弁護士コラムバックナンバー

司法改革についての雑感

藤原 宏高

1.司法改革の現状

 皆様もご存じのとおり,現在の法科大学院制度は,平成13年6月に発表された司法制度改革審議会意見書に基づいて,新たな法曹養成制度の中核をなすものとして導入されました。同意見書が示したスケジュール通り,平成18年度より新司法試験制度が導入され,平成19年には司法試験の合格者数は新司法試験単体でも2000名程度まで増加しました。しかしながら,司法制度改革審議会意見書が暗黙の前提にしてきた各種の条件は,未だ満たされていないというのが実情です。例えば,大幅な弁護士の増員に当たっては,弁護士の活動領域の拡大が当然の前提となっていたはずですが,その出口戦略が不明確であったばかりか,今もって解決の目途が立たない状態にあります。結局,現在の経済情勢と相まって,新人弁護士は空前の就職難となっています。また,法科大学院制度導入の一つの柱が法学部以外の出身者や社会人からの法曹養成にあったはずですが,その受け皿となる未修者の合格率は,既修者よりもかなり低い水準にとどまっています。その影響かよくわかりませんが,法科大学院に対する志願者数,特に本来期待された社会人経験者の志願者数は減っているとみられます。法科大学院の志願者層が拡がるどころか減少し続ければ,優秀な人材の絶対数も小さくならざるをえません。そうすると,現在の新司法試験の合格水準を維持する限り,合格者数は減らさざるを得ない状態になるものと思われます。

他方,これに対しては,法曹の質の維持にこだわらず,現在の合格者数を維持すべき,ないしは合格者数を現状よりもさらに増やすべきとの意見もあり得るところです。

2.新司法試験合格者数と社会人経験者

当事務所のように,社会人経験豊富な法科大学院の未修者をこれまで多数採用してきた法律事務所としては,社会人や他学部出身者が法科大学院を敬遠していることは,心の痛い問題となっております。勤めている会社を辞めるリスクを冒してまで新司法試験に挑戦して法曹になった勇者が法律事務所に就職できない事態は絶対にあってはならないと考えており,この観点からも新人弁護士の就職難はすみやかに解消すべきです。

就職難を解消するため,新司法試験の合格者数を減らす方法が一部では議論されていますが,両面から考える必要があります。一方では,就職活動段階における新規登録弁護士の競争が減少して就職難が和らぐことで,法科大学院の志願者数の減少に歯止めがかかることが期待されると同時に,法曹の質を高く保つことができると考えられます。他方では,合格者数を減らせば,ますます社会人経験者は高いリスクを冒してまで新司法試験に挑戦しなくなり,司法制度改革審議会意見書のめざした理念,すなわち「21 世紀の司法を支えるにふさわしい質・量ともに豊かな法曹を養成し」,「法の支配の理念を共有しながら,今まで以上に厚い層をなして社会に存在し」,「国家社会の様々な分野で幅広く活躍する」との理念自体が実現不可能になってしまうのでは,との危惧があります。

一方,合格者数の増加にも大きな問題があります。志望者数が増えないままで合格者数を維持し,または増加するとすれば,合格水準の切り下げは避けられません。当事務所としては,新人弁護士に対して,依頼者のために何が有利な方策か,依頼者の立場になって徹底的に考えることを根気よく指導しておりますが,このような要求水準を満たす有為な人材に育つためには,法曹としての基本的な能力を高いレベルで保持しているということが前提になります。社会人経験豊富で,かつ法曹としても高いレベルの弁護士を育成するというのは容易なことではありません。こうした経験からは,新司法試験の合格水準の切り下げには大きな抵抗感があります。法曹の質を維持しないと,最終的には弁護士に仕事を依頼する一般市民の皆様が被害を受けることになりかねません。

3.司法改革の理念の実現に向けて

以上のように,法曹養成の現状は,司法制度改革の理念から大きく隔たったものになっています。この現状への対応策として,合格者数についての議論がなされていますが,残念ながら,合格者数の増減だけでは当初の理念の実現に近づくことは困難と思われます。我々弁護士としては司法制度改革審議会意見書のめざした理念をどのようにしたら実現できるか,もう一度原点に帰って,法曹の在り方から議論すべき時期に来ていると思います。

このような困難な時代ではありますが,困難な時代であればこそ変革が可能になります。我々弁護士一人ひとりの活動が,司法制度改革の理念の実現につながるのですから,困難にくじけずに進んで行かねばならないと考えております。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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