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半導体業界のM&Aについて

弁護士法人ひかり総合法律事務所
代表社員 藤原宏高

(このコラムは、2019年7月にM&A情報広場に掲載されたものです。) 

第一 はじめに

 2019年6月2日、ドイツに本社を有し、フランクフルト証券取引所及び米国店頭取引市場に上場するInfineon Technologies AG(以下「インフィニオン社」という)と、カリフォルニア州サンノゼに本社を有し、米国ナスダック市場に上場するCypress Semiconductor Corporation(以下「サイプレス社)という)は、インフィニオン社がサイプレス社の株式を1株あたり23.85ドルの現金で買収する旨の最終契約を締結したと発表した。

 インフィニオン社は、みずからを半導体ソリューションの世界的リーダーと称し、2018会計年度(9 月30日決算)の売上高は約76億ユーロ、従業員は世界全体で約4万100人と発表している。半導体事業の主な事業分野は、車載用半導体、電力制御用のパワー半導体、セキュリティICなどである。

 他方、サイプレス社は、「世界で最も革新的な自動車、産業用、スマート家電製品、家電製品、および医療製品向けの高度な組み込みソリューションのリーダーです。サイプレスのマイクロコントローラ、ワイヤレスおよびUSBベースのコネクティビティソリューション、アナログIC、および信頼性の高い高性能メモリにより、エンジニアは差別化された製品を設計して市場に投入することができます。」と発表している(2019年5月6日四半期配当金発表時のコメントより引用)。

 なお、サイプレス社の2019年第1四半期の業績は、2019年4月25日発表によれば、収入が5億3900万ドル、営業利益1971万4000ドルである。

 2018年度の決算では、収益が24億8384万ドル、当期利益3億5459万2000ドルと発表している。

第2 M&Aのスキーム

 今回のM&Aのスキームは、インフィニオン社が、サイプレス社の株式を1株23.85ドルで取得するもので、サイプレス社の企業価値は約90億ユーロにもなると発表している。

 買収対象のサイプレス社は上場企業であることから、サイプレス社の株式を市場価格法に基づき、今回の買収発表前である2019年4月15日から5月28日までの期間の、30日間の出来高加重平均価格を算出し、これに46パーセントのプレミアムを付けた価格で買い取るというものである。

 取引は2019年末から2020年始めまでに完了する見通しと発表している。

 インフィニオン社とすれば、これだけのプレミアムを付けても買いたいということであるし、自社株を一定程度保有していると思われるサイプレス社の経営陣としても、これだけのプレミアムを付けてくれれば、株式を売却しても良いということである。

 それどころか、サイプレス社は上場企業であることから、インフィニオン社がサイプレス社の株式を市場で買い続ければ、流動性株式が少なくなり、当然上場廃止となるものと思われる。

 今回のM&Aは、サイプレス社の上場廃止後の完全統合までも見通した買収なのであろうか。

第3 今後の見通し

 インフィニオン社のCEOであるラインハルトプロス(Reinhard Ploss)氏は、今回のM&Aについて、以下のように述べている。

「サイプレスの計画的買収は、インフィニオンの戦略的開発における画期的な一歩です。私たちは、収益性のある成長を強化し加速し、事業をより幅広い基盤に置きます。この取引により、私たちは現実とデジタルの世界を結び付けるための最も包括的なポートフォリオをお客様に提供することができます。これにより、自動車、産業、モノのインターネットの各分野でさらなる成長の可能性が開かれます。この取引はまた、当社のビジネスモデルをさらに回復力のあるものにします。サイプレスからインフィニオンまで、私たちの新しい同僚を迎えることを楽しみにしています。一緒に、私達は革新への私達の共有された約束および技術の進歩を加速するために集中したR&Dの投資を続ける。」
(インフィニオン社が公表したプレスリリースより引用https://www.infineon.com/cms/jp/about-infineon/press/press-releases/2019/INFXX201906-074.html

 今回の半導体業界における大型M&Aの背景としては、「車載分野でも IoT 分野同様に単品ではなく、全体最適化された統合ソリューションの提供が求められている」(みずほ銀行産業調査部 hiroyuki.a.masuko@mizuho-bk.co.jp)といわれている。

 また、「InfineonとCypressは、製品の重複が極めて少なく、自動車領域やIoT(モノのインターネット)におけるエッジ端末領域を中心に“補完関係”にあり、Infineonにとって、Cypressは相乗効果を発揮しやすい相手と言えるだろう。ただし、このところ、半導体メーカー間の大型M&A案件では、規制当局の承認を得られず破談となるケースが相次いでおり、買収が完了するかどうかは、今後の行方を見守る必要がありそうだ。」(EE Times Japan 2019年6月4日)とも言われている。

 インフィニオン社にとっては、今回のサイプレス社の買収は、事業拡大、経営基盤強化のための戦略的投資の一環と思われるが、46パーセントのプレミアムが、インフィニオン社の会計処理上、どのように取り扱われるのかは興味のあるところである。

 これが「のれん」として計上されるならば、大きな減損リスクを抱えることになるからである。

 今後の、株式買い付けの推移と企業結合の行く末を見守りたい。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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