弁護士コラムバックナンバー

ある元家事調停・審判担当裁判官の呟きⅡ

日下部 克通

1 調停委員会が家事事件につき期待する弁護活動

 Aは、申立人X手続代理人弁護士としてXと共に家事調停事件期日に出頭した際、担当調停委員から、様々な説明資料の提出を求められたのに対し、

「調停は、傾聴を前提とする話合いの場ではないのか。当事者の言葉に十分耳を傾けるのが傾聴ではないのか。いつから、説明資料ばかり求めるようになったのか。これでは、民事訴訟の弁論準備期日と変わらないではないか。担当裁判官と話がしたい。」

 と主張して譲らない。

 これに対し、B弁護士は、相手方Y手続代理人としてYと共に同期日に出頭し、担当調停委員から、同様に様々な説明資料の提出を求められたのに対し、

「実は、裁判所から、それらの説明資料の提出を求められることは分かっていましたので、事前提出はできませんでしたが、本日持参しました。申立人分の写しもありますので、交付して頂くと有り難いです。次回期日以降は、事前提出に努めますが、本日は、この資料の概ねの内容について説明させて頂きます。」

 といって、調停委員に対し、主張及び資料の概要を説明し始め、時折、同席している相手方本人に事実関係について発言させた。

 家事調停手続代理人弁護士としては、AとBのどちらのスタンスを選択すべきであろうか。

 おそらく、調停委員は、一般に、各弁護士が第1回調停期日までに各々の主張を整理して組み立てるだけでなく、その主張を裏付ける、可能な限り多くの主観的又は客観的説明資料を収集し、各委員及び担当裁判官が期日前に精読し、調停委員会の充実した事前評議に基づく進行方針の立案を可能とする時期に提出して欲しいと考えているであろう。

 そうしてもらうことが、早期に当事者双方の主張とニーズを把握して迅速な解決に向けた的を絞った効率的な傾聴ができると考えているのが通常だからである。

 逆に言えば、今日、家事調停事件申立内容が顕著に複雑多岐化しているという状況があり、家庭裁判所の人材及び調停室等の設備に制約がある以上、傾聴のみにより正確な当事者双方の主張及びニーズを把握するには長時間、かつ、多数回の期日指定を要することは自明である。

 そこで、各地の家庭裁判所は、全国共通又は各裁判所固有の多数の関係各書式を整備してホームページで公開し、各当事者本人又は手続代理人弁護士がこれを活用することを期待し、調停期日では、的を絞った効率的な傾聴に基づく法的評価及び利害調整の実現を目差しているのである。

 さて、このような期待及びその背景を踏まえて、Bの第1回期日前及び同期日における弁護活動をみれば、多くの調停委員会は、当日段階での相手方の主張及びその根拠資料並びに概要の説明を聴き、内心、

「完璧ではないにしてもここまで頑張って頂き、相手方側の主張及びニーズの概要が朧気ながらも掴めた。」

 と思うであろう。

 これに対し、Aの第1回期日前の準備不足及び申立人の陳述に依存する姿勢には、内心、

「A弁護士が家事調停事件に精通する方とは到底思えず、申立人側の準備不足は明らかで、この事件の進行が停滞し、その解決が長期化するおそれは低くない。」

 と思い、本件進行に暗雲がかかっているとの深い懸念を持つであろう。

2 主観的資料提出及び利害調整主張中心か、客観的裏付資料に基づく評価主張中心か

 家事調停事件には、⑴ 遺産分割、遺留分侵害額支払請求、財産分与、婚姻費用分担及び養育費分担、扶養等のいわば財産権的請求と、⑵① 婚姻又は離婚の無効確認、婚姻の取消し並びに離婚等の戸籍上の元夫婦又は夫婦関係についてのもの、② 離縁、子の監護者指定及び引渡し並びに面会交流、認知、親子関係不存在確認等の親子関係に関わり子の福祉の視点を欠くことのできないもの、③ 祭祀承継者指定、遺産分割後の紛争調整又は親族間の紛争調整、兄弟姉妹その他の親族間の身分関係に関わる事件等の人間関係の深い縺れを解くことが肝要な事件群がある。

 調停委員会は、前記㈠⑴の事件群については、多くの場合、存在することが経験上明白な客観的説明資料の早期提出を求めた上での数理的な解決(評価的調停の視点)を基礎とし、その上で当事者双方の心理及び経済的利害の調整(調整的調停の視点)を加味することが基本である。

 これに対し、前記㈠⑵の事件群については、当事者双方の調停期日における陳述、当事者双方又は各々の親族作成の陳述書及び当事者の日記(スマホ及びパソコン利用のものを含む)等のいわば客観性のやや弱い説明資料、これらの資料を裏付ける関係機関、団体又は個人との間の連絡文書、個々のトピックスに関わるメール授受の記録及び通話又は面談の録音反訳等の客観性の高い説明資料並びに当事者間に争いのない事実関係を基礎として、可能な限り客観的な評価に努めつつも、前記㈠⑴の事件群よりも、傾聴により、各当事者及び関係者の心情に寄り添いその調整を試みることに重きを置く場合が多いということができるであろう。

 そうすると、各弁護士は、前記㈠⑴の事件群では、可能な限り早期に客観的資料を収集し、数理的解決を求めるか、それが依頼人の心理又は経済的利害との関係で困難であれば、その実態を、如何に、調停委員会を通じて、反対当事者に了解して貰うかの工夫を意識した弁護活動をする必要があるということができるであろう。

 これに対し、前記㈠⑵の事件群については、可能な限り客観的な説明資料を収集提出しつつ、当事者の心情をより積極的に伝える工夫をする必要があるということができるであろう。

3 依頼人の感情表出に任せるか、緊密な事前打合せに基づく冷静な陳述を導くか

 家事調停事件では、当事者の陳述相手が調停委員であり、裁判官と比較すれば相対的には話しやすく感じるのか、審判事件や人事訴訟事件に比べて、当事者が一旦感情表出をし始めると、それが堰を切ったように続き、評価又は利害調整に必要な事情から外れた数多の人間関係に及ぶことも必ずしも珍しいとはいえない。

 確かに、そのような事象についての感情表出は、当事者双方の心理的葛藤の深さを量るためには不要ではなく、調停委員は、実際にも、ある程度は、かかる事態を許容するのが常である。

 しかしながら、それが、あまりに長く続くか、同じ内容の繰返しとなる場合には、評価及び利害調整に着手するまでに、長時間又は長期間を要することとなり、傾聴すべき重要な事実が依頼人の言動に埋没し、調停による解決見込みはないと判断され、調停不成立終了という事態を招くことも少なくない。

 そこで、調停成立による解決が依頼人の利益になると考える手続代理人弁護士は、決して、依頼人の感情表出に任せず、むしろ、緊密な事前打合せに基づき依頼人に冷静な陳述に努めるよう求め、調停期日に依頼人が感情を爆発させつつあることを察知したときには、依頼人を制する弁護活動をすることが望まれる。

 これに対し、調停を不成立に導くことが依頼人の利益となると考える手続代理人弁護士は、依頼人の感情表出を全く抑えないことが多いと見受けられる。

 しかしながら、そのようなスタンスをとった手続代理人弁護士は、その結果として、調停手続のみならず、引き続き行われる審判手続や人事訴訟事件の審理においても、調停委員会から見ればある程度の確率で存在するとみられる、同弁護士側に有利な説明資料の提出を促される機会を失い、その提出に至ったとしても遅きに失したことからその信用性に疑念を持たれ、不利な評価を下され、依頼人の陳述の信用性にすら疑念を抱かれるリスクがある。

 そうすると、どちらのスタンスの手続代理人弁護士でも、依頼人の感情表出に任せるのではなく、いわゆる抑えを利かせ、可能な限り冷静な陳述に終始させる弁護活動を選択した方が不利な評価を受けるリスクを減少させることができるであろう。

4 飽くまで評価的な調停を求めるか、一定の調整的調停を受容するか

 評価的調停のみに依拠した方が、依頼人に有利な審判又は判決を得られるであろうと考える手続代理人弁護士には、利害調整を拒む人が少なくない。

 しかし、家事調停の当事者双方は、多くの場合、容易に断絶できない親族又は親戚の関係にあり、評価のみに依拠した解決を強いられた当事者が、他方当事者に対する憎悪に基づく報復感情を持つことは少なくない。

 そして、「勝者」の社会的評価が審判書又は判決書記載の事実認定により低下するリスク、審判又は判決に基づく強制執行が、「敗者」の抵抗に遭い、多くの労力及び経済的資源を費やさざるを得なくなるリスク又はかつての「敗者」から、全く別類型の事件において、かつての「勝者」に対し、決して譲歩せず、酷な経済的不利益を及ぼす「報復」をするリスクもある。

 そこで、「勝者」といえども、これらのリスク分析を無視することなく、一定の調整的調停を受容する余地を残し、飽くまで評価的な調停を求める姿勢をとることは控えた方が得策な場合が多いであろう。 

5 結語

 調停委員並びに担当の裁判官及び書記官は、いずれも、自らの仕事に誇りを持って真摯に取り組み、紛争下にある当事者双方に早期解決による人生のリスタートをもたらすことを期待している。

 しかしながら、その期待は、実務家が今まで築いてきたシステム、ツール、技術の裏打ちがあって初めて現実のものとなり得るのであり、手続代理人弁護士がそれらを無視して我流で臨むときには、依頼人にとり、思わぬ不利益をもたらしかねない。

 本コラムの呟きは、そのような視点に立ち、私の記憶の片隅にある「家事弁護活動」の功罪につき、元公務員が国民に対し負う守秘義務との関係で抽象化したものであり、その反面、家事調停の当事者及び手続代理人弁護士がとることを臨まれるスタンスを問うものでもある。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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