弁護士コラムバックナンバー

医療過誤事件における損害賠償金

上田 正和

1 損害賠償金をもらえる可能性

 弁護士に紛争の解決を依頼することを検討される方の多くは,自分の要求は通るのだろうか(お金をもらえるのだろうか)という点を気にしていると思います。企業(会社)であれば,責任や権利関係を明らかにしたいという理由で(たとえば,取引先や株主に対する説明や税務処理のために),経済的利益を獲得できる可能性にそれほど重点をおかない場合もあるでしょうが,個人の方にとっては,要求が通ること(お金をもらえること)の可能性は,弁護士に依頼するにあたっての大きな考慮要素になっているでしょう。

 もっとも,弁護士への依頼を考えるほどの紛争になっている場合には,事実関係や証拠状況やこれらを踏まえた相手方の言い分や考えがあるので,相談を受けた弁護士としては,勝てますよ(希望するお金をもらえますよ)と自信をもっていえることは必ずしも多くはありません。遺産分割や交通事故被害のケースでは,通常は何らかの経済的利益を手に入れることを期待できるでしょうが,このような場合ばかりではありません。ちなみに,弁護士の職務に関するルールを定める弁護士職務基本規程は,弁護士が依頼者に対して有利な結果を約束したり期待できる結果の見込みがあるように装うことを禁止しています。

2 医療過誤事件におけるハードル

 医療事件とは医療をめぐる紛争全般を広く意味しますが,代表的なものは医療過誤事件です。弁護士に相談や依頼をされる方の多くは,自分や身近な方(家族など)が病院で治療を受けていた際に,想定していなかった悪い結果(死亡や後遺症)が発生したので,病院や医師に責任があるのではないか,何か隠しているのではないか,責任があるとすれば許せないので真実を明らかにして謝罪と賠償を行ってほしいというものです。

 この場合,損害賠償金を獲得するためには,①病院(医師)に過失があったこと,②その過失によって結果(死亡や後遺症)が発生したこと(因果関係といいます),③発生した結果を金銭に見積もれること,のすべてを満たしていることが原則として必要になります。病院における治療行為(たとえば,手術や投薬)によって死亡したり後遺症が発生したからといって,損害賠償金を必ず手にすることができるわけではありません。①過失や②因果関係を明らかにしていくことには,多くの場合,ある程度の困難が伴います。生命体である人間の体に起きたことを事後的に検証することは,再現ができないこともあり,むずかしい作業です。手術の際に体内に器具やガーゼを残置してしまったケースのように過失が明らかと思われる場合であっても,それが患者の身体にどの程度のマイナス影響を与えたのか,それを金銭に見積もることができるのか,どの程度の金額になるのかなど,むずかしい問題があります。

3 医療過誤事件における損害賠償の金額

 医療過誤事件の示談交渉や裁判手続においては,過失や因果関係が大きな争点になりますが,相談者(依頼者)としては,時間(医療過誤事件は解決までに長期間を要します。)や費用をかけた上で手に入れることができそうな賠償金額がどのくらいかが気になります。 過失や因果関係という要件を満たした場合(医療過誤事件においては,どの程度満たすのかという程度も問題になります。)の賠償金額に関しては,世の中における事故としての件数が多い交通事故について目安とされる実務上の基準があり,それを手掛かりにして,医療過誤事件それぞれの個別事情によって調整していくという方法が用いられます。

 死亡や後遺症発生のケースでは,事故がなければ獲得できたであろう収入金額や慰謝料額が大きくなります。従って,手術時のミスや投薬の誤りによる死亡事案や,出産時のトラブル(帝王切開の判断の遅れなど)によって出生した子に重大な障害が残ったような場合には,賠償金額が大きくなりますが,歯科治療におけるトラブルの場合には賠償金額が低くなる傾向があります。予防的治療や美容整形のケースでは,病院や医師からの説明内容や損害の評価が問題となります。一般的に,産科事故は裁判になることが多く,歯科治療のトラブルは裁判になりにくいといわれることがありますが,このような事情が影響しています。

 そして,慰謝料の額については,交通事故の基準によれば,死亡や後遺症1級(きわめて重大な後遺症)の場合には2800万円(一家の稼ぎ手の場合)とされていますが,医療過誤事件においては,病気や負傷のために身体の状況が万全でなかった方(患者)が被害者であることを理由とする減額や,その反対に,身体状況を改善させるはずの病院におけるミスによって逆に損害を受けてしまったことや事故後の病院の対応の悪さを理由とする増額のように,いくつかの修正事情があります。また,他にも,将来の治療や介護の費用をどのように解決するのが適切であるのかという問題があります。

 このように,医療過誤事件における賠償金額をめぐっては悩ましい問題がいくつかありますが,医療過誤事件は,病院に責任がある場合であっても,示談交渉や裁判手続の中での和解(話合い)によって解決することが多く,この場合,今回の事件を非公表にするという条件が盛り込まれることが多いので,どのような解決がなされたのかが社会的に明らかにされないことが多く,参考になりそうな似た事件の解決内容を調べるのに限界があります。

 医療過誤事件は,ケースごとの個別性や特殊性が大きく,解決に向けての見通しを立てにくいという特徴がありますが,できるだけ分かりやすく御説明させていただき,相談者(依頼者)の皆様と一緒になって解決に向けて努力することを心掛けています。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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