弁護士コラムバックナンバー

医師の説明義務

木原 右

1 インフォームド・コンセントと説明義務

 インフォームド・コンセントとは、患者が医療行為を受けるにあたって、医師より当該医療行為を受けるか否かの判断をするために適切かつ十分な説明を受けた上で、患者が、医師と当該医療行為を受けることの合意をなすべきことを言う。

 インフォームド・コンセントは、自己の人格的生存に不可欠な事項については自らが決定権を有するという患者の自己決定権に基づくものである。

患者がどのような医療行為を受けるかは、各個人のライフスタイル、ひいては、個人の人格的生存に深く関わるものであるため、患者自身が自ら決定すべきものである。しかし、医療行為は高度の専門性を有するため、普通は、患者は医療行為を受けるべきか否かを判断するのに必要かつ十分な情報を有していない。そこで、専門家である医師は、患者が医療行為を受けるか否かを自ら決定するのに必要かつ十分な説明を行い、患者はその説明を受けた上で当該医療行為を受けるか否かを主体的に自己決定した上で、患者と医師との間で当該医療行為を受けることの合意がなされなければならない。

 このように、患者が自己決定権を行使し、インフォームド・コンセントを形成するために、医師は、患者が当該医療行為を受けるのか否かを決定するために必要かつ十分な説明をする義務を負っていると考えられている。

医療法第1条の4第2項においても、インフォームド・コンセント形成の努力義務が規定されている。

2 行政における取り組み

 厚生労働省はその実現のために、「診療情報の提供等に関する指針の策定について」(平成15年9月12日付け医政発0912001号厚生労働省医政局長通知)を定め、インフォームド・コンセントの理念に基づく医療を推進するための指針を定めている(なお、同指針策定後も、美容医療サービス等の自由診療では、患者の理解と同意が十分に得られていないことに起因すると考えられるトラブルが生じていることを踏まえ、平成25年9月27日、「美容医療サービス等の自由診療におけるインフォームド・コンセントの取扱い等について」(平成25年9月27日付け医政発0927第1号厚生労働省医政局長通知)により、美容医療サービス等の自由診療におけるインフォームド・コンセントに関してとくに留意すべき事項を定めている。)。

3 主な最高裁判例

(1) 平成12年2月29日判決

 本判決は、人格権の一内容として患者の意思決定権を位置づけ、かかる患者の意思決定のために医師の説明義務を認めているものと解される。

事実関係は以下のとおりである。

 すなわち、「エホバの証人」の信者である患者が、宗教上の信念から、いかなる場合にも輸血を受けることは拒否するという固い意思を有しており、医療機関にもその意思を表明していた。一方で、医療機関は、患者が「エホバの証人」である場合、患者が輸血を受けるのを拒否することを尊重し、できる限り輸血をしないことにするが、輸血以外には救命手段がない事態に至ったときは、患者及びその家族の諾否にかかわらず輸血する、という方針を採用していた。そして、医療機関は、上記方針を説明せず、輸血する可能性があることを告げないまま手術を施行し、上記方針に従って輸血をした。患者(後その相続人)が、説明義務違反等を理由に、損害賠償請求を行ったのが、本件である。

 かかる事実関係のもとにおいて、最高裁は、「患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない。」「本件においては、・・・医師らは、右説明を怠ったことにより、(患者)が輸血を伴う可能性のあった本件手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪ったものといわざるを得ず、この点において同人の人格権を侵害したものとして、同人がこれによって被った精神的苦痛を慰謝すべき責任を負うものというべきである。」と判示して上告を棄却し、金55万円の支払いを命じた原判決を維持した。

(2) 平成13年11月27日判決

 本判決は、他に選択可能な治療方法についてをも含めて医師の説明義務を認め、当該他の選択可能な治療方法が未確立なものであっても医師が説明義務を負う場合があることを認めたものと解される。

事実関係は以下のとおりである。

 すなわち、患者は医療機関において乳がんの治療として胸筋温存乳房切除術による手術を受けた。しかし、患者は乳房温存療法を希望しておりその旨医師にも伝えていたにもかかわらず、医師は患者に対して十分な説明を行わないまま、患者の意思に反して胸筋温存乳房切除術を行ったとして、損害賠償請求を行ったのが本件である。なお、本件当時、胸筋温存乳房切除術は医療水準として確立していたが、乳房温存療法は、実施している医療機関も少なくなく、相当数の実施例があり、同療法を実施した医師の間では積極的な評価もなされていたものの、未確立なものであった。

 かかる事実関係のもとにおいて、最高裁は、「医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対して、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される。」「・・・未確立の療法(術式)ではあっても、医師が説明義務を負うと解される場合があることも否定できない。・・・乳がん手術は、体幹表面にあって女性を象徴する乳房に対する手術であって、手術により乳房を失わせることは、・・・患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるものであるから、胸筋温存乳房切除術を行う場合には、選択可能な他の療法(術式)として乳房温存療法について説明すべき要請は、このような性質を有しない他の一般の手術を行う場合に比し、一層強まる」「本件についてこれをみると・・・少なくとも、上告人(患者)の乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること及び乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を被上告人(医師)の知る範囲で明確に説明し、被上告人(医師)により胸筋温存乳房切除術を受けるか、あるいは乳房温存療法を実施している他の医療機関において同療法を受ける可能性を探るか、そのいずれかの道を選ぶかについて熟慮し判断する機会を与えるべき義務があったというべきである。」と判示して患者の請求を棄却した原判決を破棄し、原審に差し戻した。

(3) 平成18年10月27日判決

 本判決は、予防的な療法を実施する際して複数の選択肢が存在する場合には、医師は分かりやすく説明し、患者に熟慮する機会を与えるべきであると判示したものと解される。

事実関係は以下のとおりである。

 すなわち、未破裂脳動脈りゅうの存在が確認された患者が、医療機関においてコイルそく栓術を受けたところ、術中にコイルがりゅう外に逸脱するなどして、脳こうそくが生じ、死亡した。そこで、患者の相続人が説明義務違反等を理由に損害賠償請求を行ったのが本件である。

 なお、本件のような未破裂脳動脈に対しては、保存的に経過を見るという選択肢と治療をするという選択肢があり、また、治療をする場合には、「開頭手術」という選択肢と「コイルそく栓術」という選択肢があったが、いずれの選択肢も当時の医療水準にかなうものであった。

 また、本件における医師による説明の経緯は以下のとおりである。すなわち、担当医師は、患者に対し、これらの選択肢について説明し、1か月弱の期間をかけて熟慮させた上で、患者が「開頭手術」を受けることを希望したことから、「開頭手術」が実施されることになった。ところが、「開頭手術」実施の前々日のカンファレンスにおいて、患者の「開頭手術」の実施がかなり困難であることが判明し、まず「コイルそく栓術」を試し、うまくいかないときは「開頭手術」を実施するという方針が決まった。そこで、担当医師が、患者に対し、動脈りゅうが「開頭手術」をするのが困難な場所に位置しており「開頭手術」は危険なので、「コイルそく栓術」を試してみようとの話がカンファレンスであったことを告げ、「コイルそく栓術」を勧め(担当医師による説明は30〜40分程度であった。)、同日夕方には、患者が「コイルそく栓術」を実施することを承諾した、というものであった。

 かかる事実関係のもとにおいて、最高裁は、上記の最高裁平成13年11月27日判決で判示された医師の説明義務についての一般論を引用した上で、「医師が患者に予防的な療法(術式)を実施するに当たって、医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には、その中のある療法(術式)を受けるという選択肢と共に、いずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在し、そのいずれを選択するかは、患者自身の生き方や生活の質にかかわるものでもあるし、また、上記選択をするための時間的な余裕もあることから、患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように、医師は各療法(術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められるものというべきである。」「本件病院の担当医師らは、(患者)に対し、(判決中に摘示されているような具体的な)説明をした上で、開頭手術とコイルそく栓術のいずれを選択するのか、いずれの手術も受けずに保存的に経過を見ることとするのかを熟慮する機会を改めて与える必要があったというべきである。」と判示して患者の請求を棄却した原判決を破棄し、原審に差し戻した。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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