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医療ミスの事件で「勝てそうなケース」

上田 正和

1 医療事件における「勝ち負け」について

 弁護士に紛争の解決を依頼することを検討される方は,自分の要求は通るのだろうか,つまり,自分は勝てるのか,という点を意識します。「勝てるのであれば費用を支払って弁護士に依頼しよう」というのは,多くの方が考えていることでしょう。

 医療ミスの事件についていえば,病院に対して請求を行い,あるいは,裁判を起こすことによって,「病院が医療ミスを認めて深く反省・謝罪し十分な賠償金を支払ってくれて,患者の死亡や後遺症という無念を晴らすことができた」,というのが通常は「勝った」ということになるでしょう(実は,もっとも実現したいことは,体を元通りにしてほしい,あるいは,事故の前の時間に戻りたい,ということでしょうが,これらを実現することはできません。)。

2 医療事件における解決のあいまいさ

 医療事件以外の紛争では,貸したお金がやっと返済された,未払いであった売買代金を支払ってくれた,商品を引き渡してくれた,離婚に応じてくれて慰謝料を支払ってくれた,というように,自分の要求が実現されたことを判断しやすいことが多いといえます。

 これに対して,医療ミスの事件では,病院で起きた死亡や後遺症という結果を金銭でどのように評価するのかが問題となりますが,金銭賠償の内容として,算定基準が不明確な慰謝料が大きな比重を占めていることもあり,病院から金銭の支払いを受けることになったとしても,病院が医療ミスを認めて損害を賠償してくれた,つまり,法律上の責任が明らかになった,とは直ちにいえないことが少なくありません。

 医療事件は,話し合い(示談交渉)で解決することもあれば,裁判を起こして解決することもありますが,裁判を起こしたとしても,判決でなく和解(裁判手続の中での話し合い)による解決が多い(約半数)という特徴があります。

 そして,病院から患者本人や遺族に金銭が支払われる場合であっても,支払い名目は「解決金」や「和解金」とされるので,一般の方にとってはその意味が分かりにくいものになっています。

 そこで,支払われる金額の大きさによって病院の責任の有無や程度を判断することになりますが,死亡や重い後遺症の事案であれば,(患者の年齢や収入などによって変動はありますが)500万円を超える金額が支払われるような場合であれば,病院の落ち度が一定程度は認められたと理解してよいでしょう。

 医療事件の解決では,病院の法律上の責任を認めることはできないものの結果として死亡や後遺症という事態に至っていることを考慮して,病院が「お見舞い金」的な金額(100万円程度)を支払うということもあります。

 そして,支払われる金額に照らすと病院の医療ミスが認められたと判断できる場合であっても,病院が明確な謝罪を行う(謝罪条項を入れる)ことは多くなく,せいぜい「遺憾の意を示す」程度の記載になります。

 ちなみに,話し合いで解決する場合には,病院は「本件については口外しない(非公表にする)」という条項を入れることを求めてきます。

 結局のところ,医療事件の解決においては「勝ち負け」が明確にされることは多くなく,支払われる金額の大きさが病院の責任の有無や程度を事実上示すことになります。

 従って,患者側から依頼を受けた弁護士は,多くの金額を勝ち取るべき訴訟活動が求められます。

3 医療事件の裁判手続の特徴

 裁判というと,法廷での言い合いや反対尋問によって相手方の主張が嘘であることを裁判官や傍聴人の前で明らかにする,というイメージを持たれるかもしれません。

 医療ミスの裁判を取り上げたテレビドラマでも,法廷での華々しいやり取りが描かれています。

 ところが,実際の民事裁判は,法廷では,代理人弁護士が事前に提出した書面について,裁判官が「書面の通り陳述しますね。」との確認を行い,原告と被告の主張の確認と整理が簡単に行われる程度のことが多く,裁判手続の多くは小さな部屋で非公開で行われる弁論準備という手続によって行われます。

 医療ミスの裁判においても同様(あるいはそれ以上)で,裁判期日の2回めからは弁論準備手続として実施されるのが通常で,原告(患者側)と被告(病院)がそれぞれ証拠を提出しながら言い分を(書面で)主張します。

 そして,医療事件は専門性が高く複雑な内容を有するということもあって,医療事件を取り扱う特定の部が合議事件(裁判官3名)として担当します。

 東京地方裁判所では,医療事件は4つの部(医療事件集中部)のいずれかに配点されます。

 医療事件の裁判では,証拠の提出の仕方(ABCの3分類方式)や診療経過一覧表による事案の整理や鑑定の実施方法(複数の鑑定人による口頭での鑑定)など,他の事件とは異なる方法が採られています。

 また,専門訴訟でありながら,鑑定が実施されるケースは1~2割程度と少ないのが実情です。

 裁判手続では,医療記録や医学文献や第三者医師の意見書などを確認し検討しながら,裁判官が事案について理解を深めつつ徐々に心証を形成していき,それを解決につなげる(和解の提案を行う)というのが大まかな流れです。

 そして,第1審(地方裁判所)にかかる期間は平均して2年程度です。

4 「勝てそうな(ある程度の金額を獲得できそうな)ケース」とは

 裁判は実際にやってみないと結果は分からないといえますが,医療ミスの裁判は特にその傾向が強いといえます。

 そして,過失の存在が明らかなケース(例.手術器具を体内に残してしまった場合。ただ,この場合でも損害評価がむずかしいことがあります。)を除けば,過失や因果関係や損害の判断がむずかしく,裁判官が抱いた微妙な心証(例.60パーセント程度か・・・)が解決金や和解金という名目の支払金額に反映されることになります。

 私のこれまでの経験を踏まえた個人的な印象ですが,勝てる(ある程度の金額を獲得できる)ケースについてほぼ共通していえることは,医療ミスがどのようにして起きたのかを根拠をもって具体的にイメージできる,という点にあると感じています。

 依頼を受けた弁護士として,医療記録を十分に検討しますが(その際,医学文献や第三者医師の意見を参考にします。),医療ミスについての具体的なイメージを持てないケースは,裁判を起こしても過失や因果関係についての主張を踏まえた解決の見通しを立てにくいといえます。

 医療事件の事案の検討や分析は,「①患者の症状 → ②医師の診断と検査 → ③検査結果と治療方針 → ④手術などの具体的な治療行為 → ⑤その後の症状と医師の対応」という時間軸を基本にして(このいずれかが医療ミス発生の場面となります。),医療記録の記載(いわゆるSOAP形式。Sは患者による主観的な情報,Oは医師による客観的な情報,AはSとOから得られた評価,PはAに基づく治療プラン。)をていねいに見ていきますが,この作業の中で,医療ミスの起きた場面や発生状況をどれだけ具体的にイメージできるのかが,示談交渉や裁判における主張の強さの裏付けになります。

 医療記録を繰り返し検討する過程において,医療ミスの場面や態様の具体的なイメージを強く持てる事案が,いわゆる「勝てそうなケース」であると感じています。

5 最後に

 医療事件は事案ごとの個別性が非常に大きく,人間の体に発生したことを後の時点で再現することはできず,取り扱う内容が高度の専門性を有していることなど,解決が困難な種類の事件とされていますが(裁判での勝訴率は2~3割です。),生命や身体というすべての人にとって基本となる利益に関わる大切な問題ですから,今後も1つ1つの案件 に対して,ていねいに,そして誠実に取り組んでいきたいと思います。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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