弁護士コラムバックナンバー

刑事告訴について

渡邉 清

1 刑事告訴について

 告訴は、犯罪の被害者などが、警察、検察庁などの捜査機関に対し、犯人の処罰を求める行為です。

 告訴が受理されると、捜査機関は捜査を開始し、検察官が犯人とされた者を起訴するか否かを決定することになります。

 ところで、被害者などは、簡単に告訴ができ、捜査機関に告訴を受理して捜査をしてもらえると思いがちですが、実際には、告訴を受理してもらうまでに相当の時間と手間を要するのが一般的です。

 被害者などが、告訴をしようとする場合、被害を受けた犯罪事実などを記載した書面である告訴状を捜査機関に持ち込むのが一般的ですが、通常、その場で告訴が受理されることはなく、告訴状を受け取った捜査機関が、告訴を受理するか否かの審査に入ることになります。

 このような審査を要するのは、告訴の中には不適切なものが含まれているからであり、実態は不適切な告訴が適切な告訴を上回ると言っても過言ではありません。

 不適切な告訴の典型例は、他者への恨みなどからなされる虚偽の告訴です。

 そこで、告訴状の持ち込み等があった場合、捜査機関は、告訴状や持ち込まれた資料などをもとに、犯罪とされている事実が真に犯罪になるのか、犯人が犯罪を犯したことを疑うに足りる程度の資料があるか、それが今後の捜査で得られるか等々について審査をします。

 そして、そのような審査の過程で、捜査機関は、告訴状や資料の検討だけでなく、内偵などと呼ばれている事実上の捜査を行ったり、告訴を受理すべきか否かを判断するための協議を行ったりします。

 また、そのような審査の過程で、被害者らが、捜査機関から審査に必要な資料の提出を求められることもあります。

 そのようなことから、告訴が受理されるまでに相当の時間と手間を要することになるのです。

 告訴が受理されるまでに半年、1年といった長期間を要するケースもありますし、被害者らが、厚さ何十センチにもなるような資料を捜査機関に提出することもあります。

 一般的には告訴受理のハードルは高いということになります。

2 企業内部の不正行為と告訴

 企業において、従業員らが不正行為をはたらいて企業に損害を与えた場合、行為者の責任を厳しく追及し、損害の回復や再発防止を図る必要があります。

 特に、上場企業や上場を目指す企業においては、かかる責任追及が適切に実行され、企業の内部統制が確保されることが強く求められます。

 そして、責任追及の一つとして、不正行為が犯罪に該当する場合、告訴をして行為者の厳罰を求めることがあります。

 一般に人は犯罪者になることを極端におそれ、嫌いますので、刑事責任の追及は、不正行為者に刑罰という大きな代償を支払わせ、それ以外の従業員らに対し、不正をはたらけば、刑罰という大きな代償を支払うことになるという警告を与え、不正行為の再発を防止するという効果があります。

 かかる効果は大きいと思われます。

 そこで、不正行為が発生した場合、それが犯罪に該当すれば、企業は行為者を告訴することになりますが、先に述べた告訴受理のハードルは高いということをより一層念頭においておく必要があります。

 というのは、企業内の不正行為の場合、詐欺、横領、背任等のいわゆる知能犯に該当する場合が多く、知能犯は、一般的に捜査が難しい事件とされており、それ故、告訴を受理するか否かの審査にもより一層時間を要することになるからです。

 企業は、まず、告訴状に記載する犯罪事実をどのようなものにするかが悩みの種になりますし、捜査機関に、犯罪事実があったという疑いをもってもらえるようにするため、多数の資料を集めて提出する必要があります。

 告訴状や資料に不備、不十分があれば、捜査機関に告訴を受理してもらえないといった事態にもなりかねませんので、告訴をしようとする場合、顧問弁護士や外部の弁護士に相談され、告訴手続を委ねることをお勧めします。

3 性犯罪と告訴

 強制性交等罪(以前の「強姦罪」)といった性犯罪は、被害者保護の流れを受け、告訴がなければ犯人を処罰することができない親告罪ではなくなりましたが、被害者の立場や意思を尊重する必要があることなどの事情から、告訴やそれに準じる被害者による捜査機関への被害の申告を受けて捜査が開始されることが多いと思われます。

 他方、先に述べたように告訴受理のハードルが高いとなると、性犯罪における被害者保護に逆行することになります。

 そのためかどうかは定かではありませんが、性犯罪の告訴は、比較的簡単に捜査機関に受理されており、告訴受理のハードルは低いと思われます。

 このような性犯罪の告訴の実情から、昨今、耳にすることが多い「性的同意」が問題になってきます。

 性的同意とは、性行為に関する同意ですが、性的同意が語られる根底には、同意のない性行為は暴力であるという考えがあります。

 性行為は、そもそも人類の子孫繁栄に必要であるのみならず、当事者間に大きな満足感、幸福感を与える人間にとって重要な営みです。

 他方、間違った性行為は、予期せぬ妊娠や様々な肉体的、精神的害悪をもたらすことなどにかんがみ、同意のない性行為は暴力であるとされているのです。

 性的同意については、同意をする当事者には、夫婦も含まれますし、同性カップルも含まれます。

 また、性行為には、セックスのみならず、身体に接触する行為やキスなども含まれます。

 さらに、同意は明確なものである必要があり、日本ではよく言われる「空気を読んで。」とか「嫌よ、嫌よも好きのうち。」は通用しないとされています。

 ヨーロッパなどでは、既に、同意のない性行為は、それだけで処罰される国もあります。

 他方、日本では、今のところ、同意がないだけの性行為は処罰されず、被害者の抵抗を困難にするような暴行、脅迫などの要件が必要とされています。

 しかし、性犯罪の被害者保護の流れを受け、刑事裁判においては、暴行、脅迫などの要件は極めて緩いものとなっており、行為者が暴行とは考えないような軽微な暴行であっても、被害者の抵抗を困難にする程度の暴行であると判断されて重い刑罰を科せられているのが実情です。

 同意のない性行為を含め相手方に肉体的、精神的苦痛を与え、不快、不本意な思いをさせる性行為は厳に慎むべきであり、性的同意のもとでの性行為によって真の満足感、幸福感が得られると思います。

 さらに、性的同意を得ることのもう一つの重要な意義が、性犯罪の加害者になって犯罪者の烙印を押されることから自身を守ることです。

 先ほど述べた性犯罪の告訴受理のハードルが低いことや性犯罪の刑事裁判の実情に照らせば、性的同意を得ることなく、酔った勢いでの性行為や、このムードなら大丈夫、自宅に来てくれたから大丈夫などという安易な気持ちでの性行為に及んだ場合、不愉快な思いをした相手方が警察に駆け込めば、自身の行為が性犯罪だとは微塵も考えていなかったとしても、重い刑罰を受けることになるかもしれませんし、少なくとも性犯罪の疑いをかけられ、警察などに呼ばれて取調を受けることになります。

 そうなると頼るは弁護士ですが、そういうことで弁護士を頼るようなことがないよう、心身共に充実できる性行為を楽しまれるようお勧めします。

参考文献(本コラム3について)

赤川学ほか著 「なぜオナニーはうしろめたいのか」 星海社新書

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
関連するコラム
↑TOP