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福島第一原発事故における被害回復

澤田 行助

この度、東日本大震災で被災された方々、また福島第一原発事故により避難を余儀なくされた皆様に謹んでお見舞い申し上げます。

地震から約1ヶ月半が経ちましたが、未だ被災者の方々の生活は、全く安定しておりません。また、福島第一原発の被害は、国民の生命および身体の安全を脅かし、農業・漁業をはじめとした地域の産業に深刻な損害を発生させています。今回は、原発事故により生じる損害の賠償について考えてみます。

1.原子力損害賠償法の枠組み

原子力損害の賠償については、原子力損害の賠償に関する法律(以下、「原賠法」)において、原則として原子力事業者の無過失かつ無制限の責任が定められています(同法3条1項)。同条項では、「ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。」とされていますが、今回の地震・津波はこれには該当せず安易な免責はしないというのが政府の見解です。そして、同法は、原子力事業者に、原子力損害の賠償を担保するための措置(賠償措置)を義務付けており、一事業所あたり1200億円までは、原子力損害賠償責任保険(民間保険契約)又は原子力損害賠償補償契約(政府補償契約)によって填補されることになっています(同法8条〜11条)。但し、民間保険契約は、地震、噴火、津波による場合は免責されていますので、今回は政府補償契約のみが用いられることとなります。

そして、損害が1200億円を超える場合で、法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、政府は、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうとされています(同法16条1項)。ただし、この援助は、国会の議決により政府に与えられた権限の範囲内において行なうものです(同条2項)。

以上から、今回の損害の賠償について、東京電力は1200億円までは政府補償契約により政府の補償金を受けることができますが、1200億円を超える損害は自ら賠償しなければなりません。そして、その損害がさらに膨らみ、東京電力では賄いきれない損害が生じたときは、国会の議決を条件として、国が援助することとなります。

2.損害の範囲と因果関係

(1)上記のとおり原賠法は、事業者の無過失責任を定めていますが、同法のそもそもの枠組みは民法上の不法行為(民法709条)ですから、「原子力損害」=「核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用(これらを摂取し、又は吸入することにより人体に中毒及びその続発症を及ぼすものをいう。)により生じた損害」(原賠法2条2項)といえるかどうかは、「損害」及び「加害行為と損害との因果関係」の立証ができるか否かにかかっており、これらは被害者の側に立証責任があります。

そして損害として考えられるものは、避難費用、検査費用や健康被害による治療費などの既に発生した直接的な損害から、逸失利益である営業損害、さらに精神的損害(慰謝料)などがあります。

損害の立証のためには、やはり現実に損害が発生したことを客観的に示さなければならないのが原則です。直接損害の立証として最も確実であるのは、領収書等の客観的資料を示すことであり、営業損害については、売上げや利益の減少を示すための当期及び前年度の会計資料等の数字を示すことです。しかし、生活基盤が失われている方々について、このような立証を逐一要求することは現実的には難しいことから、訴訟に委ねることなく、行政の対応により立証責任を一定程度軽減した形での早期の補償が求められるところです。

(2)次に因果関係の問題としては、事故による放射線の作用若しくは毒性的作用により当該損害が発生することが、一般人から見て、通常相当と認められるか否か(相当因果関係)により判断されることとなります。現実に農作物等の検査における数値が高い地域における営業損害については、事故と営業損害との間に相当因果関係があることは疑いのないところです。しかし、将来において生じる人体への被害との相当因果関係を立証することは、難しい問題を伴うでしょう。

また、営業損害の中でも、風評被害による損害との相当因果関係の立証は、やはり困難を伴います。政府が設定した警戒区域等以外でも、実際には避難を余儀なくされている方々はおられますし、精神的損害も受けておられます。また、放射性ヨウ素等の被害はほとんど無かったとしても、風評により農作物が売れずに大損害を受けておられる農家の方もおられます。更に範囲を拡げて考えれば、福島に限らず日本の食品、工業製品の輸出は大きな痛手を受けていますし、観光産業などは売上げが著しく減少しています。

風評被害と損害との因果関係については、1999年の東海村JCOの臨界事故において、「本件臨界事故に伴い,原告の納豆製品の安全性を懸念する消費者ないしは販売店の心理は,一般に是認できるものであること」や「原告の取扱商品が加工食品ないしはその具材であって,人の体内に摂取されるものであるだけに,本件臨界事故の影響を懸念して返品されたり納入を拒絶された商品については,廃棄するよりほかに採り得る手段がなかったものといわざるを得ないこと」等を理由として、「原告主張に係る即時損害については,これを本件臨界事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当」として、事故と風評被害による損害との因果関係を認めた判例が一つの参考となります(東京地裁平成18年4月19日判決。判例時報1960号64頁)。今回は、福島産というだけで一定の農作物が深刻な風評被害を受けていることも事実ですから、損害の期間や損害額の立証の問題に難しい部分はあるにせよ、被害地域を相当程度拡げて考えることは十分可能であると思われます。

3.最後に

我々弁護士の責務は司法手続により紛争を解決することにありますが、今回の原発事故に関しては、立法および行政の対応を出来る限り厚くし、被害を受けられた方々が早期に救済されることを願って止みません。現在、原賠法18条が定める原子力損害賠償紛争審査会において、風評被害や精神的損害をも対象とした議論がなされているところです。財源の問題はあるにせよ、最小限の補償を最小限の範囲にのみ行うような結論とはならないよう注意深く見守りたいと思います。

その上で、立法および行政では対応しきれない個別・具体的な事情を伴う損害については、多少時間がかかったとしても、我々弁護士が必要な証拠を収集し、法的な主張を構成することによって、司法手続において解決すべき領域であると考えています。

以上     

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