定型約款についての実務上の留意点(2)―定型約款該当性の個別的検討、定型約款におけるみなし合意(定型約款の契約への組入れ)
前回は、定型約款該当性についての考え方を示しました。
今回は、いくつかの例を挙げて、定型約款該当性を個別的に検討します。
次いで、「定型約款の契約への組入れ」の問題に移ります。
1 定型約款該当性の個別的検討
(1)銀行取引約定書
銀行取引約定書の定型約款該当性について、立案担当者は、取引の実情において、個別に交渉して修正されるとの理解を前提に、画一的であることが合理的であるとはいいがたいとして、定型約款には当たらないとしつつ、顧客の要望に応じて実際に銀行取引約定書の条項を修正することは極めて稀であるとの見解を踏まえ、定型約款に該当する可能性も認めています。
(2)住宅ローン取引の契約書のひな形
住宅ローン取引の契約書のひな形は、利率について顧客のニーズや借入期間に応じて様々なプランが準備されています。
しかし、金融機関としては、同一のプランを選択した顧客間で契約内容を画一的に取り扱うことを目的としており、その画一的な契約管理によって、利率や手数料等の取引コストが低減する等の利益を顧客が享受している場合には、画一的であることが合理的であるといえますので、定型約款に該当すると考えてよいでしょう。
(3)生命保険取引や損害保険取引における保険約款
保険取引は、生命保険にあっては顧客の病歴等によって契約締結の可否等が決まり、損賠保険にあっては、契約者の年齢や事故歴等を踏まえて保険契約の内容等が決まるものの、その判断は一定の基準に従って機械的に行われることから、相手方の個性に着目して行われる取引ではなく、不特定多数の者を相手方とする取引に当たるとされています。
そして、保険取引は、その主要な契約内容が画一的でなければ商品として成立しないという性質を有しているため、取引内容の全部又は一部が画一的であることが当事者双方にとって合理的なものといえます。
そのため、保険約款は、定型約款に該当するといえます。
(4)賃貸用建物の一室の賃貸借契約の契約書のひな形
建物の賃貸借契約については、個人が自己の所有する建物の一室を第三者に賃貸する場合には、仮に市販のひな形などを参照して契約書を作成したとしても、それは事務の簡易化などを意図したにすぎず、取引内容が画一であることに合理性があるとはいいがたいため、定型約款に該当しないのに対して、複数の大規模な居住用建物を建設した大手の不動産会社が、同一の契約書のひな形を使って多数に上る各居室の賃貸借契約を締結しているといった事情がある場合には、契約内容を画一的なものとすることにより各種管理コストが低減し、入居者としても契約内容が画一であることから利益を享受することもありうることから、そのような場合には、例外的に賃貸借契約書のひな形が定型約款に該当することがありうるとするのが、立案担当者の説明です。
(5)フランチャイズ契約で用いられている約款
フランチャイズ契約で用いられている約款については、その画一性の理由は交渉力の差によるものであるとして、定型約款に当たらないとするのが立案担当者の理解のようです。
これに対して、フランチャイジー(フランチャイズ事業の加盟店)が相当多数に上る場合、契約内容を異ならせることによる管理コストが相応の水準になるという実態が認められるようであれば、そのコストの転嫁回避が画一化の双方合理性の根拠となりうるとして、定型約款該当性に肯定的な見解もあります。
定型約款該当性を否定すると、フランチャイズ契約で用いられる約款に不当条項があっても、フランチャイジーは、民法548条の2第2項による主張ができず、また、同人は「消費者」(消費者契約法2条1項)に該当しないため、消費者契約法による不当条項の主張もできないことになります。
そのため、フランチャイジーが比較的少数の場合は別として、契約内容の画一化の双方合理性を肯定し、548条の2第1項および同条第2項の適用を認める方向の解釈が妥当と思われます。
2 みなし合意(定型約款の契約への組入れ)
(1)みなし合意の意味
契約は、一般的には、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示をし、これに対して相手方が承諾をすることによって成立します(民法522条1項)。
これに対して、定型約款においては、(ⅰ)定型取引を行うことの合意(定型取引合意)がされた場合において、(ⅱ)①定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたときまたは、②定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたときには、定型約款の個別の条項について合意したものとみなす旨が規定されています(548条の2第1項)。
定型約款による契約は、契約成立に関する一般原則の例外として、この(ⅰ)(ⅱ)の要件を満たすことによって合意したものとみなされ、拘束力をもちます。
従来の約款論においては、約款を包括的に契約の内容とする合意(組入れの合意)を認めて、約款の拘束力を根拠づけてきました。
これに対して、約款条項が拘束力を持つ根拠は、個別条項の内容に関する合意でしかないと考えたうえで、一定の場合に個別条項の内容に関する合意があったと擬制するというのが、民法が採用した立場です。
ここでは、契約条項に対する拘束力が認められるためには、「個別の条項」について合意することが必要であるということを前提として、定型約款に関しては「個別の条項」への合意を擬制するという「個別条項合意擬制」の考え方が採られています。
(2)みなし合意の要件
定型取引を行うことの合意(定型取引合意)をした者は、次の①または②の2つの場合に、定型約款の個別の条項についても合意をしたものとみなされます(548条の2第1項)。
「定型取引合意」とは、当該取引を行おうとする合意であり、約款全体を了解して行う合意とは異なります。
例えば、コインロッカーに手荷物を保管する際には、コインロッカーの使用約款の詳細は認識しないものの、手荷物を保管するために、対価を支払ってコインロッカーを使用することについては認識があるといえます。
このような状態での合意が定型取引合意です。
また、インターネットで商品を買う場合には、どの店でどのような商品をいくらで購入するといったことについては意思の合致があるといえますが、契約条件の詳細は認識すらしていないことが想定されます。
このうちの前者の意思の合致が、定型取引合意です。
同様に、預金契約を締結するとか、保険契約を締結するといったレベルの合意が、定型取引合意です。
このレベルの合意があれば、定型約款に記載された個別の条項について認識していなくても定型約款の個別の条項について合意したものとみなされます。
① 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき
「定型取引合意」をした者が、「定型約款を契約の内容とする旨」の合意をすることによって、定型約款準備者の相手方が定型約款に含まれる個別条項に合意したものとみなされます(548条の2第1項1号)。
例えば、売買契約の締結に際して、「当社が作成する約款が適用されます」という内容の合意をした場合や、預金契約の締結に際して、預金規定を承諾のうえ申し込む旨が記載されている申込書を作成した場合のように、特定の定型約款を定型取引に関する契約の内容として組み入れることに合意した場合がこれに当たります。
② 定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示したとき
定型約款を契約内容に組み入れる旨の合意がない場合であっても、定型約款を準備した者が、「あらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示」していた場合には、「定型取引合意」をした者が、定型約款に含まれる個別の条項に合意したものとみなされます(548条の2第1項2号)。
「定型約款を契約の内容とする旨を…表示」したといえるためには、定型約款の内容を表示したことを要するわけではなく、ある取引にある約款が使用されて契約の内容になることが表示されていれば足ります。
例えば、自動販売機による購入契約で、販売機に定型約款を契約の内容とする旨を記載したシールを貼っておくような場合がこれに当たります。
1号の「定型約款を契約の内容とする旨の合意」は、個別具体的な取引を行う旨の合意(定型取引合意)の後にされてもよいのに対して、2号の表示は、「あらかじめ」の表示であるから、定型取引合意の時点で表示されていなければなりません。
(3)表示による組入れの理論的根拠
548条の2第1項2号の場合に組入れが認められる根拠については、理解が分かれています。
立案担当者は、2号の場合に組入れが認められる趣旨を、当事者が実際にその取引を行ったのであれば、通常は黙示の合意があったといえると考えられるけれども、黙示の合意の認定は必ずしも容易でないため、取引の安定を図るために、黙示の合意といいうるか否かを判断することなく、合意があったのと同様に取り扱うこととするものであり、2号は黙示の合意があるといいうる局面を想定した規定であると説明しています。
このように黙示の合意を根拠とすれば、2号も、当事者の合意に約款の拘束力の根拠を求める契約説に基づいていると考えることができます。
これが学説の多数説です。
これに対して、合意とは別個の根拠づけをする見解もあります。
こうした見解として、2号の場合には、「表示」というおよそ当事者の合意を欠く事実に基づいて民法が拘束力を付与するものであり、そこには当事者の合意という事実は、規範化されたものとしてすら介在していないので、同号は相手方の同意がないことを前提に拘束力を認める法規説に立っていると説くものがあります。
しかし、定型約款準備者が「あらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していた」場合に、相手方が異議を唱えずにその取引を行ったのであれば、通常は、定型約款を契約の内容とする旨の黙示の合意があったと考えられるのであり、2号を黙示の合意があったといいうる局面を想定した規定とする立案担当者の説明は理解できるものです。
2号の文言によれば、定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示しておきさえすれば、定型約款が契約の内容に組み入れられるというメッセージを社会に与えることが危惧されますが、黙示の合意があったといいうる局面を想定した規定として2号を理解すれば、同号が適用される「表示」を限定する解釈が可能となります。
このような意味で、立案担当者の考え方が妥当であると考えられます。
(4)「相手方に表示していた」の意味
2号が黙示の合意があるといいうるような局面を想定した規定であるとすると、ここに言う表示は、相手方がみずから契約内容の詳細を確認したいと考える場合には、その表示を踏まえて定型約款準備者に内容の開示を請求し、その内容を確認したうえで、不満な点があれば契約を締結しないことが可能となるようなものでなければなりません。
そのためには、ここでの「表示」は、取引を実際に行う際に、顧客である相手方に対して定型約款を契約の内容とする旨が個別に示されていると評価できるものでなければなりません。
例えば、相手方が署名する書面に特定の定型約款が契約内容となることが記されているような場合にも、相手方が認識する形で記されている必要があります。
例えば、定型約款準備者のホームページなどにおいて一般的に定型約款を契約内容とする旨を公表するだけでは足りず、インターネットを介した取引などであれば、契約締結画面までの間に画面上で認識可能な状態に置くことが必要です。
さらに、当該取引に適用される定型約款が具体的にどの約款であるのかが他と識別可能であることが必要です。
(5)「公表」による組入れ
鉄道・バス等による旅客の運送に係る取引、高速道路等の通行に係る取引、電気通信役務の提供に係る取引その他の一定の取引については、取引の公共性が高く、定型約款を契約内容にする必要性が高い一方で、上記の「表示」も困難な場合があります。
そこで、各種の特別法で、548条の2第1項2号の適用について、「表示していた」を「表示し、又は公表していた」とするとの規定を設け、定型約款を契約の内容とすることについて個別の「表示」がなくとも、「公表」されていた場合には、当事者がその定型約款の個別の条項について合意をしたものとみなしています(鉄道営業法18条ノ2など)。
なお、このコラムの執筆に当たっては、定型約款規定の立法過程の資料を含め、多くの資料を参照していますが、個別的な引用は省略したことをお断りしておきます。
以上
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