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知的財産権と独占禁止法-情報記憶装置事件-

武田 昇平

1. 知的財産権と独占禁止法

 知的財産権の排他的利用を保障し、独占禁止法と共通の目的を果たそうとする知的財産制度の趣旨に鑑み、著作権法、特許法等による権利行使と認められる行為には独占禁止法が適用されないことが定められております(独占禁止法21条)。

 しかし他方で、知的財産権を悪用して、競争者の研究や、生産、販売活動等を制限する行為は、その態様等いかんでは競争に悪影響を及ぼす場合がありますので、その権利行使には内在的な制約があると考えられており、公正取引委員会においても、「知的財産の利用に関する独占禁止法の指針」(以下「知財ガイドライン」といいます。)で考え方を示しています。

 今回は、この点に関連して、「情報記憶装置」の特許権侵害訴訟において、その権利行使が独禁法に触れるため権利濫用として許されないとした裁判例(東京地判令和2年7月22日)と、これを否定した知財高裁判決(知財高判令和4年3月29日)をご紹介したいと思います。

2.事案の概要

 株式会社リコー(原告)は原告製プリンタ用のトナーカートリッジ製品(原告製品)を販売していたところ、株式会社ディエスジャパン他2社(被告ら)は、当該原告製品から情報記憶装置(原告電子部品)を取り外し、別途被告電子部品(被告電子部品)と交換した上で、トナーを充填等して、トナーカートリッジ製品(被告製品)を販売していました。

 そこで、原告は、被告らに対し、被告電子部品が、原告の有する各特許権(「情報記憶装置、着脱可能装置、現像剤容器、及び、画像形成装置」(特許第4886084号)、「情報記憶装置及び着脱可能装置」(特許第5780375号,5780376号))を侵害すると主張して、被告らに対し、同電子部品と一体として販売されている被告製品の販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、賠償金等の支払を求めたという事案です。

 従来、原告製プリンタ用のトナーカートリッジで使用されてきた電子部品は本件各特許の実施品ではなく、メモリの書換が制限されていなかったため、被告らは、電子部品のメモリを書換え、トナー残量を表示することができるようにした上でトナーを充填して再生品を販売していました。

 しかし、本件の原告製品における電子製品では、メモリの書換ができないような措置(書換制限措置)がとられ、使用済みの原告製品にトナーが充填されると、残量が「?」と表示されるようになっていました。

 被告らは、残量表示を可能にするために、この制限措置が施された電子部品を置き換える必要があったところ、本件各特許の技術的範囲に属さないように当該電子部品を製造することは事実上不可能又は著しく困難であるとして、必要性や合理性も認められない本件書換制限措置を介在させて、被告らの行うリサイクル事業をアフターマーケットから排除するために知的財産権を利用することは、独占禁止法に抵触し、権利濫用にあたるとして争いました。

3.各裁判所の判断

 原審は、原告の一連の行為につき、独占禁止法19条、2条9号6号等に抵触すると共に、本件の特許権に基づく請求は権利濫用にあたると判断しましたが、知財高裁では、これが否定されました。

 独占禁止法の抵触及び権利濫用にあたるか否かの判断においては、

 ① トナーの「残量表示」を「?」とすることによる競争制限の程度
 ② 被告電子部品の工夫による本件各特許権侵害の回避可能性
 ③ 原告による書換制限措置の必要性及び合理性

 を中心に検討がなされましたが、原審と高裁とで、以下のようにそれぞれ判断が分かれています(*表中の文章は判決文を同一趣旨の範囲で筆者が編集しています。)。

①〔トナーの「残量表示」を「?」とすることによる競争制限の程度〕

東京地判令和2年7月22日 知財高判令和4年3月29日
ユーザーの品質視点
ユーザーは、再生品を購入するかどうかを決めるに当たり、純正品との価格差に勝るとも劣らず、その品質が純正品と同等かどうかを重視している。 再生品が装着された場合も、トナー切れによる印刷停止動作、トナー切れ表示は、純正品が装着された場合と同じであり、印刷機能に支障をきたさない。
ユーザーの負担
「?」と表示されると、いつトナーが切れるかの予測がつかないことから、トナーが切れたときに備えて予備のトナーカートリッジを常時用意しておかなければならず、トナー残量の表示がされる場合に比べ、本来不必要な保守・管理上の負担をユーザーに課すこととなる。 ユーザーは、残量表示がされないことについて予備のトナーをあらかじめ用意しておくことで対応できるので、負担が大きいものとはいえない。
ユーザー不安
純正トナーカートリッジを装着した場合にトナー残量が「?」と表示されることは通常あり得ないから、ユーザーは、再生品の品質には問題があって、再生品の使用を躊躇すると考えられる。 トナー残量表示に「?」と表示されるとともに、「印刷できます。」との表示がされるので、再生品であるために残量表示がされないことを容易に認識できる。
ユーザーが不安を抱くことを懸念するのであれば、残量表示がされないが、印刷できることを表示することで対応できる。

② 被告電子部品の工夫による本件各特許権侵害の回避可能性

東京地判令和2年7月22日 知財高判令和4年3月29日
特許権侵害の回避可能性
本件各発明に係る情報記憶装置は、プリンタに着脱可能に構成されたトナーカートリッジに搭載されるものであり、当該情報記憶装置に形成された穴部を介して、プリンタ本体の突起部と係合するものであるから、被告製品の構成や形状は、原告プリンタの構成や形状に合わさざるを得ず、設計上の自由度は相当程度制限される。

現状において、本件書換制限措置のされた原告製プリンタについて、トナー残量表示がされるトナーカートリッジを製造、販売するには、原告電子部品を被告電子部品に取り替えるほかに手段はないと認められる。
電子部品の形状を工夫することで、本件各発明1ないし3の技術的範囲に属さない電子部品を製造し、これを原告電子部品と取り替えることで、本件各特許権侵害を回避し、残量表示をさせることは、技術的に可能であり、性能に問題があることをうかがわせる証拠がないことからすると、実用に耐えうる程度の本件書換制限措置の回避は事実上不可能又は著しく困難であるとの被控訴人らの主張は採用することができない。

③ 原告による書換制限措置の必要性及び合理性

東京地判令和2年7月22日 知財高判令和4年3月29日
必要性・合理性
トナーカートリッジの再生品市場にトナー残量表示が不正確な製品が多く流通している。メモリの書換えを制限することにより「?」以外の残量表示を行うことができないようにしないと原告製品に対する信頼を維持することが困難であるなど、本件書換制限措置を行うことを正当化するに足りる具体的な必要性があったと認めることはできない。 書換制限措置が講じられていない場合には、原告プリンタに自ら品質等をコントロールできない第三者の再生品のトナーの残量が表示され、残量表示の正確性を自らコントロールできなくなるという弊害を排除しようとしたことや、販売戦略上、原告製プリンタに対応するトナーカートリッジのうち、要求水準の高い一部のハイエンドのプリンタであるC830及びC840シリーズに対応する原告製品に搭載された原告電子部品を選択したことは、相応の合理性が認められる。

4.競争減殺効果の分析要素について

 技術利用に係る制限行為によって競争が減殺されるか否かは、以下の要素を総合的に勘案して判断すると考えられています(知財ガイドライン・第2・3)。本事例においても、検討対象となる市場が認定された上で、ユーザーへの負担や不安、技術回避の可能性、書換制限措置の必要性等を対象として競争減殺効果が検討されており、事案に応じた判断要素が評価されているものと思われます。

・制限の内容及び態様
 ・その技術の用途や有力性
   ➡ 有力な技術の場合、競争への影響が相対的に大きい。
     有力性は、技術の優劣ではなく、市場における利用状況や
     代替技術切り替えの困難性等から総合的に判断される。
 ・当事者間の競争関係の有無
   ➡ 技術利用の制限が競争者間で行われる場合は、競争者の排除に繋がりやすく、
     競争への影響が相対的に大きい。
 ・当事者の占める地位(シェア、順位等)
 ・対象市場全体の状況(当事者の競争者の数、市場集中度、取引される製品の特性、
  差別化の程度、流通経路、新規参入の難易性等)
 ・制限を課すことの合理的理由の有無
 ・研究開発意欲及びライセンス意欲への影響

5.侵害回避可能性の位置付け

 被告らの主張は、①書換制限のある原告電子部品のままでは残量表示ができず、これを置換しなければ再生品が売れない、②しかし、電子部品を置換すると本件各特許を侵害せざるを得ない、③このような再生品の事業を排除することを目的とした行為は独占禁止法に抵触する、というものであり、②が主張の前提となっています。

 この点につき、原審は、「現状において,本件書換制限措置のされた原告製プリンタについて,トナー残量表示がされるトナーカートリッジを製造,販売するには,原告電子部品を被告電子部品に取り替えるほかに手段はない」と認定しましたが、控訴人(原告)は控訴審で新たに証拠を提出し(本件各特許権の侵害を回避しつつ、トナーの残量が表示され、正常の動作する結果を示す実験結果)、その立証に成功したようです(但し、その具体的な内容は、本件各特許権の回避方法であるためか、判決文上は非公開となっております。)。

 被告らは、特許侵害を回避しつつ、「?」と表示されない再生品を製造することが出来るという控訴人(原告)の上記主張に対し、控訴人(原告)の指摘する方法につき過去に類似品を販売した実績から動作不良が生じることが判明しているので、長期間安定的に使用できない場合は、侵害回避できたとはいえない、という趣旨の反論をしています。

 しかしながら、特許を回避した製品に動作不良が生じるという点は、そもそも技術開発上の被告らにおける内的問題に起因する可能性があります。

 被告らにおいてその解決の困難性(動作不良が不可避であること)について具体的な立証がないまま、本件各特許の技術的範囲に含まれる実施品の製造を独禁法抵触を理由に許容するのであれば、残量表示が「?」と表示されることによりユーザーの購入動機に及ぼす影響(競争制限効果)が、より明確なものであることが要求されるものと思われます。

 その視点からすれば、知財高裁が、本件各特許権侵害が回避可能であることを前提とした場合において、原審が示したような、ユーザーの品質視点といった要素を踏まえても、印刷機能が維持されていることや、ビジネス用プリンターのユーザは、通常予備トナーを予め用意しているであろう実態、そして、ユーザーの不安は、表示説明により解消可能という点等を踏まえて競争制限効果を否定的に判断したことは、違和感のない判断であるように思われます。

6.知的財産権と独占禁止法

 知的財産権は、知財活動成果の排他的な利用を認める権利です。

 権利独占の効果として、競争が制限されるというイメージが持たれますが、インセンティブを確保し事業者の創意工夫を発揮させると共に、技術公開による活用促進や重複投資の回避による市場創出という機能から、競争を活性化させる効果も期待できるものと考えられています。

 本件は、特許権侵害の回避にかかる技術的検討が適切に行われたのかという視点からみても、特許法の目的を逸脱するものとは評価できないと判断されたものと考えられますが、特許権者による特権侵害に基づく主張という外形上は明確な権利行使である事例であっても、それが取引妨害にあたり独占禁止法に抵触するような場合は、権利濫用となり得るという事例であり、当事者における主張立証の攻防も含め参考になるものと思われます。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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