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定型約款についての実務上の留意点(1)―定型約款該当性の考え方

後藤 巻則

 従来の約款論では、約款の統一的な定義はありませんでした。

 しかし、2017年改正民法は、定型約款の定義規定を定めて、定型約款規定の適用範囲を画することにしました。

 定型約款規定は全くの新設規定です。

 しかも立法に当たって、定型約款ほど考え方が分かれ、審議が紛糾した規定はほかに見られません。

 「定型約款該当性」、「不当条項規制」、「定型約款の変更」などといった場面で定型約款規定がどう適用されることになるのでしょうか。

 この点が、実務上大きな関心事です。

 そこで、定型約款についての実務上の留意点を扱っていこうと思います。

 今回は、その第1回目です。

 まず、条文を確認しておきましょう。

 民法548条の2第1項は、①ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、②その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものを「定型取引」と定義したうえで、③定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体を「定型約款」と定義しています。

 これによりますと、定型約款に該当するためには、上記の①~③の要件を満たすことが必要です。

1 「ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引」であること(要件①)

 「ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引」とは、ある取引主体が取引の相手方の個性を重視せずに多数の取引を行うような場面を抽出するための要件です。

 たとえば、労働契約は、相手方の能力や人格等の個性を重視して行う取引であるため、「不特定多数の者を相手方として行う取引」に該当しません。

 これに対して、預金取引は、反社会的勢力に該当する者との間で契約を締結しないといった条項があることを除けば、契約締結の可否やその条件について顧客によって違いが生ずることは想定されないため、不特定多数の者を相手方とする取引に当たります。

 また、住宅ローン取引は、貸付額が個別の顧客の収入や購入対象の不動産の価値によって異なりますが、契約締結の判断が相手方の資産等の個性に着目して行われるわけではなく、一定のモデルに従って機械的に行われているという実態をふまえますと、不特定多数の者を相手方とする取引に当たります。

 保険取引も、生命保険にあっては顧客の病歴等によって契約締結の可否等が決まり、損害保険にあっては、契約者の年齢や事故歴等を踏まえて保険契約の内容等が決まるものの、その判断は一定の基準に従って機械的に行われることから、相手方の個性に着目して行われる取引ではなく、不特定多数の者を相手方とする取引に当たります。

2 「その内容の全部または一部が画一的であることが当事者双方にとって合理的なもの」であること(要件②)

 取引の内容の「全部または一部」が画一的であることがその双方とって合理的なものであることが要求されているのは、取引の内容のごく一部が画一的でないからといって、これを定型取引と扱わないのは適切でないと考えられるからです。

 たとえば、携帯電話の通信サービス契約において、利用者が個別に料金プランを選択して契約を締結することがありますが、この取引の重要部分が画一的のものといえるので、この場合における携帯電話の通信契約は、取引の内容の一部が画一的であることが当事者双方にとって合理的なものであって、定型取引に該当します。

 これに対して、定型約款準備者と顧客との間の紛争についての裁判の合意管轄についての定めは、その内容が画一的であり、そのことに一定の合理性があるとしても、それだけではその取引の重要部分が画一的なものとはいえないので、その取引は定型取引に当たりません。

 取引の内容が画一的であることが「当事者双方にとって合理的」という要件については、定型約款が多数取引における便宜のために用いられるものである以上、定型約款準備者にとっての合理性は理解が容易です。

 これに対して、定型約款準備者の相手方にとっても合理的であるということの意味内容は理解が容易ではありませんが、相手方もそのことにより利益を享受する(たとえば、契約内容の画一化による管理コストの低減の結果、賃借人が賃料低減などの利益を受ける)場合などが想定されます。

 定型約款による取引は、交渉が行われず、相手方はそのまま受け入れて契約するか契約しないかの選択肢しかないといった特徴を有しますが、これは「交渉可能性の有無」そのものによって定型約款該当性が定まることを意味しません。

 取引の内容が画一的であっても、画一的である理由が単なる交渉力の格差によるものであるときは、画一的であることが相手方にとって合理的といえないので、定型約款に当たりません。

 このような定型約款概念からしますと、事業者間取引における約款であっても定型約款に当たり得ることになります。

 たとえば、ある企業が一般に普及しているワープロ用のソフトウェアを購入する場合には、契約の内容が画一的であることが通常であり、かつ、相手方がそこで準備された契約条項についてその変更を求めるなどの交渉を行わないで契約を締結することが取引通念に照らして合理的であるといえるので、ソフトウェア会社が準備した契約条項の総体は定型約款に当たります。

 他方、たとえば、ある企業が製品の原料取引契約を多数の取引先企業との間で締結する場合には、画一的であることが通常とまではいえない場合も多いと考えられますし、仮に当該企業が準備した基本取引約款に基づいて同じ内容の契約が多数の相手方との間で締結されることがほとんどである場合であっても、契約内容に関して交渉が行われることが想定されるものである限り、相手方がその変更を求めずに契約を締結することが取引通念に照らして合理的とはいえません。

 そのため、このような事例では、一方当事者が準備した契約条項の総体は定型約款には当たらないことになります。

3 「契約の内容とすることを目的として」当該定型取引を行うその特定の者により準備された条項の総体であること(要件③)

 「契約の内容とすることを目的とする」とは、当該定型約款を契約内容に組み入れることを目的とするという意味です。

 「契約の内容とする」とは、当該定型約款が契約内容に一括して組み入れられることを意味します。

 「その特定の者により準備された」といえるためには、定型約款準備者が自身で作成したことを要しません。 

 「条項の総体」という表現から明らかなように、当該取引における中心的な条項のほかに複数の契約条項が存在することが前提であり、飲食店のメニューやサービスの料金表など目的物と代金額があらかじめ準備されていても、それだけで定型約款が準備されていたとはいえません。

4 定型約款概念の考え方

 以上の定型約款の定義によりますと、定型約款は、これまでの学説が念頭に置いていた約款概念と比べて、より定型化されたものに限定されると考えられます。

 そのため、定型約款は、従来の約款より狭い概念であることはたしかですが、どの程度狭いものと捉えるかについては、考え方が分かれます。

 定型約款を極力狭くとらえる見方として、個人の自己決定や意思を尊重する観点から、定型約款規定は正当性に乏しいという評価のもと、その適用範囲を極力限定しようとする見解があります。

 しかし、立案担当者の説明によりますと、定型約款が用いられる取引の典型例として想定しているのは、多数の人々にとって生活上有用性のある財やサービスが平等な基準で提供される取引や、提供される財やサービスの性質や取引態様から、多数の相手方に対して同一の内容で契約を締結することがビジネスモデルとして要請される取引などであり、そのような取引においては、契約内容が画一的に定められることが通常であることに加え、その契約締結過程では、相手方が定型約款の変更を求めずに契約を締結する(契約交渉が行われない)ことが取引通念に照らして合理的であるという特徴があるとされており、定型約款概念を広く捉えています。

 いずれにしましても、定型約款の定義が、画一的であることがその双方にとって「合理的」という規範的な要件を含むことから、その要件をどのようなものとして理解するかが、定型約款概念に関する解釈論の中心問題になるといえるでしょう。

 立案過程からは、「双方にとって合理的」という文言は、一部の事業者間取引や労働契約に規律が及ぶことへの懸念を除くためのものだったと見ることができます。

 そのため、この要件によってさほど限定する趣旨ではないと考えられます。  

 以上、定型約款該当性の判断の基本的な考え方を示しました。

 どのような約款が定型約款に該当するかの個別的な検討は次の機会に行なうことにしようと思います。   

なお、このコラムの執筆に当たっては、定型約款規定の立法過程の資料を含め、多くの資料を参照していますが、個別的な引用は省略したことをお断りしておきます。                       以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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