弁護士コラムバックナンバー

ある元家事調停・審判担当裁判官の呟きⅠ

日下部 克通

1 当事者代理人弁護士が大都市の家裁で期待されている弁護活動

 S部総括は、毎朝、午前9時前頃に登庁する。既に、同室の判事A、B、Cが事件記録の精力的な読込みを始めている。

 早い者は午前7時台に登庁しているといい、遅い者でも、Sが執務を開始して間もない頃には登庁する。

 そして、Sは、原則として午後6時から7時の間に退庁するが、他の判事らの多くは、午後9時頃まで執務することも珍しくないようである。

 また、Sは、日常的に、自宅における週末等の登庁又は夜半若しくは早朝の在宅勤務をして積残し案件をクリアしており、週末等の登庁時には、複数の判事が黙々と仕事をしている場面を目の当たりにすることも珍しくない。

 自分のことを棚に上げながら聞けば、「夫に幼い我が子を預けて休日出勤をすれば、告知期日が迫る審判事件の起案が進みます。」という。

 別の判事は、「今日は妻が母をデイサービスに連れて行く日で手が空くので、起案に集中するために出勤しました。」という。

 判事らは、各のライフステージの様々な事情を抱えながら、常識的な働き方では処理できないレベルの事務を遂行している。

 因みに、Sは、年に900件以上の新件の配てんを受ける中、同室の後輩判事及び隣室の担当書記官らとのディスカッション並びに家事調停委員との頻回の評議を行いながら、常に、600件内外の調停・審判事件を並行してマネージし、それらに加えて管理職業務を遂行している。

 判事らがこのような執務状況に置かれている中規模以上の家裁では、当事者双方及び代理人弁護士が、判事らと裁判所職員において何とか時間を捻出して原案の分担作成をし、PTにおいて成案を得てホームページや各期日においてその活用を奨励している各種の書式や図表が、調停段階か又は審判若しくは人訴提起段階かを問わず、可能な限り審理の早期の段階で提出され、その審理が効率的かつ充実して進められることが期待されている。

 特に、当事者代理人弁護士は、本人間相互の心情をより一層害することにより、審理速度が鈍化することのないように十分に配慮しつつも、裁判所職員らを介し、又は、要所では直接に、担当判事に、早期かつ正確に事案の概要及び前提事実並びに双方の主張、資料及び紛争の中核を占める心理的葛藤を把握させるのに必須の弁護活動をすることが期待されていることは自明である。

 そして、以上のような家裁の各当事者及び代理人弁護士に対する期待が充足された事件は、結果的に早期解決をみているのだが。

2 期待を充足する資料

 例えば、以下のような事件類型毎の書式及び裏付け資料がある。

① 共通書式

 ・ 事情説明書、進行に関する照会回答書及び資料説明書(証拠説明に準ずるもの)

② 夫婦関係調整調停用書式及び裏付け資料(財産分与請求調停用を含む)

 ・ 子についての事情説明書
 ・ 夫婦関係財産一覧表(当事者代理人弁護士作成)
 ・ 戸籍謄本、土地建物登記簿謄本、車検証、預貯金口座通帳、有価証券報告書の写し
 ・ 私立探偵作成の不貞行為に関する調査報告書、暴行傷害時の診断書、写真撮影報告書、録音媒体及びその反訳書、警察相談票等
 ・ 子の監護に関する陳述書(親権帰属に対立がある場合)

③ 年金分割の割合を定める調停用書式及び裏付け資料

 ・ 年金分割に関する情報通知書

④ 婚姻費用の分担請求調停用書式及び裏付け資料

 ・ 数年分の給与所得に関する源泉徴収票又は所得税の確定申告書の写し

⑤ 養育費請求調停用書式及び裏付け資料

 ・ 数年分の給与所得に関する源泉徴収票又は所得税の確定申告書の写し

⑥ 面会交流調停用書式及び裏付け資料

 ・ 面会交流に関する陳述書

⑦ 子の監護者の指定調停又は子の引渡し調停用及び裏付け資料

 ・ 子の監護に関する陳述書
 ・ 監護補助者となるべき者の陳述書

⑧ 遺産分割調停用書式及び裏付け資料

 ・ 当事者目録、土地遺産目録、建物遺産目録、預貯金遺産目録、現金及び株式等遺産目録、法定相続関係図(当事者作成図表)
 ・ 遺産分割調停に必要な添付資料(申立人用及び相手方用)
 ・ 法定相続人を特定するための戸籍謄本又は法定相続情報証明書
 ・ 戸籍謄本、土地建物登記簿謄本、車検証、金融機関口座通帳及び有価証券報告書の写し

⑨ 寄与分を定める調停及び特別の寄与に関する処分

 ・ 申立人と被相続人との身分、資産及び生計支出の関係が明となる戸籍謄本、住民票、同居土地建物の登記簿謄本並びに預貯金口座通帳及び有価証券報告書写し
 ・ 申立人の支出状況を裏付ける資料
 ・ 申立人による介護状況及び職業介護人に対する報酬に関する裏付け資料
 ・ 被相続人の資産状況の裏付けとなる資料

3 資料提出の時期

 「可能な限り」早期にとしかいえない。

 そして、担当判事が、調停委員等を介して、その事件がどのように解決されることになるかの見立てを当事者に伝えて、その提出を促したときに、当事者がこれを拒絶するときには、調停の審理遅延を避けることはできず、時として調停不成立を招き、審判に移行し、調停において企図されていた柔軟な解決の機会が失われ、いずれか又は双方の当事者にとり、不利益ないし酷な結果を招く審判がされることになりかねない。

 例えば、各当事者が必要な資料提出に協力しなかったため、遺産分割調停が不成立終了となり、担当判事が審判期日において遺産である不動産を共有持分とする分割又は競売分割を命ずる以外の審判をすることができず、最終的な紛争解決ができず、又は、相続人に心情的ないし経済的な不利益を及ぼす結果となることは、決して希ではない。

 あるいは、義務者が口頭で訴えた経済的破綻を裏付ける資料の提出を拒絶し、権利者がいわゆる標準算定表に基づく算定結果による婚姻費用支払を求めて、調停不成立・義務者に対する同算定結果による婚姻費用支払を命じる審判・義務者給料差押え・権利者母子居住で義務者名義の不動産に対する抵当権実行・配偶者の行方不明等の経過を辿ることすらある。

4 結語

 家事事件の当事者代理人となり得る立場となった今、早期解決による依頼人の再スタートの道と依頼人を含めた事件関係者の心理的かつ経済的苦難の道との両極を見据えて、依頼人に、どのように適時の資料提出を促す説得をすべきかについて想いを巡らしている。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
このコラムを書いた弁護士に
問い合わせるにはこちら
関連するコラム
↑TOP