弁護士コラムバックナンバー

契約対象範囲の解釈について

小川 隆史

1 契約は,契約当事者の意思表示の合致によって成立しますが,契約対象範囲について当事者間に認識の違いがあった場合,どのように扱われることとなるでしょうか。

 今回は,この点について,土地の売買契約で目的物たる土地の範囲がどこまでかが争われた各事案を題材に考えてみたいと思います。

2 まず,最高裁昭和39年10月8日判決は,「当事者が一筆の山林を表示して売買契約を締結した場合には,特段の事情がない限り,その一筆の山林を構成する地盤の全部を売買する意思であつたと解するのが契約解釈の通則である。この場合に,所有権移転の効力は,当事者が契約に表示したところに従い,右山林の全部について生ずる。」とし,契約書上の表示に従うことが基本であることを示しました。

 もっとも,続けて,「しかし,売買契約書上一筆の山林を表示してはいるが,契約締結当時の諸事情に照らして観察すれば,売買は右山林を構成する地盤の一部を指定し,これを譲渡するという趣旨の契約に外ならず,契約上の表示は,単に右山林部分の同一性を示すために,右山林の地番を用いたというほどの意味しかなく,当事者は右山林部分のみを譲渡する意思を有するにすぎないと解される場合は,前記特段の事情のある場合に当り,所有権移転の効力は右山林部分について生ずるにすぎず,買主は残地の所有権までも取得することはない。」として,「契約締結当時の諸事情」を考慮して目的物たる土地の範囲を特定することがあり得ることを認めました。

3 また,最高裁昭和61年2月27日判決も,一筆の土地の一部(a部分)が右土地のその余の部分(b部分)から現地において明確に区分され,a部分はAに,b部分はBにそれぞれ賃貸されたのちにおいて,Aが目的物を当該一筆の土地と表示して売買契約を締結したとしても,他に賃貸されているb部分を含むとする旨の明示的な合意がされている等特段の事情のない限り,取引の通念に照らしてa部分のみを売買の目的としたものと解するのが相当である旨判示しました。

 当該判決は,目的物を一筆の土地と表示して売買契約が締結された場合に,前記「契約締結当時の諸事情」として,①現地におけるその一筆の土地の区分の状況や土地利用の状況,②当事者の認識,③当該売買契約の趣旨・目的,などを考慮したものと評価されています。

4 そして,近時の下級審判決として,松山地裁平成27年12月7日判決は,まず,「本件売買契約書には,売買の対象として甲一五三番一の土地及び甲一五四番一の土地しか記載されていないから,特段の事情がなければ,本件売買の対象は,客観的に定まるところの甲一五三番一の土地及び甲一五四番一の土地の範囲に限定されると考えるのが自然である」とし,前記最高裁昭和39年10月8日判決の基本の考えと同様の見解を示しています。

 しかし,一方で,(1)原告が,もともと被告主張範囲の土地を資材置き場として自ら使用していたこと,(2)これを他に売却しようと考えて,調査士に測量を依頼し,図面αが作成されたものであること,(3)その作成後ほどなくして本件売買がされたものであるが,原告が売買対象範囲を限定する必要性が生じたなどの事情の変化があったことは何らうかがわれないこと,(4)図面αのほかに,本件売買の対象範囲を特定するような測量図面は作成されていないこと,(5)被告が甲一五四番一の農地転用の手続をするために作成された丈量図は,図面αを元にして作成されているところ,この農地転用のための測量や地積更正の手続には,原告も現地で立会したり,隣地所有者として境界線を証明する趣旨の書面を作成したりして,これに関わっていること,等の諸事情を認定し,「本件売買には,本件売買契約書に記載された地番によって売買の対象を特定したのではなく,現地での指示等に基づき売買の対象を特定したと解すべき特段の事情が存在するというべき」であるとし,結論として,「原告と被告には,被告主張範囲の土地を売買するという意思の合致があると認められるので,本件売買の対象は,被告主張範囲の土地であると認められる。」としました。

5 以上の一連の判例は,まずは契約書上の表示を原則とした上で,当該事案の契約締結当時の個別具体的な諸事情から契約当事者の意思を探るものであり,事案の適正な解決を導く妥当なものであると思います。

 もっとも,「契約締結当時の諸事情」の立証責任は,契約書上の表示と異なる契約対象範囲を主張する当事者が負いますので,立証の成否のリスクを考えると,まずもって,契約対象範囲の契約書上の表示が自身の認識に即しているか,契約の締結の際に特に慎重な確認,検討をすべきといえます。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
このコラムを書いた弁護士に
問い合わせるにはこちら
関連するコラム
↑TOP