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大量の株式を保有された場合における取締役会・取締役が執るべき行動 ~経済産業省の「企業買収における行動指針」を参考に~

清水 敏

1 はじめに

 今年も株主総会の季節が来ました(現在、この原稿を書いているのは2024年6月初旬です。)。

 企業業績の向上、円安、海外勢の日本株への注目、金融庁による“貯蓄から投資へ”の呼びかけや新NISAを含む株式市場活性化などを反映して株価が上昇するとともに、アクティビスト(物言う株主)の動きもあり、株式市場が活発化しています。

2 経済産業省の「企業買収における行動指針」

 そうしたなか、2023年8月31日、経済産業省は「企業買収における行動指針(企業価値の向上と株主利益の確保に向けて)」(以下「本行動指針」といいます。)を策定、公表しました。

 本行動指針は、上場会社の経営支配権を取得する買収を巡る当事者の行動規範を示し、M&Aに関する公正なルール形成に向けての原則論及びベストプラクティスを提示することを目的としています。

 また、企業買収をめぐる論点について近時の裁判例も踏まえながら考え方を整理がなされており、今後の企業買収の実務に影響を与えるものになると考えられています。

3 特定の者が一大量の株式を保有した場合における対応について

(1)企業買収における事前取得(toehold)

 さて、突然、普段取引のない投資会社などが株主構成の一定割合を占めていることが、大量保有報告制度の開示手続により、初めて知るという事態も珍しいことではなくなっています。

 株式を徐々に取得する方法で企業買収をする際、保有株式が5%以上となった場合、金融商品取引法に基づき大量保有報告書を提出する義務が生じます。

 さらに株式を買い進めて経営支配権を取得する際には、市場内での株式取得や公開買付けの実施等をすることになります。

 また、特定の者が、大量の株式を保有している場合、取締役会・取締役は、企業買収の初期段階に入っている可能性があることを念頭におく必要があります。

 事前取得(toehold)を実施して小規模な資本関係を持つことで当該会社の事業、財務の情報を得て、その後、買収を行うかどうか判断しようとしているかもしれません。

 買収予定者としては、事前に大量の株式を保有すれば、公開買付けの成功可能性を期待することもできるためです。

 それでは、相当数の株式を保有されていることを知った場合、取締役会・取締役はどのような行動が期待されているのでしょうか。

 本行動指針の多くの記述は、企業買収実施が現になされている段階での規範を示していますが、そこから、平時(特定の者による買収の計画、提案又は開始について対象会社が認識していない段階と意味しています。)に備えるべき行動も読みとれるものとなっています。

 以下、検討をしてみましょう。

(2)買収提案時における取締役会/取締役が期待されている行動

 本行動指針では、会社の取締役・取締役会には、平時から経営努力を尽くすことで企業価値を高めるとともに、それが時価総額に反映されるための取組みを行うことが求められるとされています。

 たとえば、事業計画(事業戦略及び資本政策)や資本構成の検証、定期的な事業ポートフォリオの見直し、投資家との対話や情報開示の充実、株式の流動性を高める取組み、経営陣の交代・強化や M&A、その他の課題の洗い出し等を不断の実施がなされることが求められています。

 そのようななか、特定の者による買収の計画、提案又は開始について対象会社が認識されたとき、先ずは、会社の取締役・取締役会は、この買収の計画、提案などが、真摯なものであるかどうか、買収者が提示する買収価格や企業価値向上策に有効性が認められるかを検討する必要性が、直ちに、生じます。

 もし、買収の計画、提案などが真摯なもの、企業価値を向上させるものであれば、買収についての対話等を開始することになりますが、反対の場合、買収への対抗措置を講じていくことにもなります。

 本行動指針では、真摯なものではない買収の計画、提案の例として、対象会社やその株主に対して必要な時間や情報が提供されずに買収がされることや、買収者が対象会社や一般株主の犠牲のもとに不当な利益を得ることを目的として経営支配権を取得することなどが挙げられています。

 特に、競合他社により情報収集等を行う目的で行われる買収提案が存在することには留意が必要です。

 このような場合、企業価値ひいては株主共同の利益を損なう可能性もあると指摘がなされています。

 なお、買収への対応方針・対抗措置について、本行動指針では、公開買付制度等の法制度に限らず、事案に応じ、企業が差別的な内容の新株予約権無償割当てを利用した買収への対抗措置を用いた方針(買収への対応方針)を定め、それに基づく対抗措置を発動することがあり、これが適法であると認める裁判例も紹介されています。

(3)平時における取締役会・取締役が期待されている行動

 それでは、取締役会・取締役は、平時においてはどのような行動をなすべきでしょうか。

 取締役・取締役会は、買収の提案時には、直ちに、それが真摯なものであるかどうか、企業価値を向上するものか否かを判断して、場合によっては、買収への対応方針・対抗措置まで検討することが求められています。

 そのため、特定の者が大量の株式を保有したことが認識された場合、取締役会・取締役は、かかる特定の者から買収の提案をされたときに上記の判断ができるようにある程度の準備、調査を進める行動をとることが適切です。

 本行動指針から、少なくとも以下のような調査項目が挙げられるでしょう。

① 株式の保有者と買収の可能性を含めた対話を実施することによる事実確認
② 株式の保有者が、企業買収を繰り返しているのであれば、そのトラックレコード
③ 株式の保有者について、その信用力、事業、資力から買収の蓋然性の有無

 さらに、本行動指針では、投資家・株主が企業の中長期的な企業価値を評価する上で、地域社会や地球環境との関係などを含む非財務情報の要素が重要とされ、かつ企業価値は定量的な概念とされています。

 当然、買収提案時においては、企業価値の向上の有無、程度が最重要検討項目となります。

 そこで、BCP、ガバナンスなど、非財務情報の見える化(定量化)は、まさに平時において進めていかなければならない行動と言えます。

 平時において、これら行動を進めることは、いずれも取締役会・取締役に対する規律として機能して、それ自体、企業価値の向上となっていくものです。

 これからも弁護士として顧客先企業と一緒になって企業価値の向上を進めていきたいと考えています。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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