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エンブレム事件の影響と改正著作権法に思うこと

武田 昇平

 東京2020大会を来年に控え、世間が段々と騒がしくなってきています。日本文化を装う市松模様のエンブレムも至るところで目にし、私自身大会を非常に楽しみにしています。

 オリンピックへの機運が高まりつつある中、今さら2015年に起きたエンブレムの盗作疑惑及び大会組織委員会の使用中止発表(以下「本件事件」といいます。)をとりあげることに意義があるのかと疑問を持たれるかもしれません。

 しかし、本件事件以来、私のところにはロゴ等の制作に関わるデザイナーからの事前の類似性判断(翻案権侵害の検討)に関する相談が増え、ある種の創作については表現が委縮しているように感じることがありますので、少し思うところを書き留めておきたいと思います。

1.翻案の判断について(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決)

 ある著作物(著作物Bとします。)が原著作物(著作物Aとします。)を翻案し、著作権を侵害しているか否かを判断した著名な裁判例として、江差追分事件(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決)があります。当該判例は、著作物の翻案について、以下のように述べています。

「言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう」

「既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらない」

 上記は、言語の著作物に関する事例ではあるものの、他の著作物にも同様に適用できると考えられています。そして、これを実際の事例にあてはめる場合、実務では

①原著作物Aの表現上の特徴と同一性のある部分(α)が当該著作物Bに維持されているか否かを確認しαを特定する(類似の部分を特定する)

②αの創作性を評価する(αが著作物Aの創作的な部分と言えるか否かを評価する)

 という順序で類似性を検討していくことが多いのではないかと思います(なお、著作物Bは著作物Aに依拠していることを前提としています。)。

2.アイデアと表現領域(本件事件とその影響について)

 私のところに来られる相談者の多くは、自身の創作した著作物と他者の著作物を比較するにあたり、①の「表現上の特徴」の同一性を広く捉えた上で、②のαの創作性評価をほとんどしていない傾向にあります。

 例えば、レストランのロゴの制作を依頼されたデザイナーが、中心の円の中にナイフとフォークのイラストを配置し、これを2頭の猪が左右から囲むというロゴを創作したところ、真ん中にモチーフを置き、それを左右対称に動物が囲むという構成が、他者のロゴを侵害しているのではないか(との指摘を受けた)という相談がありました。

 参考にしたロゴを実際に見せていただくと、確かに配置構成は同一であるものの、中心のイラストも、両サイドの動物の種類も異なり(中心の円の中に山、両サイドが鳥)、一見して著作権法における翻案とは評価し難いものでした。

 かつての千円紙幣(1984年発行)の鶴がお互いに向き合っている図柄からも想起できるように、当該配置構成は昔からある手法の一つです。

 しかし、このような明確なアイデア領域でさえも、表現上の特徴として法律上の権利が発生し独占され得るものとの誤解をされていました。

 著作権法は具体的な表現を離れアイデアを保護することはありませんが、聞くと、本件事件の後、リスク管理を理由に明確なオリジナリティを求める声が強くなり、発注側もデザイナーも、法的知識が曖昧で創作性の評価には主観が伴うため、検討過程で参考にした作品等の何らかの特徴を残している場合には、非侵害の確信が持てない以上、採用を回避する傾向が強くなっているとのことでした(あるデザイナーによれば、創作時におけるリスク回避に係る負荷が大きいことから、著作権処理の必要がない、いわゆるフリー素材を創作時に多用するようになったとのことです。)。

 本件事件で問題となったエンブレムは幾何学的模様をモチーフに使用していたため、長方形や円形というモチーフの形状自体に独自性はなく、それらの配置、色彩との組み合わせ等に特徴が見出される作品でした。

 特に問題となったベルギーの劇場ロゴと同一的特徴を有している部分は、長方形及びその左上と右下部分に同一図形を逆さに配置するという単純なアイデアが即表現に繋がり得るシンプルな図柄ですので、使用中止という結果により、デザイナー達は、表現と離れたアイデア領域であっても特徴が同一であれば問題になるという誤った印象を抱き、創作を必要以上に委縮させ、上記のような明らかなアイデア領域でさえも使用を躊躇してしまう状況を招いているのではないかと思います。

3.改正著作権法に思うこと

 平成30年に著作権法が改正され、平成31年1月1日から施行されています。

 デジタル化・ネットワーク化の進展に対応し、著作物の市場に悪影響を及ぼさないビッグデータを活用したサービス(例:書籍情報の検索等の所在検索サービス、論文盗用の検証等の情報解析サービス等)について許諾なく著作物を利用できるようにすると共に、将来、新たな著作物の利用方法が生まれた場合にも柔軟に対応できるよう抽象的な規定が定められました(詳細は下記URLをご参照ください。)。

http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/h30_hokaisei/

 IoT・ビッグデータ・人工知能などの技術を活用し、著作物を含む大量の情報の集積・組み合わせ・解析により付加価値を生み出すイノベーションの創出が期待されていることがその背景にあるとされていますが、個別の利用目的や場面ごとに具体的に規定された権利制限規定の法解釈による対応では技術革新のスピードについていけませんので、環境変化に合わせながら権利制限規定をより柔軟にしていく考え方自体については賛同致します。

 ただ、改正法が「イノベーションの創出」事例として想定している各種サービスは、既存の著作物を含む情報の存在を前提として成り立ち得るものです。著作権法が改正される度に思うことですが、世間では、既に発生している著作物の利用と権利保護との相克がフォーカスされるあまり、文化的所産それ自体を生み出す創作行為への配慮(正しい情報へのアクセス)が不十分であるように感じます。

 現在の難解な著作権法とそれに関連する一連の議論は、関係事業者の視点が強く、素朴な個人の創作行為が置き去りにされている感があり、上記エンブレム事件に関して言えば、アイデアの模倣という創作に不可欠な行為一般でさえもすべからく排除しているかのような誤解を生じさせたまま放置され、創作者達の表現が委縮していることは残念に思います。

4.終わりに

 膨大な情報を所与のものとしてコンピューターで分析し、検索等よる付加価値の創出がイノベーションとなる時代において、個人の創作行為に着目することは些細で取るに足らないことかもしれません。

 しかし、私は、個人の自由な創作を支援する環境は、奥深い文化を形成するものと信じます。創作をしている方々には、是非正しい知識を身に着けた上で、必要以上に委縮することなく、新しい価値を創作していただきたいと思います。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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