弁護士コラムバックナンバー

授業目的公衆送信補償金制度(著作権法35条)とオンライン教育の行方

武田 昇平

1.「授業目的公衆送信補償金制度」(著作権法35条)の施行

 平成30年著作権法改正によって創設された「授業目的公衆送信補償金制度」(以下「本制度」といいます。)が、新型コロナウイルス流行に伴う教育現場の状況に鑑み、当初の予定(令和3年4月)を早め、令和2年4月28日から施行されることとなりました(令和2年度の補償金額は無償と決定されました。)。

 従来、教育現場での著作物利用に関しては、対面授業のための著作物のコピー・ 配布や、対面授業の様子を遠隔地に同時中継する際の著作物の送信は、権利者の許諾なく行えることとなっていた一方で、その他のインターネット送信については個別に権利者の許諾が必要とされていたため、円滑に著作物が利用できない場合があるという課題が 指摘されていました。

 そこで、学校の設置者が文化庁の指定する権利者団体(指定管理団体:一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会、略称:SARTRAS(サートラス))に一括して補償金を支払うことで、個別の許諾を要することなく様々な著作物を円滑に利用することができるよう本制度が創設され、これにより、予習・復習・自宅学習用の教材をメールで送信することや、リアルタイムでのオンライン指導やオンデマンドの授業において、講義映像や資料をインターネットで児童生徒等に対して送信することなどが可能となりました。

 新型コロナウイルスの流行により学校が閉鎖され、9月始業・入学制度も検討される中、オンライン教育の実施とその充実は子供の学習の機会を確保するために重要であることは言うまでもなく、本制度が存分に機能することを期待しています。

2.地域の社会経済的文脈を超えた教育機会(教育格差問題)

 ところで、松岡亮二著『教育格差-階層・地域・学歴』(2019.筑摩書房)では、戦後の日本は、どの時代も出身家庭と地域という子供本人にはどうしようもない初期条件によって、教育機会の格差があり、これが最終学歴・収入・職業・健康等の様々な格差の基盤となる「緩やかな身分社会」であることが様々なデータを基に示されています。

 出身家庭の学歴や資本、教育意識の差が子供の学歴取得に影響することは直感的に理解できるところですが、本書では、世帯収入や学歴等が高い社会経済的背景が同質な人たちが集まり醸成される当該地域の「あたり前」(規範)が、そこに住む児童・生徒にも内在化され、学校その他教育サービスへの期待も異なっていくという、学校間、地域間格差生成のメカニズムも丁寧に説明されています。近年、社会に開かれた教育として、参加型教育の実践的取組が行われていますが、児童・生徒たちの社会的体験は、地域の社会経済的文脈と無関係ではないとすれば、児童・生徒に対し地域を超える公平かつローコストな教育の選択肢が別に提供されなければならないでしょうし、その意味で、教育の情報化推進に、地域間の教育格差を解消する機能を持たせることは、大いに有意義ではないかと思います。

3.本制度の背景と要件

 本制度創設の背景となった「ICTを活用した教育の推進に関する懇談会」報告書(中間まとめ)(平成26年8月29日)では、ICTを活用する意義として、「離島や過疎地等の地理的環境に左右されずに教育の質を確保できる点」を挙げる一方で、ICT教育環境の整備や教員のICT活用指導力の状況には地域間格差が見られ、ICT教育環境の整備に関する計画を有している地方公共団体が約3割にとどまっていること、及びICT活用指導力に関する研修の受講率が都道府県間で最大80%以上の差が生じており、その差は今後さらに拡大していく可能性があることが指摘されています。

 上記で紹介した書籍に示される地域間(学校間)格差が、まさにICT教育環境にも表れている状態といえそうですが、本制度がこのような状況を改善するという制度的文脈も持ちながら創設されたことからすれば、本制度の解釈・運用を、教育格差の解消機能という視点で検討しておくことは必要であるように思います。

 改正著作権法35条1項は、次のように定めています(分節して記載します。)

① 学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、
② その授業の過程における利用に供することを目的とする場合には、その必要と認められる限度において、
③ 公表された著作物を複製し、若しくは公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。以下この条において同じ。)を行い、又は公表された著作物であつて公衆送信されるものを受信装置を用いて公に伝達することができる。
④ ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該複製の部数及び当該複製、公衆送信又は伝達の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

 本制度の詳細は、文化庁が公表する平成30年著作権法改正による「授業目的公衆送信補償金制度」に関するQ&A(基本的な考え方)や、教育関係者、有識者、権利者で構成する「著作物の教育利用に関する関係者フォーラム」がとりまとめている「改正著作法第35条運用指針(令和2(2020)年度版)」に説明されておりますが、これらによれば、①の「教育を担任する者」とは、教諭、教授、講師等であり、教育委員会等の組織が主体となり教材や授業動画を作成・配信する場合は、この制度の対象外とされています(この場合、権利者の許諾を得る必要があります)。また、②の「必要と認められる限度」については、クラス単位や授業単位(大学の大講義室での講義をはじめ、クラスの枠を超えて行われる授業においては、当該授業の受講者数)までの利用を意味するとされています。

 そして、本制度は各教員が授業を受ける児童生徒に限定して配信することを想定しているため、誰もが見られるウェブサイト上にアップロードすることはできず(但し、例えば、YouTubeを活用する場合、「非公開」や「限定公開」という設定を行うことによって受信者を限定することは可能。)、あくまで個々の教員が自らの授業のために教材等を作成・配信することを認める制度であるため、学校間での教材の共有もできないと説明されています。

 つまり、本制度は、担任の先生等が自分が担当する限られたクラスの児童生徒に配信する場合を基本的に想定しており、この範囲を超えた対象に教材が配信される状況は想定していないのです。

 しかし、かかる説明には次のような疑義が生じます。

4.格差解消機能という視点で本制度をみる


 そもそも、上記したように、ICT活用指導力の状況には地域間格差がみられ、その差は今後さらに拡大していく可能性があると指摘されているわけですから、各教員がICT教育用に作成する質の高い教材を学校間で共有できなければ、ICT活用指導力の高い学校とそうでない学校の格差はより一層拡大してしまうことが懸念されます。

 学校間共有を認めてしまうと、著作権者へ与える不利益が大きいという考えが背景にあるものと思われますが、本当にそうでしょうか。補償金を支払う設置者(教育委員会や学校法人等)に所属する学校の各教員は、それぞれ本制度に基づき著作物を利用した教材を自分の生徒に公衆送信することができるわけですが、例えばA教員と他地区学校のB教員が国語の教育において、同一の著作物を同一の態様で利用した各教材をそれぞれが作成し配信する場合と、A教員が作成した教材をB教員が利用し配信した場合とで、全体として利用される著作物の総量は変わりありません。さらに、現在考えられている補償金額は、通常の授業の場合、著作物等の種類や授業目的の公衆送信の回数に拘らず児童生徒学生一人当たりの年額を設定し、補償金の算定対象となる人数を乗じる方式とする方向で検討されているため、補償金額という点でも変わりがないことになります(補償金額は2020年夏頃に文化庁に認可申請される予定のようです。)。

 A教員が作成・編集した質の高い教材について、異なる学校間で共有し自由に地域を超えて児童・生徒の誰もがアクセスできるようにした方がより効率的で充実したICT教育を可能にすると共に、学校間格差を緩和させることにも繋がり得ることを考慮すると、本制度における上記要件の説明は、格差解消という本制度創設の制度的文脈や、著作権者への不利益という説明では腑に落ちず、違和感があります。

5.オンライン教育の行方

 本制度が創設された以上、今後は、教育の情報化推進を権利保護との相克という視点で捉える場面は減少し、ICT指導の積極的意義がより強調される時代になると思われます。上記「ICTを活用した教育の推進に関する懇談会」報告書(中間まとめ)(平成26年8月29日)では、ICT技術における時間的・空間的制約を超え、多用かつ多量の情報共有ができるという特徴をいかすことで「課題解決に向けた主体的・協働的・探究的な学びを実現 」し、「個々の能力や特性に応じた学びを実現」できると説明されています。はからずも、新型コロナウイルスの流行により学校が閉鎖され学校間格差が顕著となったことで、今後は急速にICT指導技術の実装を軸に教育現場がデザインされていくことが予測され(現に私のところにも教育に特化した動画配信プラットフォームサービスの構築に係る相談がきています。)、上記本制度の違和感も、その制度的歪みが認識されることで、いずれは解消されていくのではないかと思います。さらに言えば、学区毎に異なる教員を全国に配置し学習指導要領で標準化された同一の授業を生徒の面前で行うことの意義が再構築され、目的別にオンラインとオフライン教育を使い分ける時代が来るのかもしれません。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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