですので,割合だけの問題ではありません。

 非訟事件ですので,手続は公開の法廷ではなく,非公開の審問室で行われますが,争訟性が強いので,二当事者対立構造の下で両者の主張・立証を中心に審理されていますので,一般の民事訴訟とさほど変わりはありません。

 借地非訟事件の特質としては,裁判所が申立てに対する裁判をし,また,上記の付随処分をするに当たり鑑定委員会の意見を聴くこととされている点があります。

 通常は,不動産取引に関する専門家である不動産鑑定士,借地上の建物に関する専門家である一級建築士,不動産法制に関する専門家である弁護士が指定されることが多く,裁判所の求めに応じて,申立ての適否及び付随処分の内容に関して専門家の立場から書面により意見を述べることになります。

 実際には,付随処分を定めるに当たっては,不動産評価(対象地の更地価格及び地上権価格)が問題とされるケースが多いことから,当事者の関心も鑑定委員会の評価額がいくらかという点にあり,鑑定書が提出されてから,その価格を参考にして和解をすることもしばしばです。

 以上が借地非訟手続の概要ですが,地主及び借地人の双方にとって民事訴訟の判決に身を委ねるという方法よりは,一定の金銭給付を伴なうものの,ソフトなランディングをすることが可能となる制度を選択する方が無難というケースが多いと思われますので,紛争あるいはその火種を抱えている借地契約の当事者の方々には利用をお勧めする次第です。

 なお,私の講演録「借地非訟の実務」が二弁フロンティア2017年12月号(前編)2018年1・2月合併号(後編)に掲載されていますので,詳しいことをお知りになりたい方はそちらもご参照ください。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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