四知
(1 司法関係者による証拠の偽造?
昨年(2009年),刑事弁護事件で偽の証拠を提出したとして,弁護士が実刑判決を受けたと思ったら,今年(2010年)は,検察官が押収したデータを改ざんした疑いが出ています。
もっとも,実刑判決を受けた弁護士は争っており,真実は未だ明らかになってはいません。仮に事実だとしても弁護士が刑事弁護活動の最中に逮捕されるなどという刑事手続きの進め方にも問題があると思いますが,検察官によるデータの改ざんが本当だとしたら,これは前の事件などとは比較にならないほど極めて恐ろしいことだと思います。 そして,これらの事件が事実だとしたら,実行した人は,「分かりっこないから大丈夫。」との気持ちで行ったのでしょう。もし,「分かったところで大したこと無い。」などと考えていたとしたら,それこそなにをか云わんやですが・・・・
(2 楊震の「四知」
ところで,昔,中国の後漢の時代(三国志の少し前)に楊震というとても清廉高潔な人がいて,地方の郡の太守として赴任する途中,ある県に立ち寄ったところ,昔面倒をみたことがあり,その県の県令をしていた王密という人がやってきて,昔お世話になったお礼と言って楊震に対してお金を渡そうとしました。楊震は断ったのですが,王密は「誰にもわからないから大丈夫です。」と言い,しつこくお金を渡そうとしました。それに対して楊震が言った言葉として伝わっているのが「天知る,地知る,我知る,子知る。」すなわち四知ということです。「子」と言うのは「汝」という意味です。要は,「誰も知らないなんてことはないよ。天地,貴方も私も知っているじゃないか。悪いことはいずれ露見する,そんなことはするべきではない。」と諭したとのことです。
(3 証拠についての悩み
前述のマスコミに登場するような事件とは別に,弁護士の活動については民事刑事にかかわらず,証拠の収集,評価,選別などについてはいつも悩まされます。
言うまでも無く,弁護士は法律の専門家ですが,個別の事件についての事実及びその証拠の収集などについては依頼者に頼らざるを得ないことが多いと思います。殆どの事件は,証拠に基づく事実によって争われるのですが,自分の依頼者から提出された証拠であっても,「これ本当なの?」と思うようなことが時々あります。でもそのことを依頼者に確認するのも躊躇するし,そのまま証拠として提出するのはもっと気が引けるということがあります。最近のデジタル技術の飛躍的な進歩によって,証拠の偽造が容易になっているというのも一因だと思います。上記検察官のデータ改ざんは,まさにこのような技術によってなされたようです。
(4 検察官による事件の意味するもの
前述の検察官による事件は,報道されていることが事実とすれば,欲しい証拠を自分で創ってしまったということになり,国家権力の担い手である検察官(大阪地検の特捜検事)が絶対にしてはならないことをしてしまった,と言えます。「特捜が特高になる恐ろしさ」といった川柳が朝日新聞の天声人語で紹介されていましたが,まさに怖いことです。この際徹底的な調査や捜査を期待するとともに,具体的な再発防止策も策定してもらいたいものです。
(5 「四知」を畏れる気持ちを
弁護士は,依頼者の利益のために最善の努力を惜しみません。それでもアト一歩のところで,負ける時もあります。その時は,事情をキチンと説明して依頼者の納得を得るように努めるべきです。私は,依頼者に対して,出来るだけ事前にリスクを説明し,予めそのリスクについて了解を貰ってから事案に対応するようにしています。しかし,いわゆる筋のいい事件であるにもかかわらず,相手方が用意周到な,言ってみれば悪知恵の働く人の場合,証拠の力で負けてしまうことがあります。依頼者が気の毒であればあるほどその気持ちが強くなり,自分自身の力不足を嘆いてしまいます,それでも怪しい証拠には気をつけるべきでしょうね。
楊震に諭された王密は,恥じて退出したとのことです。楊震はその後,賄賂が横行していた後漢の首相のような位に就いて腕を振るったとのことです。
我々,司法関係者は,「四知」を畏れる気持ちを常に持っていたいと思います。
「楊震は四知を恐れて金受けず。」とも言われているようです。
以上
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