弁護士コラムバックナンバー

猪爪寅子が受験した高等試験司法科

板倉 陽一郎

1.「虎に翼」の時代の情報をどう調べるか

NHKの連続テレビ小説「虎に翼」が好調である。主人公猪爪寅子(演:伊藤沙莉)のモデルは第二東京弁護士会で修習、登録されていた三淵嘉子先生であり(注1)、100周年を迎える二弁としても誇らしいことである。

 リーガルドラマは名作、駄作問わず多数あるが、大抵のものは面白可笑しく脚色されており、弁護士が観てしまうと細部の粗が目立って、異世界の法律実務だと割り切らない限りは観賞に耐えないものが多い。

それが、「虎に翼」では、弁護士が唸るほどの時代考証・法律考証がされており、現役弁護士から「一体どこまで調べて脚本を書いてるんだ」「脚本侮っててすんませんでした」との声まで聞こえる(注2)

 さて、現在、何らかの情報を調べようとすれば、まずはインターネット上の検索エンジンで調査するのが基本中の基本であるが、「虎に翼」の時代は1930年代から80年代ということになるので、当然、インターネット以前であり、情報が最初から電子化されていることはあるわけもない。

 寅子の時代の情報を調べようと思うと、図書館や、場合によっては公文書館に頼ることになるのであるが、いくつか、実務的にも有用なリーガルリサーチのソースがある。

 例えば,国立国会図書館デジタルコレクションは、国会図書館が著作権法31条2項によってデジタル化した資料のうち、著作権の観点から問題ないとしたものを、インターネットで一般に公開している。

 IDを作成することすら必要がない。

官報も閲覧することができ、三淵嘉子先生が含まれる昭和13年9月30日の高等文官試験口述試験の公告(注3)(当時,武藤嘉子名)や,昭和24年7月14日に東京地方裁判所判事補に命ぜられた際の辞令(注4)(当時,和田嘉子名)等も見ることができる。

 高等文官試験については,当時,官報で直接,口述試験の受験時間が指定されていたようで,三淵先生の選択科目(刑法,民法,国際公法)まで分かってしまう。

 なお,この頃の高等文官試験司法科口述試験は,民法又は刑法が必須で,選択科目が論文試験科目から二科目であったが,昭和13年度の高等文官試験司法科口述試験で、国際公法は4名しか選択していなかったようである。

 国際公法は現行の司法試験でも選択できるが、令和5年度及び令和4年度で選択者は18人、1%程度で、最もマイナーな科目となっている。

 また,Googleブックスでも著作権の観点から問題ない資料を閲覧することができる。

 作中では寅子の師匠として穂高重親教授(演:小林薫)が登場し、寅子がその著書として『民法読本』を読んでいる場面もみられる。

穂高教授のモデルは穂積重遠教授といわれているが、穂積重遠『民法読本』(日本評論社)は実在の書籍であり、Googleブックスでは慶應義塾大学図書館に所蔵された昭和10年改訂第7版を全文読むことができる(PDFダウンロードも可能である)(注5)

 寅子の時代の基本書の著作権保護期間は基本的に切れているので、当時の基本書を閲覧して、法学徒の気分を味わうこともできるだろう。勿論、実務において、当時の法令の趣旨を調べる等の用途にも用いることができる。

2.昭和13年度高等試験司法科論文問題

 さて、こうして寅子の時代の情報が色々調べられるとなると、弁護士としてどうしても気になるのは実際に受験した(ことになっている)昭和13年度の高等試験司法科論文試験の問題である。

 これも、国会図書館デジタルコレクションで少し検索すれば見つけることができる。

といっても、今のように法務省がPDFで公開していた時代ではないから(注6)、元ネタは受験生向けの過去問集である。 国家試験編集部編『最近高等試験行政司法外交各科問題集 増補改訂13版』(昭和14年、育成洞)58頁(注7)でみることができた。

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 漢文訓読体なので、法律科目だけ、当職の方で新字体・平仮名にしてみた。

 当時の法令のうち、そのまま現行法令であるのは刑法くらいであるが、種々興味深い。

 憲法第一問は、今の司法試験では出題されようもない問題であるが、天皇機関説事件は昭和10年であり、その記憶も生々しい頃である。

 受験生はどう回答したのであろうか。

 民法や刑法、民事訴訟法は、今でも学部の期末試験に出てもおかしくなさそうな問題である。

 刑事訴訟法第一問は大正刑訴法の254条であり、現行刑訴法の197条に相当する。

 勿論、「虎に翼」で帝人事件をモデルにした「共亜事件」を通じて描かれたように、糾問的な実務が当然という時代であるから、現在の感覚の答案とはかなり違ったものであっただろう。

 刑事政策は旧司法試験の法律選択科目廃止(平成12年)まで、長く司法試験科目であったものだが、なんと断種の意義である。

 今出題したらいろいろな意味で炎上するだろう。

「虎に翼」の後半は、裁判官編ということになる。

 時代が下るにつれ、著作権の保護期間が切れている文書は減少していくが、現在の実務に時的に近接してくる。

 これらとの比較をしながらの視聴も、楽しみである。

昭和13年度高等試験司法科論文問題(抜粋)

憲法
一 天皇の国法上の地位を明らかにす
二 立法権の意義及び範囲を論ず
 
民法
一 継続的契約関係の特質を説明すべし
二 担保物権の附従性を説明すべし
 
商法
一 訴えにより無効と為りたる株主総会の決議に基づき会社の為したる行為の効力
二 無能力者の為したる裏書が取り消されたる場合の効果
 
刑法
一 結果的加重犯を説明すべし
二 背任罪を説明すべし
 
刑事訴訟法
一 刑事訴訟法第254条を論評すべし
二 被告人質問の本質を説明すべし
 
民事訴訟法
一 形成の訴えを説明すべし
二 裁判上の自白を説明すべし
 
破産法
一 一般の取戻権を説明すべし
二 異議ある破産債権の確定手続を説明すべし
 
行政法
一 行政処分の無効及び取消を論ず
二 行政官庁が土地所有権に関し行政処分をもって制限を安むることを得べき場合を説明すべし
 
国際私法
一 我が法例における反致の適用範囲を述べよ
二 不法行為の準拠法如何
 
国際公法
一 一国の港内に在る外国商船の裁判管轄権
二 開戦が戦前条約に及ぼす影響
 
刑事政策
一 断種の刑事政策的価値を論評すべし
二 禁固刑を論ず

以上

(注1)明治大学史資料センター「三淵嘉子(みぶちよしこ)—NHKの連続テレビ小説(朝ドラ)の主人公のモデルとなった女子部出身の裁判官—(法曹編)」、https://www.meiji.ac.jp/history/meidai_sanmyaku/thema/article/mkmht0000002myit.html

(注2)田幸和歌子「「脚本家はいったいどこまで調べて…」現役弁護士が驚いたマニアックすぎるエピソードと、実在事件の使い方「『虎に翼』は日本国憲法97条のドラマ化だと思う」國本弁護士インタビュー#1」文春オンライン、https://bunshun.jp/articles/-/70875

(注3)https://dl.ndl.go.jp/pid/2960015/1/13

(注4)https://dl.ndl.go.jp/pid/2963291/1/7

(注5)https://www.google.com/books/edition/%E6%B0%91%E6%B3%95%E8%AA%AD%E6%9C%AC/LgEXWzJt2hoC?kptab=editions&sa=X&ved=2ahUKEwist5zxkfGGAxWzmq8BHdpFEz0QmBZ6BAgJEAc

(注6)余談ではあるが、戦後になっても、どころか、平成になっても、司法試験の問題がオフィシャルに公開されていなかった頃は、短答式試験を暗記するためだけに司法試験予備校関係者が司法試験を受験し、記憶によって再現していたという。

(注7)https://dl.ndl.go.jp/pid/1266769/1/59

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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