当世離婚事情
夫婦喧嘩は犬も食わない,と言いますが破綻した夫婦にとっては極めて深刻です。離婚は最後の切り札と言えます。
戦前,離婚は法律で定められた事由に該当しない限り認められませんでした。戦後は,離婚は有責主義から破綻主義へと大きく転換してきました。どの程度転換したかについてご説明します。
1 最高裁の昭和27年判決
以下にご紹介するのは,不貞をし,長年別居していた夫が妻に対して離婚を請求したことについて,昭和27年に最高裁がした判決です。
「婚姻関係を継続しがたいのは夫が妻を差し置いて他に情婦を有するからである。夫さえ情婦との関係を解消し,よき夫として妻のもとに帰り来るならば,いつでも夫婦関係は円満に継続し得べきである。すなわち夫の意思いかんにかかることであって,かくのごときはいまだもって前記法上にいう『離婚を継続しがたい重要な事由』に該当するものということはできない。結局夫が勝手に情婦をもち,そのためもはや妻とは同棲できないから,これを追い出すということに帰着するのであって,もしかかる請求が是認されるのであれば,妻は全く俗にいう踏んだり,蹴ったりである。法はかくのごとく不徳義,勝手気ままを許すものではない。前記民法の規定は相手方に有責行為のあることを要件とするものでないことは認めるけれども,さりとて前記のような,不徳義,得手勝手の請求を許すものではない。」
離婚は婚姻関係に破綻があれば認めるが,その破綻原因を生み出した配偶者からの離婚請求は認めない,という考え方です。文中にある「踏んだり,蹴ったり」という子気味良い表現も含めて非常に分かりやすい考え方で,当時の社会状況を反映してか,離婚原因を作り出した配偶者からの離婚請求はまず認められませんでした。
2 有責主義と破綻主義
離婚請求における有責主義とは,配偶者の一方に法律が定める離婚原因となる行為や事実がある場合に,相手方配偶者からの離婚請求を認めるという考え方です。この場合,離婚請求は相手方配偶者だけに認められ,離婚原因となる行為をしたり事実を作った配偶者(=有責配偶者)には認められないことは言うまでもありません。
それに対して,夫婦の婚姻関係が事実上破綻している場合には,夫婦のどちらからの離婚請求も認める考え方を破綻主義と言います。すなわち,夫婦の婚姻生活が事実上破綻・形骸化していれば,その原因を作り出した配偶者からも離婚請求ができる,という考え方です。破綻主義の中でも,破綻という外形事実があれば,理由の如何を問わず,どちらからの請求でも離婚を認めるという積極的破綻主義と,破綻していても,その原因を作り出した有責配偶者からの離婚請求は認めない,という消極的破綻主義とがあります。
以上のように,有責主義とは離婚原因が法律上定められていること(有責行為),及び有責配偶者からの離婚請求は認められないことです。それに比して,破綻主義とは,離婚原因が破綻と言う抽象的な概念とされていることです。破綻原因を作り出した当事者を有責配偶者と言いますが,破綻主義の場合でも有責配偶者からの離婚請求を認める積極的破綻主義と,有責配偶者からの離婚請求を認めない消極的破綻主義とがあります。
3 判例の破綻主義への転換
次にご紹介するのは,最高裁の昭和62年の判決です。
「有責配偶者からされた離婚請求であっても,夫婦の別居(36年)が両当事者の年齢及び同居期間(12年)との対比において相当の長期間に及び,その間に未成熟の子が存在しない場合には,相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて過酷な状態におかれる等,離婚請求を認容することが著しく社会正義に反すると言えるような特段の事情が認められない限り,当該請求は,有責配偶者からの請求であるとの一事をもって許されないとすることはできないものと解するのが相当である。」
この裁判の事案は,夫婦は昭和12年に結婚し,子供が生まれなかったので,2人の子供を養子とし,昭和24年に夫がAと不貞をしたことで不和となり,夫はAと同棲し,昭和27年にはAとの子供をもうけました。夫は2つの会社を経営し,不動産を賃貸するなど生活は安定しています。妻は自活しています。
この判決が嚆矢になって,それまで埋もれていた有責配偶者からの離婚請求が次々に認められるようになりました。
以下いくつかの判例をご紹介します。
① 最高裁昭和63年2月12日判決
「夫と妻との婚姻については民法770条1項5号に定める事由(その他,婚姻を継続しがたい事由)があり,夫は有責配偶者と言うべきであるが,夫と妻との別居期間は約22年に及び,同居期間(16年)や双方の年齢と対比するまでもなく,相当の長期間であり,しかも両者の間には未成熟の子がいないのであるから,このような特段の事情がない限り,これを認容すべきものである。」
② 最高裁昭和63年4月7日判決
「夫と妻との婚姻について,770条1項5号所定の事由があり,夫は有責配偶者と言うべきであるが,夫婦の別居期間は約16年に及び,同居期間(5年)や双方の年齢と対比するまでもなく相当の長期間であり,しかも両者の間には未成熟の子がいないのであるから特段の事情がない限り,離婚を認容すべきである。
③ 最高裁昭和63年12月8日判決
「同居期間10カ月,別居期間10年間について,妻からの離婚請求について原審が離婚を認容したのを維持した。」
④ 最高裁平成1年9月7日判決
「同居5年,別居15年,未成熟の子はいない。夫は他の女性と同棲し,妻は夫の婚費で生活している。夫からの離婚請求について有責配偶者からの請求であっても相手方が離婚により精神的,社会的,経済的に極めて過酷な状態に置かれる等,離婚請求を認容することが社会正義に反すると言えるような特段の事情がない限り許される。」
なお,この判決には,以下に掲げる佐藤裁判官の反対意見が付されていますので参考まで。
「有責配偶者が相手方及び子に対して精神的,経済的,社会的に相応の償いをし,または相応の制裁を受容しているのに,相手方配偶者が報復等のためにのみ離婚を拒絶し,またはそのような意思があるものとみなせるような場合など,離婚請求を容認しないことが諸般の事情に照らしてかえって社会的秩序を歪め,著しく正義衡平,社会的倫理に反する特段の事情がある場合には,有責配偶者の責任が阻却され,当該離婚請求を許容するのが相当である。」
⑤ 最高裁平成2年11月8日判決
「同居期間23年,別居期間は8年であるが,夫は別居後も生活費の負担をし,別居後C子との不貞関係を解消し,財産分与について誠意ある提案をしており,子供は親の意向に従うと言っていること等,本件は別居期間の経過により,当事者双方についての諸事情が変容し,これらの持つ社会的意味ないし社会的評価も変化したことが窺われるとして離婚請求を認容した。」
⑥ 東京高裁平成3年7月16日判決
「婚姻関係の破綻の原因は夫にもあるが,妻の不貞が破綻を決定的なものとした。同居期間17年,別居期間10年,子供二人も成熟していて,離婚によって夫が精神的,社会的,経済的に過酷な状態におかれるとは認められないことに照らし,妻からの離婚請求を認容した。」
⑦ 最高裁平成5年11月2日判決
「破綻の主たる責任は妻にあるが,夫にも少なからず責任があり,別居期間が10年に及んでいるとして,妻からの離婚請求を認容した。」
⑧ 最高裁平成14年6月26日判決
「同居22年,別居期間6年で最高裁基準(8年)から見て限界事例であるが,夫婦の意思疎通が不十分であること,妻がC男と不貞があり夫の有責性を低くすること,夫から妻へ金銭給付の実績があり財産分与の提案をしていることを考慮して,夫からの離婚請求を認容した。」
以上ご紹介したように,有責配偶者からの離婚が認められる最大の要素は別居期間です。一番短い事案では別居期間6年で離婚が認められていますが,この事案は妻側にも不貞があり,夫から妻への金銭給付の実績があり,財産分与の提案をするなど夫の有責性を低くする要因があります。
一般には別居期間10年が目安でしょう。10年以上であれば,原則的に離婚が認められますが,その場合でも請求する側の有責の程度が高い,金銭給付もされず,子供が小さい,離婚により相手方配偶者が困窮する等の事情があれば認められません。
最後に,別居期間が11年の場合でも,離婚請求が否定された判例をご紹介します。
⑨ 大阪高裁平成26年12月5日判決
「同居1年,別居11年で夫婦の関係は破綻している。夫はDと不貞関係を持ち,妻に暴力をふるい,勝手に家を出て婚姻費用の支払も滞り,何度も離婚を申立て,連絡もせず夫の有責性は明らか。長女は14歳でいまだ未成熟であり,妻が母として面倒を見ていること,現在は夫から婚姻費用の支払があることを考慮しても,夫からの離婚請求は信義誠実の原則に反し,許されないというべきである。」
以上
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