当弁護士法人で取り扱っている不正競争防止法営業秘密侵害罪の実務について、ご紹介させていただきます。
私が上村弁理士、及び戸田弁理士と立ち上げたIP Boost Japanは、総合的な知財サービスを提供するものですが、その中でも知的財産を守る法的手段の一つとして、不正競争防止法営業秘密侵害罪の実務が重要であることは、言うまでもありません。
特に企業が企業経営の根幹を構成する知的財産を、
・特許で保護するのか、
・営業秘密で保護するのか、
を経営判断する際には、不正競争防止法の営業秘密侵害罪の効用を見極める必要があります。
第1 従業者等による営業秘密の領得自体への刑事罰の導入と重罰化
不正競争防止法の営業秘密侵害罪は、2009年の改正により、従業者等による営業秘密の領得自体への刑事罰(営業秘密領得罪)として導入されました。
その後の2015年の改正により重罰化され、罰金額についても個人で2000万円以下、法人で5億円以下となりました。
また、海外への漏洩に対しての罰金額は個人で3,000万円以下、法人で10億円以下となる海外重課の仕組みも取り入れられました。
その結果、営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体等を保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得したものは、10年以下の拘禁刑若しくは2000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科されます(法第21条第2項第1号)
イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
第2 不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的
1.営業秘密記録媒体等の領得
要は、「不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的」(図利加害目的)さえあれば、営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体等(以下「営業秘密記録媒体等」という)を保有者から示された従業員等が、営業秘密の管理に係る任務に背き、営業秘密を領得する、すなわち営業秘密の複製を作成するだけで、営業秘密侵害罪が成立することになりました。
これは、従業員による機密情報の不正な持ち出しが多発したことから、事業者が保有する営業秘密の一層の保護を図るため、 営業秘密の刑事的保護について、その対象範囲の拡大等の措置を講じたものです。
なお、経済産業省の逐条解説不正競争防止法(令和6年4月1日施行版、以下「不正競争防止法ガイドライン」という)によれば、「営業秘密の「領得」(第21条第2項第1号柱書)とは、営業秘密を営業秘密保有者から示された者が、その営業秘密を管理する任務に背いて、権限なく営業秘密を営業秘密保有者の管理支配外に置く意思の発現行為をいう」、と定義しています。
また複製の具体例としては、「営業秘密が記録されたデータであって複製が禁止されたものを無断でコピーする行為や、営業秘密である電子データのファイルをメール送付するために添付する行為などが該当」します。
よって、会社のサーバーに保管されていた営業秘密データを、個人のメールアドレスに転送するだけで、営業秘密データの複製、すなわち領得行為に該当し得るので、注意が必要です。
ただし、本項には、未遂処罰の適用はありません。
2.図利加害目的とは
不正競争防止法ガイドラインによれば、「不正の利益を得る目的」とは、
「公序良俗又は信義則に反する形で不当な利益を図る目的のことをいい、自ら不正の利益を得る目的(自己図利目的)のみならず、第三者に不正の利益を得させる目的(第三者図利目的)も含まれる。営業秘密保有者の営業秘密を、自ら不正に使用して不当に収益を上げる目的(自己図利目的)や、開示した者に不正に使用させることによって、その者に不当な収益を上げさせる目的(第三者図利目的)においては、営業秘密保有者と自己又は第三者とが競争関係にある必要はない。したがって、第三者には外国政府機関等も含まれる。また、公序良俗又は信義則に反する形であれば、その目的は経済的利益か、非経済的利益かを問うものではない。」
と解説しています。(自己図利目的とは、身分上の利益その他すべての自己利益を図る目的であれば足り、必ずしも財産上の利益を図る目的である必要はありません)。
よって、公序良俗又は信義則に反する形であることが必要であることから、図利加害目的に当たらないものとして、
① 公益の実現を図る目的で、事業者の不正情報を内部告発する行為
② 労働者の正当な権利の実現を図る目的で、労使交渉により取得した営業秘密保有者の営業秘密を、労働組合内部(上部団体等)に開示する行為
③ 残業目的で、権限を有する上司の許可を得ずに、営業秘密が記載等された文書やUSBを自宅に持ち帰る行為
等が挙げられる、としています。
3.図利加害目的に関する判例
最高裁平成30年12月3日判決は、会社からの退職時の情報の持ち出し行為が不正競争防止法違反(刑事事件)に該当するかが争われた事例において、
「被告人は、勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に、勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ、当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく、その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば、当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから、被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。以上と同旨の第1審判決を是認した原判断は正当である。」
と判断しました(下線は筆者)。
これは事例判決ではあるものの、退職時の会社データの持ち出し行為について、「不正の利益を得る目的」を合理的に推認したものであって、その要件として抽出された事情は大いに参考になるものと考えられます。
第3 域外適用等
域外適用とは、ある国の法律が、その国の主権が及ぶ領域外で行われた行為に適用される場合を指します。
不正競争防止法では、国外で侵害行為が発生した場合にも罰則を適用する「国外犯処罰規定」が整備されています(法第21条5項3号、同条8項等)。
そのため、日本国内において事業を行う営業秘密保有者の営業秘密について、営業秘密記録媒体等の領得行為が日本国外で行われた場合であっても、行為者の国籍を問わず処罰されます(2015年改正)。
ただし、我が国法制とは無関係である外国でのみ事業を行う事業者が保有する営業秘密を、外国で侵害した場合は処罰の対象から除外されます。
また、営業秘密記録媒体等の領得行為については、日本国外において使用する目的で,営業秘密記録媒体等の領得行為を行っても処罰されます(法21条5項1項)。
これも2015年改正により設けられた海外重罰規定の一つで、日本国外において使用する目的で、第21条第2項第1号に規定する領得行為を行った者を海外重罰の対象とするものです。
なお、不正競争防止法ガイドラインでは、
「この目的は、確定的に日本国外で使用する目的を有する場合だけでなく、日本国内で使用する目的に加えて、日本国外での使用の可能性も意識しているといった未必的な認識で足りる。また、領得の際にそのような目的を有していれば、 実際に日本国外での使用に至らなくても本罪は成立し得る。」
と記載していることから、注意が必要です。
第4 営業秘密侵害罪(領得罪)の捜査方法
1.リモートアクセスによる複写処分
営業秘密領得罪の捜査方法としては、捜索差押許可状に刑事訴訟法219条2項の「差し押さえるべき電子計算機に電気通信回線で接続している記録媒体であって、その電磁的記録を複写すべきものの範囲」として「メールサーバの記憶領域」等を記載し、いわゆる押収したパソコンを用いて、リモートアクセスによる複写処分の許可を求めるのが常套手段です。
かかる「リモートアクセスによる複写処分」は、サイバー犯罪に関する条約(平成24年条約第7号)の締結を受けて、刑事訴訟法の2011年改正により、日本の捜査機関にも導入されたもので、捜査機関は、押収済みのパソコンを用いて、捜索差押許可状に基づいて、当該パソコンとインターネットで接続されているサーバーのデータの複写が可能となりました。
この手法によって、捜査機関は、押収したパソコンによってアクセスされていたメールサーバーのデータの複写を行い、メールの送受信による営業秘密データの漏洩の有無を捜査できるようになりました。
ただし、押収したパソコンの操作には、処分を受ける者の協力が必要なことから、刑事訴訟法111条の2は、
「差し押さえるべき物が電磁的記録に係る記録媒体であるときは、差押状又は捜索状の執行をする者は、処分を受ける者に対し、電子計算機の操作その他の必要な協力を求めることができる」
と定めています。処分を受ける者が任意の協力を拒否した場合は、パソコンを解析してログイン情報を入手することになると思われます。
2.最高裁判決
これに対して、サーバーが国外にあるケースでは、国家主権の侵害となりかねないことから、私法共助によるべきか議論があったところ、最高裁判所令和3年2月1日決定は、リモートアクセスによって記録媒体から電磁的記録を複写するなどして収集した証拠の証拠能力が争われた事案において、
「刑訴法が、上記各規定に基づく日本国内にある記録媒体を対象とするリモートアクセス等のみを想定しているとは解されず、電磁的記録を保管した記録媒体が同条約の締約国に所在し、同記録を開示する正当な権限を有する者の合法的かつ任意の同意がある場合に、国際捜査共助によることなく同記録媒体へのリモートアクセス及び同記録の複写を行うことは許されると解すべきである」
と判断して、リモートアクセスにより収集した証拠の証拠能力を肯定しました。
本件事案は、電磁的記録を複写したサーバーがサイバー犯罪条約締結国内にあった事案であり、かつ司法審査を経て発付された捜索差押許可状に基づく手続が行われていたことから、収集した証拠の証拠能力を肯定したものです。
これに対して、サイバー犯罪条約非締結国に対しては、上記決定の射程距離は及ばないことから、仮に捜索差押許可状に基づく手続によって被締結国にあるサーバーからリモートアクセスにより証拠を収集しても、証拠能力は否定されるものと思われます。
以上
問い合わせるにはこちら