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経営が安定してきた際に生じうる法律問題

澤田 行助

 事業アイディアを練りに練って念願の起業を果たした後の数年間は、ひたすら売上の獲得を目指し、後ろを振り返ることなどできません。そして起業後3年以上が経ち、ようやく経営が安定軌道に乗ってきた矢先、得てしてそんなときに企業経営者にとって人生の岐路に立つような法律問題が生じます。そしてそのような問題は、これまで共に会社を築いてきた仲間との間の人間関係トラブルから生じることも多いです。今回は、創業時の株主間の持株比率をめぐる問題と、退任取締役の競業をめぐる問題の観点から考えてみます。

1.持株比率をめぐる問題

会社が安定軌道に乗るとよく問題になるのは、創業時に一緒に事業を立ち上げた者同士が仲違いする場合です。営業のトップと技術分野のトップの対立等、それぞれが会社の中枢を担う活動をしていた場合には対立が泥沼化することがあります。そして、会社法では、取締役を解任する株主総会の決議は、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(3分の1以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合は、その割合以上)をもって行うものとしていますから(会社法341条)、原則として過半数の株式を有しているか、過半数の賛成票を集めた株主である取締役が、過半数の株式を有していない取締役を解任することができます。もっとも、敵対してしまった取締役を解任しても、株主であることに変わりはありません。定款変更や非公開会社における募集株式の発行(新株発行および自己株式の取得)等、出席議決権の3分の2以上の賛成が必要となる特別決議については、依然として議決権が足りませんから、取締役を解任された株主が3分の1以上の株式を有する株主である場合には、重要事項の決定ができなくなってしまいます。このような停滞を解消するために株式を譲り受ける場合には、多額の費用が生じるということも起こりますし、何より会社経営の停滞は、会社の存続にとって致命的な事態になりかねません。もちろんこのような事態が起こらないよう十分に信頼できる仲間と最後まで運命を共にする決意で起業することは大切なことですが、企業仲間の死により、予想し得ない相続の問題が生じることもあり得ます。やはり自らが思い立って起業する際には、会社の経営権は自らが握るべく持株比率を3分の2以上に上げておき、協力者には持株以外の形で報酬を支払うことで信頼関係を築いていくことが理想です。もちろん、その前提として、起業の際に、その会社の方向性は自らが決し、自らが危険を冒して会社を立ち上げるという強い決意が必要となるでしょう。

2.退任取締役の競業をめぐる問題

また持株比率の問題にまでは発展しなかったとしても、経営の方向性で対立が生じ、取締役が退任して同種の事業を始め、場合によっては元の会社の従業員を引き抜いたり、取引先を奪うなどということも、起業後数年が経ったときに起こりうる人間関係トラブルです。重要な戦力である取締役ばかりでなく、大切な社員まで失いかねないのですから、会社の存続に関わる由々しき問題です。

取締役は、その在任中は、会社に対して善管注意義務や忠実義務、そして競業避止義務を負担しますが、退任後は、これら各義務は消滅し、会社との競業についても、職業選択の自由により、制限されないというのが原則です。しかし、判例では、退任した取締役が、在任中から顧客を移転して、従業員の引き抜きをしていた場合や、退任後に大量の従業員を引き抜く場合など、一定の悪質なケースで、信義則上、在任中の善管注意義務や忠実義務に違反することがあるものとされており、そのような場合には、不法行為による損害賠償の請求も可能とされています。

経営者としては、このような事態を避けるための心理的・法律的な抑制策として、取締役の就任時の役員規則を整えておき、退任時前に誓約書を取得しておくということが極めて重要です。といっても退任時には誓約書に署名しない可能性があるので、誓約書は就任時および在任時に取得しておく必要があるでしょう。但し、期間や場所の制限無く一律に競業を禁止すれば有効というわけではありません。原則論としては憲法上保障された職業選択の自由があるわけですから、退任取締役の地位、競業を制限する期間・場所・職種の内容、代償措置(退職金の支給)の有無や内容など、取締役の地位や制限の内容に応じて誓約書の有効性が判断されますので注意が必要です。また、その前提として、会社にとって根幹の部分とも言える重要なノウハウや情報の管理が極めて重要であり、そのノウハウや情報を誰に管理、担当させるかを最も重視しなければならないことは言うまでもないことです。なお、管理職たる従業員が退職する場合であっても、就業規則で一定の義務を課すことはできますが、より職業選択の自由による要請が強く働きますので、取締役に比べ、期間や場所の制限はより厳格になります。

起業後数年が経つと、特に人間関係の面で思いもよらないトラブルが生じますので、そのようなリスクを事前に予期し、経営面および法律面の両観点から対処して、より安定的な企業へと発展していただきたいと思います。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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