サイバー法の授業
2008年9月より慶應義塾大学法科大学院で「サイバー法」の授業を担当して10年が経過した。毎年,僅か半年間に過ぎない授業ではあるものの,実務家として弁護士の職にありながら,法科大学院で法曹を目指す若者に対して授業を行うことができたことは,私の人生にとって貴重な経験となった。
サイバー法の授業内容は,ひと言で言うと「サイバー空間で発生する法律問題」への取り組みである。私が弁護士になった昭和60年は,初めて著作権法にコンピュータプログラムが著作物として取り込まれた記念すべき年であった。私は当初から知財弁護士を目指していたが,当時はパソコン通信もまだ一般的には普及していない時代で,商用インターネットも存在しなかった。
今は仮想通貨など,従来の法概念を超える新技術がどんどん生まれており,従来の法概念では捉えきれない新たな問題が続出しているが,私がかかわったサイバー空間の法律問題も,当時は同様であった。
インターネット上の言論の自由を誇示するインターネット原理主義者も存在した。しかし,幸か不幸か私がニフティサーブ現代思想フォーラム事件を担当したことが契機となり,サイバー空間での名誉棄損に対しても「条理上の削除義務」が判例として肯定され,これを受けてプロバイダー責任制限法も誕生した。
私が,かかるサイバー空間の法律問題に取り組むことで学んだことは,法律家は,常に既存の法概念,法律秩序に疑問を持ち,新たな社会常識に基づくルールを考えなければならない,ということである。
社会が進化すれば,法も進化しなければならない。これを支えることが実務家の仕事である。
私が,サイバー法の授業で学生に教えてきたことは,学生間で相互に議論するブレインストーミングを通じた授業によって,既存の法概念に疑問を持ち,新たな法概念や法律秩序を生み出すことのできる思考力を養うことである。私が学生時代にゼミで新田敏法学部教授から学んだこと,すなわち慶應義塾大学の法学教育は,まさに,学生に思考する力を与える教育であった。
現在,司法が社会に果たす役割はきわめて大きい。いつの時代も変わらないのかも知れないが,法学教育を通じて,司法の役割を担える思考力を持った人材を排出してゆかなければ,法治国家は存続し得ないのである。
現在の法科大学院は,法治国家の礎であり,現代社会におけるその役割は大いに評価されなければならないと考えている。
以上
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