弁護士コラムバックナンバー

名義貸しの利益分配と行政法規違反

小川 隆史

1 以前にこの弁護士コラムで「行政法規に違反する建築請負契約の効力」について述べたことがありましたが、違った分野、局面での行政法規違反が問題となる事例で昨年最高裁判決が下されていますので、今回はこの最高裁判決について考えてみたいと思います。

2 事案をごく簡略化しますと以下のとおりです。

 宅地建物取引士の資格を有するXが、自ら不動産取引事業を行う計画を立てたものの、自身は自らを専任の宅地建物取引士とする勤務先の会社で勤務を続けるため、計画に加わったAが設立し代表取締役を務め、宅地建物取引業の免許を受けたY会社の名義を使用して取引を行うこととしました。

 そして、ある不動産物件の取引の際、当該物件の購入及び売却についてはYの名義を用いるものの、売却先の選定、売買に必要な一切の事務をXが行い、物件の売却に伴って生じる責任もXが負うとされ、Yに対しては名義貸し料300万円を分配することとされました。

 分配の実現方法としては、当該物件の売却先から売却代金の送金を受けたYが、そこから物件の購入代金、費用等及び名義貸し料を控除した残額をXに支払うものとされました。

 その後、当該物件の取引(購入と売却)が実現し、上記残額が約2300万円になるとしてXがYにその支払いを求めたことに対し、Yが、自らの取り分が300万円とされたことに納得していないとして1000万円を支払ったのみであったため、XがYに対し、残りの約1300万円の支払を求めて提訴しました。

 一方、Yからは、Xに対する1000万円の支払が法律上の原因のないものであったとして、返還を求める反訴が提起されました。

3 これについて、第一審(東京地裁立川支部平成30年11月30日判決)は、Xの主張するXY間の業務委託契約の成立が認められないとしてXの請求(本訴)を棄却し、一方で、既払金の1000万円は、本件事業に係る相応の対価支払合意に基づいてXのした業務の対価の一部として仮払いされたものであって、法律上の原因がないとまではいえないとしてYの請求(反訴)も棄却しました。

 そして、双方の控訴を受けて、原審(東京高裁令和元年9月26日判決)は、本件の経緯や当事者間のやりとり等の事実認定から、本件の利益分配の合意の成立を認め、Xの本訴請求を認容し、Yの反訴請求を棄却しました。

 第一審の判断については、名義貸しを共同して行った両当事者の請求について、双方とも認容すべきでないという価値判断がその背景にあったのではないかということを印象として受けますし、原審の判断については、対外的な事柄(例えば当該物件の売却の効力)が問題となっている事案ではなく、名義貸しを共同して行った当事者間での問題であるため、認定した合意に従った結論とした価値判断も感じるところです。

4 そして、Yからの上告受理申立てを受け、最高裁は、原判決のY敗訴部分を破棄し、東京高裁に差し戻す判決を下しました(最高裁判所第三小法廷令和3年6月29日判決)。

 最高裁は、宅地建物取引業法が、宅地建物取引業を営む者について免許制度を採用して、欠格要件に該当する者には免許を付与しないものとし、免許を受けて宅地建物取引業を営む者(宅建業者)に対する知事等の監督処分を定めていること、免許を受けない者(無免許者)が宅地建物取引業を営むことを禁じた上で、宅建業者が自己の名義をもって他人に宅地建物取引業を営ませることを禁止していること、これらの違反について刑事罰を定めていることを指摘の上、「同法が宅地建物取引業を営む者について上記のような免許制度を採用しているのは、その者の業務の適正な運営と宅地建物取引の公正とを確保するとともに、宅地建物取引業の健全な発達を促進し、これにより購入者等の利益の保護等を図ることを目的とするものと解される(同法1条参照)。」とし、「以上に鑑みると、宅建業者が無免許者にその名義を貸し、無免許者が当該名義を用いて宅地建物取引業を営む行為は、同法12条1項及び13条1項に違反し、同法の採用する免許制度を潜脱するものであって、反社会性の強いものというべきである。」としました。

 そして、「そうすると、無免許者が宅地建物取引業を営むために宅建業者との間でするその名義を借りる旨の合意は、同法12条1項及び13条1項の趣旨に反し、公序良俗に反するものであり、これと併せて、宅建業者の名義を借りてされた取引による利益を分配する旨の合意がされた場合、当該合意は、名義を借りる旨の合意と一体のものとみるべきである。したがって、無免許者が宅地建物取引業を営むために宅建業者からその名義を借り、当該名義を借りてされた取引による利益を両者で分配する旨の合意は、同法12条1項及び13条1項の趣旨に反するものとして、公序良俗に反し、無効であるというべきである。」と判示しました(破棄差戻しとなっているのは、Yが原審において本件合意の内容が同法に違反する旨を主張していたものであるところ、原審が上記事情を十分考慮せず、同主張について審理判断することなく本件合意の効力を認めたものであり、本件合意の効力等について更に審理を尽くさせるため、とされています。)。

5 前述のとおり、原審の判断については、対外的な事柄が問題となっている事案ではなく、名義貸しを共同して行った当事者間での問題であるため、認定した合意に従った結論とした価値判断も感じるところでしたが、最高裁が、宅地建物取引業法の免許制度の趣旨から展開し、名義貸しと利益分配の合意を公序良俗に反して無効と断じていることは、たとえ名義貸しを共同して行った当事者間の内部の問題であったとしても、広く免許制度の潜脱を防止する必要性の高さから納得できるものです。

 行政法規違反には様々なものがあり得ますが、本件のように免許制度が関係するものについては、当該取引を行うことについて十分な注意が必要であることを改めて感じさせる判決であると考えます。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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