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再開発事業における借家権

小林 弘卓

1 目下首都圏は再開発ブームである。私の事務所の周りでも再開発事業組合の下、高層ビルの建築が進んでいる。ひとことに再開発といっても、オーナーによるビルの立て替えといった純粋な個人施行のものから、都市再開発法に基づく市街地再開発事業まで、その主体、規模、適用される規律は様々である。

 特に、再開発の名目で立ち退きを要求されている借家人にとっては、その対応次第で経済的損得がはっきりと分かれる。

 実際に、同じ再開発事業の中で、同一の坪数、同種の事業を営んでいた2つのテナントで、その補償額に何倍もの開きがでた例を私は何件も目にしてきた。今現在も、再開発の波に飲み込まれ、権利主張をしないでオーナーや再開発事業組合から言われるままに従っている方々が多くいることは驚くべきことである。

2 先ずは、1件、裁判例を紹介したい。第一種市街地再開発事業の対象区域内にある法律事務所が借家権の補償を求めて施工主体である再開発組合と争った裁判である(東京地方裁判所平成27年6月26日判決)。判決は、「再開発事業の施行地区付近において、借家権の取引価格が成立している事実はない。すなわち、①借家権取引の慣行があって借家権に譲渡取引対象としての財産価値があるとか、②借家権を取得する上で返還の予定されない一時金を支払わなければならないのが一般であって、当該一時金相場が実質的に借家権の取得取引における経済的価値を形成しているとかいった事実を認めるに足りる証拠はない」などと述べて、いわゆる91条補償における借家権の価格は0円とするのを相当と判断した。この判決は、控訴審でも維持されている(東京高等裁判所平成27年11月19日)。

3 この裁判例を機に、近年、再開発事業組合サイドは建前上、借家権補償を行わない例が多くなっている。だからといって、そのまま素直に借家権はゼロとの提示を受け入れるべきではない。

 本当に、その地域には借家権の取引事例が存在しないのか、また対象となっている借家権が「事務所」なのか「店舗」なのかあるいは「住居」なのか、さらにはその地域との密着性等様々な要因を考慮して借家権とその補償額との主張をしていくべきなのです。

4 いずれにせよ、借家人の皆様は、これからの立ち回り方が極めて重要であるので、特に再開発のノウハウを持つ法律専門家に一度は相談するのが得策です。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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