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和解の効用

齋藤 隆

 民事に関する紛争が生じた場合,直ちに訴えを提起するよりは,まずは当事者間の交渉で自主的に解決を図ることになるでしょう。

 私的自治の原則が支配する私法上の権利関係については,権利者自ら処分することが可能ですから,相手方の主張を一部取り入れて譲歩したり,権利・義務の存在については争いがなくてもそれを履行しやすいように期限を猶予するなどして,内容を一部変更することがよくあります。

 例えば,1000万円の貸金について,債権者はまだ800万円残っていると主張しているのに対し,債務者は500万円まで減っていると反論しているようなケースにおいて,双方の互譲による合意をして,残金を600万円とした上で,一括弁済が困難であることから毎月20万円ずつの30回分割払とするような場合です。

 このように当事者が争いのある法律関係について互いに譲歩して争いを止めるために一定の法律関係を確定させる合意をすることを「和解」といい,民法695条に契約の一類型として規定されています。

 書面によることが必要とされる要式行為ではありませんが,後日合意内容が争われることがないように,書面化しておくことが肝要です。

 しかし,この和解契約を締結しても,合意どおりに実行されるとは限りません。

 残念ながら,履行する意思や能力がないのに一時しのぎに和解に応じたり,履行する意思はあるものの経済状態の悪化により履行できなくなるというようなことも少なくありません。

 これに対処するためには,いったんは不履行の状態に陥った法律関係を解決するための手段ですから,任意に履行されない場合に備えて,これを強制的に実現できるような方策を予め講じておくべきでしょう。

 一般に私法上の権利を国家機関により強制的に実現する手続を「民事執行」といい,民事執行法が債務者の財産を強制的に換価して弁済に充てるための方法を規定していますので,要はこの民事執行手続を利用できる方策を講ずる必要があるのです。

 このような場合によく利用されるのは,次の三つの方法です。これらは,民事訴訟を提起して判決を取得するまでもなく,それ自体により民事執行手続を利用できますので,前述の和解契約を締結する際に,併せて手段を講じておけばよいのです。

 最も簡便な方法は,債務者所有の不動産に抵当権の設定を受けることです。

 債務不履行の状態が生じたときに,不動産登記事項証明書を添付して執行申立てをすれば,担保不動産競売等の開始決定がされることになります。

 債務者が担保価値のある不動産を有していれば,その不動産を執行手続により強制的に売却した代金をもって弁済を受けることができ,費用も代金の中から優先的に回収できますから,有効な手段となりますが,往々にして債務者は優先する抵当権を設定していることが多いので,担保余力がなければ,実効性はありません。

 次に,和解自体を裁判所の手続を利用して行う方法があります。

 これは,民事訴訟法275条に規定されていますが,訴え提起前に簡易裁判所に和解の申立てをし,和解期日に出頭した相手方との間で互譲により争いを止めることを内容とする合意をすると,その合意内容が和解調書に記載され,この和解調書の記載は確定判決と同一の効力を有することから(民事訴訟法267条),債務者が履行を怠ったときには,これに基づき強制執行の申立てをすることができます(民事執行法22条7号)。

 その手続上の特質から「即決和解」と呼ばれ,身近な簡易裁判所に相手方と出頭することにより和解調書を作成してもらえるため,比較的よく利用されています。

 ただし,債務者が目ぼしい財産を所有していなければ,強制的に換価することができませんので,実効性は債務者の財産次第ということになります。

 さらに,公証人が金銭の一定の額の支払等を目的とする請求に関して作成した公正証書のうち債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述(執行認諾文言といいます。)が記載されているものは,「執行証書」と呼ばれ(民事執行法22条5号),これに基づき強制執行をすることができます。

 相手方と合意して公証人に作成嘱託をすれば,公証役場で作成してもらうことができ,相手方との合意内容を細かく条項に反映させることによって事案に応じた解決方法を選択することが可能となります。

 比較的簡便な方法として,これもよく利用されています。

 もっとも,強制執行手続を利用することになるので,実効性が債務者の財産次第という点は,前述の即決和解と同じです。

 以上と異なり,債務者が債務の存在やその内容を争って譲らない場合には,民事訴訟を提起して,権利の存否及び内容を確定してもらうほかありません。

 裁判所は,相手方に訴状を送達して指定した口頭弁論期日に出頭するように呼び出して,審理をした結果,判決をすることになります。

 この判決が確定すれば,それに基づき強制執行をすることができますし(民事執行法22条1号),確定していなくても判決に仮執行宣言が付されていれば,同じく強制執行をすることができます(民事執行法22条2号)。

 実務上は,金銭給付を命ずる第1審判決には,ほぼ全て仮執行宣言が付されていますので,判決の確定を待つまでもなく,不動産競売や債権差押え等の強制執行を申し立てることができますし,判決を絵に描いた餅にしないためには最後の強制手段として利用することになります。

 ところで,訴えが提起された場合には,話合いによる解決をする余地はなく,判決という裁判所の公権的判断により紛争が解決されるという印象が強いのですが,実際には,訴訟のいろんな段階で和解手続が行われるのが実情です。

 訴え提起後の和解を「訴訟上の和解」と呼びますが,民事訴訟法89条は,訴訟がいかなる程度にあるかを問わず和解を試みることができると規定していますので,裁判所は,争点整理が終了した段階,証拠調べが終了した段階,審理を終えて判決をする前の段階等,いろんな場面で和解による解決を打診することが多いのです。

 民事訴訟の対象は,当事者が処分できる私的な権利関係ですから,互譲の上で合意して解決できれば,それに越したことはありません。

 そして,いったん合意が成立すれば,その実行を目指して努力するのが通常ですから,強制執行に至らずとも,合意内容に即した履行がなされることを期待することができます。

 実際にも,訴訟上の和解が成立した事案の方が,判決まで至った事案よりも,強制執行の申立てが少ないというのが実務的な感覚です。

 判決であれば,原告と被告のいずれの主張が採用されるのか,言わばオール・オア・ナッシングということになり,確定しても主張が採用されなかった当事者の不満が大きく,民事執行手続を利用して強制的に実現しなければならないことがしばしばですが,和解の場合には,履行可能性を考慮しながら柔軟な内容で条項を決定していくことが多いので,デフォルトになることが少ないということができます。

 したがって,訴訟を提起した場合にも,和解による解決を志向する必要性は高いし,その効用は大きいということができます。

 弁護士は,民事上の紛争の解決を依頼された場合,以上のような様々な場面で,いろんな方法により解決を模索しますので,相手方の対応を見ながら,どのような方法を希望するのかを明確にし,弁護士と相談していくことが必要でしょう。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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