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悪性格証拠排除法則にどう対処すべきか

中川 武隆

1 悪性格証拠排除法則とは何か

 英米法のコモン・ロー(判例法)の原則として、悪性格証拠排除法則があると言われる。被告人(Dという)の起訴されていない犯罪事実(前科その他の類似事実)を証拠として提出することを禁止する原則である。起訴されていない犯罪事実から、Dの悪性格を証明し、そのような悪性格から、Dが起訴された事実を行ったと証明することを禁止するものである。しかし、これは、大げさな物言いである。例えば、Dに窃盗の前科があることから、Dが窃盗を犯すような悪い人間である(そのような性向を有する人間である)と認定し、そのこと(そのような性向)から、今回、起訴された窃盗もDが犯したのであろうと推認する(これを性向推認と言う)、このようなことが許されていい訳がないことは、明らかである。前科があることから、初めから偏見を持って見るのと同じことである。類似事実を有罪立証の証拠として許容する場合、何らかの絞りが必要なことは誰でも気が付く。

2 類似事実証拠許容の要件

 どのような要件が加われば、Dの類似事実が証拠として許容されるだろうか。これは、英米のコモン・ローの長い歴史において、議論されてきた。例えば、前科の犯罪の手口が、今回の起訴された事実と類似している場合は、その前科を、Dが起訴された罪の犯人であることを認定するための証拠としてよい場合があるのではないか。「犯罪手口の類似性」である。許容される場合の一つの類型(カテゴリー)として、英米法で議論されてきた。

3 我が国の最高裁判例

 我が国の最高裁は、平成24年と25年に、そのような類似性は、「顕著な特徴」を共有するものでなければならないとした。そうでなければ、Dが犯人であることを立証するために使用できないとした。それぞれの事件で、ある程度類似はするが顕著な特徴を有するとまでは言えない前科を証拠とすることはできないと判示した。比較的厳格な立場を採用したと言える。これは、アプローチとしては、現在、アメリカの連邦証拠規則が採用するリスト・アプローチ(許容できる場合をリスト・アップするアプローチ)を採用することを前提として、当該事件では、許容される場合には該当しないとしたものである。

4 イギリスにおける制定法による改革

 イギリスにおいても、悪性格証拠が許容される場合は、コモン・ローにより規律されてきた。しかし、20世紀末、判例による規律は、混乱を招いているとして、法制定の動きが生じ、2003年に刑事司法法(新法という)が制定された。その内容を見ると、コモン・ローの根本を覆す改革であった。すなわち、コモン・ローでは、一定の犯罪性向から、今回起訴された罪もDが行ったと推認することは、許されないことが根本原則であったが、新法では、この根本原則を放棄して、事件の争点との関連性があれば、同種犯罪の類似事実は、許容されると法定した。他方、その類似事実証拠の証明力が強くないのに、むしろ、偏見を与える弊害が強い場合には、許容すべきでないとした。要するに、犯罪性向による推認を一定程度、許容する(換言すれば、性向推認をする場合か否かを許容の基準としない)一方、コモン・ロー当時から判断基準とされてきた、証明力と偏見の害との比較衡量の基準を残したものである。

5 制定法に対する批判

 このイギリスの制定法による改革は、犯罪被害者保護の潮流の下、前科についても、争点との関連性があれば、陪審に提示して、その評価を陪審の常識的な判断に委ねるとしたもので、画期的改革であった。政治主導による改革の側面があったため、伝統的立場を取る学者からは、批判をもって迎えられた。性向推認を許容することは、これを禁止していたコモン・ローが有していたセーフ・ガードを撤廃するものと批判されたのである。

6 制定法の運用及び我が国に対する示唆

 新法施行後、すでに14年が経過した。制定法は、果たして、順調に運用されているのであろうか。控訴院判例を見る限り、ここでは詳説しないが、新法の運用は、適切になされているようである。

 悪性格証拠排除法則の母国であるイギリスが、以上のように制定法により、類似事実証拠の許容とその利用について、新しいやり方で対処しているところから、我が国も学ぶところがあるのではないかと思われる。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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