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周知技術の適用による進歩性評価に係る論理付けについて

武田 昇平

 進歩性は、その判断に困難を伴う特許法における難問ですが、今回は特に、引用例に周知技術を適用する場合の進歩性評価について少し考察してみたいと思います。

1.進歩性評価の判断基準

 特許法29条2項は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が同条1項各号に掲げる発明(先行技術)に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については特許を受けることができないと定めています。

 このように、進歩性評価とは、先行技術に基づく容易想到性の評価を意味するものですが、その具体的内容は条文上明らかではありません。

 そこで、特許庁は、進歩性の具体的な評価方法につき、「先行技術に基づいて、当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたことの論理の構築(論理付け)ができるか否かを検討することにより行う」とし、審査基準において、大要以下の順序にしたがい判断することを明らかにしています。

 ア 本件発明の認定

 イ (主たる)引用発明の認定

 ウ 一致点と相違点の認定

 エ 相違点の判断(容易想到性の判断)

 このうち、エの判断については、進歩性が否定される方向に働く要素考慮として二つのルートがあり、①主引用発明に副引用発明を適用する動機付けルート(相違点を埋めることができる他の引用発明を適用することの容易想到性を検討するルート)と、②主引用発明からの設計変更や先行技術の寄せ集めルート(出願当時の技術常識を前提として、当該相違点に係る構成が設計事項等に過ぎないか否かを検討するルート)に区別して考えられています。

 そして、①又は②のルートに基づき論理付けができないと判断した場合、進歩性があるものとして判断されます。

 他方、①又は②のルートに基づき論理付けができると判断された場合であっても、直ちに進歩性がないとは判断されず、進歩性が肯定される他の諸事情(有利な効果、阻害要因)、商業的成功、長い間その実現が望まれていたこと等の二次的指標を参酌して、総合的に論理付けができるか否かを判断することとされています。

 なお、本手順は、裁判例においても同様に採用されています。

2.進歩性評価における周知技術(動機付けルート)

 周知技術(又は慣用技術)は、当業者の技術常識を構成する技術であり、審査基準においては、「その技術分野において一般的に知られている技術」とされています。

 この周知技術を、上記①の動機付けルートにおける他の引用発明として用いることができる場合、動機付けが不要又は軽減されてよいか、という議論があります。

 この点については、以前より引用例に周知技術を適用するに当たっては、特段の動機付けは不要との見解もみられたところですが、知財高判平成21年1月28日(回路用接続部材事件)以降、動機付け判断の精緻化(厳格化)の流れの中で周知技術の重要性は低下し、周知技術を適用する場合であっても、それだけで論理付けの検討を省略することが許容されるものではないとするのが審査基準及び裁判例の潮流です。

 しかしながら、必ずしも、全ての裁判例において周知技術の適用に厳格な判断が示されているわけではありません。

 特段の論理構成や検討形跡を示すことなく周知技術の適用により容易想到性を認めているような裁判例も散見されます。

 そこで、進歩性の評価における周知技術の機能等を明らかにするためには、本件発明と主引用発明との相違点の構造等を明らかにしながら、周知技術を適用しようとする事案を類型的に見ていく必要がありますが、この点について、近年の周知技術適用による進歩性評価に関する裁判例を見る限り、周知技術は、概ね次の類型のうち、いずれかで議論されているように思われます。

・アップグレード型

 本件発明と引用発明との相違点に係る構成について、周知技術を付加又は置換することにより本件発明との相違点を解消することができ、引用発明が備える機能が向上するパターン。

・単純付加型

 本件発明と引用発明との相違点に係る構成について、周知技術を単純に付加することで本件発明との相違点を解消することができるが、引用発明が備える機能を向上させるものではないパターン(但し、引用発明が備える機能と周知技術の機能が相互に作用して、課題の解決効果が高くなるような場合も本類型に含む。)。

・単純置換型

 本件発明と引用発明との相違点に係る構成について、周知技術と単純に置き換えることで本件発明との相違点を解消することができるが、引用発明が備える機能を向上させるものではないパターン(但し、周知技術構成と置換されることによって、課題解決の効果が高くなるような場合も本類型に含む。)。

・門前払い型

 原告又は被告において、周知技術の適用による容易想到を主張しているものの、周知技術の認定がなされていないか、又は、引用例や周知技術の選択が不適切であるため(当該周知技術を適用しても相違点が解消されない等)、周知技術適用における具体的な動機付け判断に至ることなく、その手前で判断が排斥されている等のパターン

3.周知技術の適用により動機付けが認められやすい類型

 そして、このうち、アップグレード型及び単純付加型においては、周知技術の適用による動機付けが認められやすく、単純置換型においては、周知技術の適用による動機付けが認められる場合もあるものの、多くの場合、動機付けが否定されている傾向があるようです。

 これは、周知技術が、その技術分野において一般的に知られており、課題及びその解決手段が広く業界に知られていることに加えて、当業者について、周知技術を利用して既存技術を改良する動機付けが本来的に備わっている者と位置付けていること、したがって、新技術を目の前にすれば特段の示唆等がなくてもこれを旧来技術に付加又は置き換えようと試行することが当然の了解事項になっていることが理由として大きいものと思われます。

 また、単純付加型に関しては、周知技術の構成を付加しようとする引用例は、当該周知技術に代替される構成を具備していないことから、構成を置換する場合のように当該構成を除外する必要がなく、引用例が周知技術の適用を受容しやすい関係にあるといえ、新たに構成を付加することに特段の支障がない場合が多いこともその理由として挙げられるでしょう。

 このように、周知技術の適用により動機付けが認められる場合、動機付けの考慮要素として挙げられている、技術分野の関連性や課題の共通性があることは、周知技術の認定過程において当然の前提となっていることが影響してか、厳格な検証の形跡はみられず、作用、機能の共通性、引用発明中の示唆等といった要素についても特段触れられていない場合も多く認められます。

 このような特段の論理構成を示す必要性がないと考えられている裁判例が、ある類型において一定割合存在している事実は、進歩性評価の実務において、周知技術が、なお、一定程度、論理付けの軽減に寄与する場合があるといってよいのではないかと思われます。

 当事者が主張している周知技術が、その適格性を欠くものとして取り扱われている事例がかなり多く認められることからすれば(門前払い型)、より重要なことは、適用しようとする周知技術の中身にあるともいえるでしょう。

4.周知技術の適用により動機付けが認められにくい類型

 他方、単純置換型は、回路用接続部材事件判決以降の厳格化の影響を最も受けた類型ではないでしょうか。このパターンは、構成の置換の可否が問題になるため、引用発明において、周知技術に代替される構成を既に具備しています。

 したがって、これを周知技術と置換するためには一度当該構成を他の構成から取り除いた上で適用するという作業が必要であるところ、回路用接続部材事件判決を契機として、かつての同一技術分野論で軽視されていたといわれている発明課題や、特許発明と引用発明における技術分野の近さ等(技術思想)が慎重に判断されるようになり、置換対象構成と当該引用発明中のその他の構成との技術的関係性や、置換対象構成と、代わりに適用しようとする周知技術において採用されている構成との技術思想の相違を明確にするプロセス等を経た結果として、周知技術を適用する場合といえども動機付けが否定される(容易想到性が否定される)裁判例が多く占めるようになったものと推測されます。

 例えば、東京地裁令和3年5月18日民事第46部判決(平成31年(ワ)第2675号)では、吹矢のピンの先端部の形状を安全性のために「楕円形」とすることが周知であり、これを引用例である乙11吹矢の先端部である置換対象構成の「半円形」と置換することが一見容易であるように思われたとしても、乙11吹矢がピン先端部を半円形とした理由も安全性の課題を解決するためであり、乙11吹矢において当該課題が解決されているような場合、当業者は、示唆もないのに敢えて乙11吹矢のピン先端部を既に解決済みの安全性のために半円形から楕円形に形状変更する動機付けを持つことはないと判断されています。

 また、知財高裁令和3年5月26日第1部判決(令和2年(行ケ)第10109号)では、施療器具の分野において、腕保持部の開口の向きが横のものが存在することは周知であるとしても、甲9の、従来の椅子式エアーマッサージ機を改良して、足部や腕部の筋肉疲労も取り除き、身体全体の血行促進を促し得るようなマッサージ機を提供するという目的からすると、置換対象構成である腕を保持する部分の形状や開口の向きを変更する必要(課題)がないため、周知技術を適用して開口を「上」から「横」に変更する動機付けがないと判断されています。

 これらの裁判例は、引用例における置換対象構成と当該引用発明中のその他の構成との技術的関係が、相互に課題を解決するために機能していることから、それ故に、置換対象構成を敢えて取り除きこれと周知技術と置換する動機が生じないという考え方によるものといえ、いわば、発明は必要からしか生まれないといった考え方に近いものといえるでしょう。

 加えて、知財高裁令和2年9月30日第4部判決(令和2年(ネ)第10004号)においては、異なる長さの照射領域への対応という課題に対応するために、複数のLED基板を直列させる方法が技術常識であったとしても、ダイレクトバー照明/IDB」シリーズは、サイズバリエーションを多くして当該課題を解決するというコンセプトが採用されている以上、これに対して複数のLED基板を直列させる周知技術を適用する動機付けが生じないと判断されており、置換対象構成と、代わりに適用しようとする周知技術において採用されている構成との技術思想の相違が、置換を行う動機付けにおいて重視されていることがわかります。

5.現在の審査基準について

 以上のように、たとえ課題と手段が周知であるような技術を適用しようとする場合であっても、選択する引用例が相違点構成によって発明課題を解決している場合や、適用しようとする周知技術と引用例の間で技術思想に相違があるような場合、実際に引用例を目の前にした当業者には、周知技術を適用しようという動機付けが生じないと判断される傾向にあります。

 このようにみてみると、現在の実務における容易想到性の判断においては、先行技術である引用例を厳格に捉え、その安易な抽象化(上位概念化)や構成の一部削除を原則として許容しない立場をとっていることがわかります。

 しかしながら、このような判断基準は、後知恵を過度に回避しようとするがあまり、硬直的な判断を生む危険性があることに注意が必要でしょう。

 回路用接続部材事件判決との類似性が指摘されている米国のTSMテストは、KSR事件連邦最高裁判決(KSR International Co.,v Telefrex Inc.,550 US 398(2007))においてその厳格な適用が批判され、当業者の有する先行技術の知識や、その置かれた状況から常識的に動機付けられるアプローチによる成果は、イノベーションの産物ではないとし、CAFC(Court of Appeals for the Federal Circuit)のように引用例固有の課題にのみ着目することは誤りであると判断しました。

 その後米国の特許審査基準(MPEP:Manualof Patent Examining Procedure)は改訂され、「試みることが自明(obvious to try)」の理論自体を否定する裁判例は、2014年及び2017年では皆無であるとの研究も報告されています(時井真「日本、中国、ドイツ、EPO及び米国における進歩性に関する裁判例の統計分析及び若干の理論上の問題について(4)」知的財産法政策学研究59号226頁(2021))。

 日本の裁判実務は米国と異なり、当業者のレベルについての事実認定を精緻に行うことがないため、KSR連邦最高裁が示すような、引用例を目の前にした場合における当業者の常識等によって動機付けられるアプローチが、構造的に顕在化しにくいという問題がありますが、日本においても、引用例に明示された課題や示唆の存在に拘泥することなく、当該引用例の構成を目の前にした当業者の試行可能性を丁寧に辿り、これを容易想到性の評価に組み込むことは、予測可能性や一貫性を重視する日本の実務においても、有用なのではないかと考えます。

 問題は、当該当業者における試行可能性の内実をいかにして客観化できるかという点にあるでしょう。

 また、回路用接続部材事件判決が出た当時、欧州特許庁(EPO)における進歩性の判断基準との類似も指摘されましたが、EPOは、進歩性の判断について「課題解決アプローチ(Problem-and-solution approach)」を採用しており、①クレーム発明を把握し、②最も近い先行技術を決定するところまでは日本と同様でですが、その後のステップとして、③解決するべき技術的課題を客観的な方法で再定義し、④その課題と他の先行技術を踏まえてクレーム発明の自明性を判断することが行われています。

 したがって、③において再定義される技術的課題が、出願人が課題として主観的に提示した場合と異なって認定される場合があり、伴って判断対象となる先行技術も再構築され、その結果、最も近い先行技術との対比において発明が改善されていないと判断されることもあります。

 翻って、日本では、特許権者が措定した発明固有の課題を中心として当該発明の要旨を認定するのが通常であり、先行技術との差異を明細書上に明示するために、真の課題とは別の課題が創作されたような場合において、これを修正する術を明確な判断枠組みとして用意していません。

 日本の進歩性評価基準は、発明価値における技術貢献の検証を進歩性評価基準において採用していないが故に、先行技術を出発点とする論理付けの精緻・厳格化が、そのまま進歩性の肯定を導く結果となります。

 言い換えれば、出願者により先行技術との課題の相違を強調するクレーム起案技術が発揮されることで、発明価値の乏しい特許登録が増加する危険性を制度的に内包しているともいえるように思います。

 回路用接続部材事件判決を下した飯村敏明弁護士が、「ある論理付け(判断基準等)が適正、合理的、公平等の要請に適っているかどうかは、しばらく適用してみないとわからないということがあります。・・・課題解決的な要素を重視した判断は、2000年頃の運用からしますと、10年を超えております。それと外国との比較等をして、メリット、デメリット等を評価することが重要であると思われます」(日本弁理士会中央知的財産研究所設立20周年記念公開フォーラム「進歩性について-更なる研究-」パテント69巻14号202頁(別冊16号)(2016))と述べておられるように、現状の審査基準の評価に関する分析や議論が今後一層深まり、実務に組み込まれていくことを期待しています。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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