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再開発 — 地権者とテナントが置かれる位置の明暗―

小林 弘卓

 近年、都市の輪郭が少しずつ書き換えられつつある。

 その背景には、再開発という巨大な力が働いている。

 しかし、多くの人がその波を前にしたとき、自分がどのような立場に立っているのかを、十分に理解しているとは言いがたい。

 土地を所有する地権者と、そこで商いを続けてきたテナントとでは、同じ光景を見ていても、受け取る意味も、不安も、期待も、まったく異なるのである。

 私はこれまで10年以上にわたり、地権者やテナントの代理人として、再開発の只中に身を置いてきた。

 組合やデベロッパーの掲げる青写真に向き合いながら、依頼者が静かに飲み込まれないための道筋を探し続けてきた。

 そこから見えてくるのは、再開発というものが、個々人の暮らしや商売の延長線上にある日突然割り込んでくる、ある種の「環境変化」であるということである。

 再開発の場面で、まず最初に浮き彫りになるのは、地権者の受ける影響の大きさである。

 近ごろの建築費の高騰は、表面的には工事費が増えるという単純な話に見えるが、その影響は静かに、しかし確実に地権者の受け取る床面積や専有率へと波及する。

 原価構造の中に潜んだ数字がわずかに動くだけで、後に手にする権利関係は不意に傾きを変える。

 その変化を「仕方がない」と受け止めてよいかどうかは、専門的な検討を経なければ判断できない。

 さらに、工事の遅延が生じたとき、人々はまず不安を覚える。

 仮住まいの期間は伸び、物価は目に見えぬうちに上がり、日々の暮らしにじわじわと影を落とすからである。

 だが、遅延がただの負担にとどまらない局面も存在する。

 建築単価や床の配分、あるいは事業の前提となる専有率など、核心部分を見つめ直す正当な理由がそこに生まれるからである。

 事業者が掲げた計画は、永久不変のものではない。

 遅延という事象は、その計画に自然な揺らぎをもたらし、地権者にとって不利な構造が生じている場合には、それを問い直す機会にもなり得る。

 ただし、再開発における交渉は、順序を誤るだけで展望が閉ざされてしまう。

 補償の話を軽率に早めてしまい、根本の数字が曖昧なまま合意してしまうことも少なくない。

 再開発は積み上げ型の構造をしているため、いったん認めた前提は、その後動かしがたい基礎となってしまう。

 知らぬうちに不利な条件の上に乗せられてしまうという構造は、決して珍しいことではない。

 また、計画変更という出来事がもたらす意味も、一般に考えられている以上に深い。

 建物の規模が縮小されたり、用途が変更されたりする場面では、多くの人が落胆や不信を口にする。

 しかし、実務の視点に立ち返れば、こうした変更は、床の配分や等価交換比率など、最も重要な部分を再交渉するための数少ない契機である。

 もちろん、変更が一方的に地権者の不利益へ傾く場合もあるから、そこには冷静な分析が欠かせない。

 計画の揺らぎは、危機であると同時に、構造的なチャンスでもあるという二面性を持っている。

 これに対し、テナントの置かれた立場は、さらに繊細で、時に厳しいものとなる。

 営業補償という制度は、一見すると整った仕組みのように見えるが、その実態は売上や利益など、数字が並ぶ資料の精度に大きく依存している。

 資料の提出の順序や内容がわずかに違うだけで、結果が二倍にも三倍にも開く例を私は幾度となく見てきた。

 補償とは名ばかりで、準備不足のまま話し合いに臨めば、営業の実態を正しく反映しない額で合意してしまう危険が常につきまとう。

 また、遅延がテナントに及ぼす影響は、地権者の比ではない。

 仮店舗の賃料がかさみ、営業の機会は容赦なく失われる。

 戻るべき場所が元の姿を留めていない場合、あるいは商業床が縮小して席が足りなくなった場合、テナントは事業そのものの存続を左右される局面に立たされる。

 建築費が高騰したから補償が増えない、などという説明は制度上の根拠を欠いており、論理的な必然性はどこにもない。

 補償は建築費とは無縁であり、営業実態そのものに依拠すべきものである。

 加えて、再開発後に戻るか否かという問いは、テナントにとって最大の選択である。

 商売とは、場所の記憶と顧客の流れに基づいて成り立つものであるから、安易に判断できるものではない。

 戻ることができるのか、戻る必要があるのか、それとも新たな場所に道を開くべきなのか。

 この判断には冷静さと誠実な補償内容が不可欠である。

 こうして眺めてみると、地権者とテナントはいずれも、再開発という大きな環境変化に翻弄される可能性を秘めている。

 そして、その渦中で自らの立場を守ろうとするならば、専門家の助けを得ることが実はもっとも合理的な選択になる。

 建築費の高騰も、計画の遅延も、計画変更も、単独で判断すれば不安要素でしかないかもしれない。

 しかし、それらは時に、目の前の前提条件をもう一度見直し、変わりつつある都市の流れの中で、自らの位置を再確認するための契機にもなるのである。

 再開発の現場には、知らぬまま流されやすい構造がある。

 その構造を正しく理解し、自らの足元を見失わずに歩むためには、経験に裏付けられた視点が必要である。

 私はこれからも、その視点を依頼者に提供する役割を担っていきたいと考えている。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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