弁護士として法改正にどの段階から対応するか
1 はじめに
弁護士は,法律の専門家であるので,法律が改正された場合,これに対応しなければならない。弁護士職務基本規程7条も,「弁護士は,教養を深め,法令及び法律事務に精通するため,研鑽に努める。」と定めている。古来,法の不知は許さず(ignorantia juris neminem excusat)とされ,あらゆる法令は官報を通じて公布されているので,国民には周知されていることになっているが,例えば,内閣法制局のウェブサイトが掲示している「平成28年1月から現在までに公布された法律(題名)(平成28年6月7日現在)」(※1)によると,平成28年中,6月7日までだけで公布された法律は74件である。しかも,これらの法律のうち,「…の一部を改正する法律」等の改正法については,いわゆる『改め文』又は『改める文』と呼ばれる方式(…を…と改める。)で官報に公布されるため,改正前の条文と照らし合わせをしなければ,改正後の条文が分からない。建前と官報だけでは,到底すべての法改正に対応することはできない。弁護士の時間も有限であるから,ある法改正については早い段階から,ある法改正については必要に応じて対応する,ということにならざるをえないが,それでは,法改正についてどの段階から対応すればよいか,逆にいえば,どのくらい遡って情報を得ることが出来るだろうか。
2 法改正の情報をどの段階で得るか
(1) 法改正はどのようになされるか
法改正は,法案が国会で成立することによってなされる。これは,弁護士であれば誰でも知っている(憲法で勉強する)。法案提出が,議員のみならず,内閣によってもできることも,把握している。それでは,法案ができるまでには,一体どのような議論がなされ,どの段階で把握ができるのだろうか。以下では,内閣提出法案を前提にみていく。
なお,一般論であるので,法律によってはこの通りの流れにならないこともある。
ア 立法事実
まず,法改正の原因となる社会的事象がある。これは立法事実といわれ,社会的な耳目を集めるものであれば報道され,消費者が関係するものであれば自治体の消費生活センターや行政機関に直接の苦情が入ることが端緒になることもあるが,業界限定の場合は,事業者団体からの声ということもあり,又,国際関係から生じることもある。いずれにせよ,この段階では法改正に至るかどうかは直ちに判断できない。
イ 見直し条項・附帯決議
新法制定又は法改正の際に,附則等で,見直し条項(「政府は、この法律の施行後◯年以内に〜について検討を加え、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」等の条項)や,見直し,検討等に関わる附帯決議がなされることがある。
これは次の法改正の予告のような効果があるので,少なくとも,「検討」があることは把握しておく必要があり,場合によっては国会審議を直接読んで,やり取りを把握しておくことになる。
ウ 行政計画・予算要求
将来的に法改正するかもしれない事項については,行政計画(例えば,消費者基本法9条は「政府は、消費者政策の計画的な推進を図るため、消費者政策の推進に関する基本的な計画(以下「消費者基本計画」という。)を定めなければならない。」とする。)や,内閣官房・内閣府等の横串部局(各省庁の縦割りとは別の視点から政策を遂行する部局)の計画(法定計画には該当しないこともあるが,例えばいわゆる「骨太の方針」等については,優先順位が高い政策が記載されることとされる)に記載されることがある。行政計画は,長いものでは3年ないし5年で作成されるために,どのような事項が中長期的課題とされているかを把握することにも役立つ。「法改正を視野に入れて」等と記載されれば,法改正があり得るので,当該項目をチェックすることになる。
また,各省庁が実現したい政策について,次年度の予算要求に組み込まれることがある。具体的な予算が付くということは少なくともその政策は具体的な支出を伴って進められるということであり,関連して法改正が必要であれば,これが進む可能性が高いので,取扱分野の予算要求についてはできる限り確認しておく必要がある。
エ 審議会・検討会等(有識者会議)
見直し条項や附帯決議で,「検討せよ」とされたことへの対応として,又は,行政計画や予算要求で「検討する」としたことへの対応として,審議会への諮問・答申や,審議会まで行かなくとも,検討会や研究会といった役所が設置した有識者会議での検討が行われることがある。また,委託調査及び委託調査の検討委員会という形で,形式的には委託先事業者が設置した有識者会議が用いられることもある。これらの答申や,検討会・研究会の報告書では,直接的に法改正事項が記載されることも多いため,主として取り扱っている分野の有識者会議の報告書(場合によっては中間報告書→最終報告書の段階を経る)は必ずチェックしておく必要があろう。なお,審議会の答申や検討会・研究会の報告書は,即日ウェブサイトに掲載されることが多いが,委託調査の検討委員会という形式を採られた場合には,委託年度を超えて委託調査の報告書が出るまでは,内容を把握できず,ウェブサイトに掲載されないこともある。
特に中心的に取り扱っている分野では,公表されている場合,各回の資料や,議事録についても目を通し,場合によっては傍聴することも必要であろう。審議会や検討会・研究会によっては部会やWG(ワーキンググループ),TF(タスクフォース)という形で下位会合が開かれることもあり,会議体の構造を把握しておくことも必要である。
いずれにせよ,近年の情報公開への流れから,これらの有識者会議の資料は格段に入手しやすくなっており,結果として改正された法律の解釈の参考にもなるので,中心的に把握しておく必要がある。なお,そこまでの時間が取れない場合には,答申や報告書の概要スライドが有用であり,また,答申や報告書の解説論文が担当部局の役人によって公表される場合があるので,これらに目を通すことで最低限の把握ができる。
オ 法案の作成
有識者会議の検討結果を受けて,法案の担当省庁が法案の作成を開始する。すべての内閣提出法案は内閣法制局の審査を経る必要が有るため,ある程度法案が出来上がった段階で内閣法制局審査が開始する。この段階では,基本的には具体的な条文の内容を知ることは困難であるが,有識者会議等に法案の概要という形で説明が行われることがあり,その場合はある程度の情報が得られる。なお,法案についてパブリックコメントに付されることはほぼないので,注意が必要である(逆に政令案・省令案についてはパブリックコメントに付されるので,これを把握することが重要になる)。
余談であるが,法改正成立後には,法案の担当省庁と内閣法制局とのやり取りや各省協議の内容を情報公開請求した場合,相当の資料が得られる。ある法改正に関する解釈について徹底的に訴訟で争わなければならないような場合には是非とも検討すべきである。
カ 与党審査
内閣法制局審査が終了した後,法案は与党審査に掛けられる。与党(自民党)の部会や政策調査会の審議事項は自民党のウェブサイトで公開されているので,どの段階まで来ているのか(部会→政策調査会→総務会)はほぼ把握できる。また,部会員等の政治家のブログ等で,法案へのコメントがなされる場合があるので,与党審査は政治家側からある程度の情報が得られることがある。
また,野党への根回しのため,法案が野党の会議で検討されることもあり,その場合は民進党等のウェブサイト及び,政治家のブログ等が同様の情報源になることがある。
キ 法案提出
法案が提出されると,各省のウェブサイトの国会提出法案のコーナーで,実際の条文案が見られる(即日アップロードする省庁が多い一方,これが異常に遅い省庁もある)。しばらくすると,国会(衆議院・参議院)のウェブサイトでも閲覧できるようになる。省庁のウェブサイトではPDFで掲示されるが,衆議院のウェブサイトはテキスト形式で掲示するため,加工して用いるには大変便利である(参議院は横書きだがPDF)。ただし,新旧対照表の形で掲示されるのは省庁のウェブサイトのみである。省庁のウェブサイトには法案の概要の資料(スライド1〜2枚程度)が合わせて掲示されるので,最小限,改正法案の概要を把握するためにはこれが非常に便利である。
ク 国会審議・成立
法改正についての国会審議を把握しておけば,より多くの情報が得られるが,そこまでの時間を裂けるのは,特に中心的に取り扱っている分野のみであろう。なお,国会審議はすべて国会議事録検索システムで検索できるので,中心的な論点に関する質疑のみチェックしておくという事もあり得る。
なお,成立後法案について,国会審議の過程で修正等が行われた場合は,衆議院・参議院のウェブサイトで閲覧できる。附帯決議についても同様に閲覧できる。特に附帯決議は成立後法案だけを見ても把握できないので,チェックしておくべきであろう。
(2) メリハリの付け方
以上のように,法改正については,各段階で情報を得ることができるが,当然,すべての取扱分野の法改正をこれらすべての段階でモニタリングすることはできないので,メリハリを付けて情報収集することが必要である。ただし,最低限,有識者会議の報告書の段階と,提出法案の段階では,内容を把握しておくことが必要であろう。
3 法改正後の対応
法改正後に法改正の内容を把握するためには,まずは前述の,省庁のウェブサイトに掲載された法案の概要の資料(スライド1〜2枚程度)が便利である。また,改正法の解説論文が担当部局の役人によって公表される場合があるので,これらを読むことも有益である。
書籍として,担当部局による逐条解説やQ&A形式の解説書(いわゆる一問一答)が出版される場合がある。また,担当部局の役人が個人的に(という体裁を取って)解説本を出版することがある。これらはまずは参照される解説であり,政府見解を把握するには便利である。勿論,政府見解を常に是とするものではなく,法改正の学術的な評価については,研究者の解説や,解説書等の改訂を待ってこれらと対比して把握することになる。
事業者への影響が大きい法改正については,担当省庁から事業者向けの説明会が開催されることがあり,これに参加することも考えられる。ただし,一般の従業員対象であるので,あまり高度な法的解説は期待できない。他方,弁護士会の研修や業界団体,学術団体等で改正法の解説が取り扱われることもある。この場合は,ある程度の専門家を対象とするため,より高度な解説が期待できよう。
4 おわりに
このように,弁護士として法改正にどの段階から対応するかについては,上記のように情報を得られるポイントを押さえた上で,有限の時間を配分しつつ決めるということになる。ただし,幾つかの分野について常時モニタリングを行っていれば,急遽,新たに法改正について対応されたいとの業務を受任した場合も,ポイントを抑えて対応することが可能となるため,法改正対応のための情報収集はルーティンとして行っていくことが重要ではないかと思われる。
以上
※1 http://www.clb.go.jp/contents/promulgation_law.html(平成28年9月8日閲覧)。
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