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使用者責任のいわゆる逆求償について

小川 隆史

1 民法第715条1項本文は、「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。

 当該規定に基づく責任は使用者責任と呼ばれ、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものとされています(最高裁判所第三小法廷昭和32年4月30日判決)。

 そして、民法第715条3項では、「前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。」とあり、第三者に対して損害賠償義務を履行した使用者から被用者に求償し得ることを定めています。

 先日、このような使用者から被用者への求償ではなく、第三者に対して損害賠償義務を履行した被用者から使用者へ求償(いわゆる逆求償)を求めた事案につき、最高裁の判決が下されました(最高裁判所第二小法廷令和2年2月28日判決)。

 逆求償は、形式的には民法の条文が予定していない態様ですし、法律の考え方として興味深いものを含んでいますので、今回はこれについて考えてみたいと思います。

2 上記最高裁判決が下された事案を簡略化しますと、A社に勤務していたトラック運転手Bが、勤務中に交通死亡事故を起こし、自ら被害者遺族の一人に対して損害賠償をしたことにより、A社に対して求償権を取得したとして支払いを求めたものです。

 一方、A社は、別の遺族に対して損害賠償をしており、これについてBに求償を求める反訴を提起しています。なお、A社は、事業に使用する車両全てについて任意保険に加入していませんでした。

 かかる事案について、上記最高裁判決の原審である大阪高等裁判所平成30年4月27日判決は、「民法715条1項は、被害者保護のための規定であって、本来、不法行為者である被用者が被害者に対して全額損害賠償債務を負うべき」ということを前提に、「使用者が被用者とともに民法709条の責任を負い、被用者と共同不法行為にある場合には、共同不法行為者間の求償として、これが認められることは別論」として逆求償一般については否定した上で、本件でのBからA社への請求につき、共同不法行為の成立を否定して棄却しました。

 一方、A社からBへの請求についても、「信義則上求償権の行使を制限されると解すべきである。」として棄却しました。

3 まず、後者の、A社からBへの求償を否定した扱いですが、一見条文には反しますが、使用者から被用者に対しての求償が制限され得ることは、過去の最高裁の判決がすでに認めるところです。

 具体的には、「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。」(最高裁判所第一小法廷昭和51年7月8日判決)とされており、大阪高裁の判断は最高裁判例の枠組みに従ったものといえます。

4 これに対し、前者の、BからA社への求償(逆求償)を否定した扱いが本件で上告の対象となりましたが、最高裁は、大阪高裁の判断を是認しませんでした。

 最高裁は、使用者責任の制度趣旨を損害の公平な分担と確認した上で、使用者から被用者への求償が信義則上相当と認められる限度に制限されるとする上記最高裁判所第一小法廷昭和51年7月8日判決の判示事項を引用して、「上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。」とし、「被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、上記諸般の事情(注:最高裁判所第一小法廷昭和51年7月8日判決の示したもの)に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるものと解すべきである。」として逆求償を肯定しました。

 使用者責任の制度趣旨について損害の公平な分担を重視すると、使用者と被用者のどちらが先に被害者に損害賠償するかによって結論(損害の公平な分担)が変わることは妥当でなく、最高裁の判示は納得できるものです。

 具体的な結論については、「上告人(注:B)が被上告人(注:A社)に対して求償することができる額について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。」とされましたので、改めて審理されることとなりますが、最高裁が逆求償のあり得ることを認めたことは、当然ながら重要な意義を有するものと思われます。

5 上記最高裁判決には補足意見があり、「日常的に使用者の事業用自動車を運転して業務を行う被用者としては、その業務の性質上、自己に過失がある場合も含め交通事故等を完全に回避することが事実上困難である一方で、自ら任意保険を締結することができないまま、重い損害賠償義務を負担しなければならないとすると、それは、被用者にとって著しく不利益で不合理なものというほかない。」と言及した部分もありますが、このような被用者の実際の労働環境に即した指摘は強い説得力を有するものと思っています。

 逆求償が訴訟上争われる事案においては、求償権の制限に関して示された諸要素をきめ細かく主張立証し、損害を分担する範囲を明らかにしていく必要があることとなりますが、補足意見が言及するような事案ごとの特性は、まさしく「諸般の事情」として極めて重要であり、裁判所に十分考慮してもらえるような訴訟遂行が必要であると思われます。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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