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配転命令の限界

九石 拓也

 企業は、人事異動として、従業員に対して、職種や職務内容、勤務地の変更を命ずることがあります。一般に、同じ勤務地内での勤務部署の異動を「配置換え」、勤務地の変更を伴うものを「転勤」、それら両者をあわせて「配転」と呼ばれます。

■配転命令の根拠

 就業規則に「業務の都合により出張、配置換え、転勤を命ずることがある」等の規定を設けている企業は多いでしょう。判例も、労働協約および就業規則に配転を命ずることができる旨の規定があり、実際にもそれに基づき配転が頻繁に行われ、採用時に勤務地等を限定する合意がないときには、企業は、従業員の個別的同意なしに配転を命ずることができる、としています。

■労働契約による制限

 もっとも、労働契約で職種や職務内容、勤務地を限定している場合には、それを超える配転を命ずることはできません。

 例えば、医師、看護師、調理師等、専門的資格を要する職種の場合、職種を限定する合意があることが多いでしょう。他方で、専門業務ではない一般の労働者については、特定の業務に長年従事し、特別の訓練を受けて熟練したというだけでは、裁判所は、職種・職務内容限定の合意を認めない傾向にあります。

 勤務地を限定する合意としては、現地採用の工場従業員等の例があります。ただし、現地採用であれば直ちに勤務地限定となるわけではなく、就業規則の配転の規定を了承して入社し、配転の必要性、合理性が認められる場合には、配転を命ずることができます。

■権利濫用法理による制限

 労働契約上、配転に制限がないときでも、業務上の必要性がない場合、人選に合理性がない場合、不当な動機・目的で行われた場合、従業員が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益のある場合等には、権利濫用として無効となります。

 過去に権利濫用と判断された例としては、職場で敬遠されていることのみを理由に適性のない部署に異動させたケース、退職を仕向ける目的で経験や知識にふさわしくない業務を割当てたケース、妻が精神疾患に罹患している者や要介護の母親の介護をする者に転勤を命じたケース等があります。

 他方、共稼ぎ等の事情で単身赴任を要する転勤の命令については、業務上の必要があり、別居手当等で従業員の家庭の事情に対する配慮がされている場合には一般に有効と扱われてきました。しかし、子の養育や家族の介護への企業の配慮義務を定めた改正育児介護休業法や、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を謳った労働契約法の理念から、配転命令にあたっても、それらの点への配慮がより一層求められる状況になっているといえるでしょう。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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