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過労死と高度プロフェッショナル制度

仲田 信範

 いわゆる「高度プロフェッショナル制度」に関する労働基準法改正案が今国会で成立しました。高プロ制度は「残業代ゼロ法」とか「脱時間給制度」とか呼ばれている制度で、年収1075万円以上(通勤費等あらゆる手当を含む)の一定業種に該当する労働者を労基法の労働時間、休日等の規制の対象外とするものです(ただし4週間に4日、1年間に104日の休日は必要)。残業代や休日出勤手当等の支払いが不要になります。施行時期は、大企業は2020年4月から、中小企業は2021年4月からとされています。

年収1075万円以上といえば、一見高額に見えますが、この要件はあとから国会の議決を要しない省令で変更することができますから、減額することが可能です。経団連は400万円の年収要件を主張していました。 労働側は、年収要件が徐々に引き下げられて対象範囲が拡大することを懸念しています。この制度が実施されているアメリカでは年収要件が約200万円にまで引き下げられ、ほとんどの労働者に残業代が支払われない状態になったことから、批判されています。

高プロの具体的な業務内容は厚労省が省令で定めることになっていますが、現時点で想定されている業務は「金融商品の開発」、「金融商品のディーリング」、「企業・市場等のアナリスト」、「事業についてのコンサルタント」、「研究開発」が念頭に置かれています。この業種についても省令で定めることができますので、国会での議論を経ることなく変更ができるのです。

高プロが適用されるには、以下の要件も必要とされています。

1.職務の内容が明確に決まっていること。

2.労使委員会の5分の4以上の多数決議。

3.行政官庁への届出。

4.本人の同意。

5.経営者がその従業員の「在社時間」と「社外で労働した時間」を把握する措置をとること。

6.1年間で104日以上、4週間で4日以上の休日を付与していること。

7.その他、休日や労働時間等に関する一定の措置をとること。

改正前の現行労働基準法でも、「労基法上の管理監督者」「企画業務型」「一定の専門業務型」の労働者については時間規制が緩い裁量労働時間制が認められていますが、会社は、高プロに該当すれば、優先してこの制度を利用するものと思われます。

1日8時間、週5日労働という労働時間制は、歴史的な過去の経験を踏まえ労働者が健康で働き続けるために生み出された基軸の制度です。労働者は会社で働く時間以外に、自分の家庭や自分自身のための時間が必要です。それによって家族を支え、次の世代を生み出していくのです。それを会社労働が奪ってしまえば、自分自身の健康はもとより、家族の生活も破壊されてしまいます。それはお金に換えることはできません。お金さえ払えばいくらでも使っていい、という考え方は絶対に許してはなりません。そしてこの制度を維持する責任は会社=特に直接の上司にあります。社員、特に若い社員は会社や上司の命令に反することは困難です。会社や上司は常時、社員の労働実態を把握し、過労になるような残業を命じることはもとより、社員が自らの意思で働きすぎている場合には、それを阻止しなければならないのです。

先日若い女性の従業員を過労で死なせた電通に対して50万円の罰金が科せられました。直接の上司は不起訴になっています。大切な若い人一人の命が失われて、わずか50万円の罰金ですますというのはどういう了見なのでしょうか。また、NHKでも労災で若い記者を死なせています。NHKや上司は処罰されたのでしょうか。労働行政や検察司法制度はこのような場合に、迅速かつ適切に機能しなければ、無駄・無能の制度と言われてもやむを得ないと思います。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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