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アゼルバイジャン e/m-residency 申請体験レポート(序)

板倉 陽一郎

1 アゼルバイジャンとは

 本稿は,2020年7月13日に当職が行ったアゼルバイジャンe/m-residency申請体験のレポートである。2020年7月21日に,m-residency申請が認められた旨の連絡を得たが,実際のm-residencyキット等がまだ手元に届いておらず,サービスを体験することはできないので,レポート(序)とした。

 まず,アゼルバイジャンの概要を説明しよう。外務省によると[1],正式名称アゼルバイジャン共和国,面積は8万6,600平方キロメートル(日本の約4分の1),人口1,000万人(2019年:国連人口基金)。主としてイスラム教シーア派を信仰し,公用語はアゼルバイジャン語,貨幣はマナト(約63円,本稿執筆時)である。旧ソビエト連邦を構成していた国家であるが,1991年,ソ連崩壊とともに独立。一人当たりGDPは4,689ドル(2019年:IMF推計値)である。2012年から2016年の間,ODA実績では,日本が最大の援助国である。アゼルバイジャンの主要産業は石油・ガス関連であるが,上流から下流まで,日系企業が参画しており,存在感は強い[2]。1995年に首都バクー市内の私立アジア大学に日本語学科が設立されて後,2000年にバクー国立大学東洋学部に日本語学科が設置され,日本の良いイメージを背景に日本語教育もなされている[3]

 経済発展は著しい。一人当たり国民総所得(GNP)でいうと,2000年に610ドルであったものが,2014年に7700ドルとなっており,僅か14年で所得が10倍以上となっている。もっとも,2018年世銀DoingBusinessランキングでは57位,2017年トランスペアレンシー・インターナショナルの腐敗認識指数で122位であり[4],ビジネス環境には課題がある。ICT関係では,固定インターネットの普及率は2016年段階で78%,モバイルブロードバンドは2016年段階で3Gが96%,4Gが41%である[5]

2 アゼルバイジャン e/m-residencyとは

 アゼルバイジャンが電子行政分野で範としているのがエストニアである。エストニアは,2001年にデータ交換基盤であるX-Roadを導入し,2003年以降全国民に電子IDを配布している。PC等のカードリーダーでIDカードを読み取れば,政府の個人ポータルサイトにログインして,住所変更の手続を行ったり,保険についての情報を閲覧したりすることができる他,電子署名にも利用可能である。2005年以降はインターネット投票にも使われるようになった。さらにこの電子IDとIDカードを,外国人に利用可能としたのが,e-residency(電子居住権)であり,2014年以降,提供されている。日本からもエストニアのe-residencyになることは可能であり,筆者も2015年5月にはエストニアのe-residencyになっている[6]。エストニアのe-residency申請については体験レポート等がオンラインにもあるため,それらを参照されたい[7]。なお,2020年7月現在では,日本からの申請者の急増に対応して,浜松町に「エストニアE-Residency Collectionセンター」が設置され,日本語のウェブサイトまである[8]

 このように,政府を電子化するということは,万が一安全保障上の問題があったとしても,全世界に散らばった国民が電子的に国民であり続けられるということであり,これを外国人に利用可能とするのは,投資を呼び込んだり,国のファンを増やしたりするという側面もある。

 アゼルバイジャンは,2010年頃から,アゼルバイジャン版のX-Roadの開発を始め,2017年には,デジタルトレードハブ(DTH)を立ち上げ、デジタルエコシステムの開発を支援し、外国の投資家や中小企業の所有者を呼び込むようになった。2018年には,エストニア同様のe-Residency及びm-Residency(モバイル居住権)プログラムを導入した。世界で二番目のe-Residency導入国であり,世界で初のm-residency導入国となったわけである[9]。これによって,アゼルバイジャンへの投資等を呼び込もうとしていることになる。2019年11月の段階で,100名を超える申請者がいるという[10]

3 申請手続の実際

 筆者はデータ保護法やサイバー法を主たる取扱分野としており,電子行政関係についても取り扱っている。また,前述のとおり,かなり初期のエストニアのe-residencyであるが,最近はエストニアのe-residencyがメジャーになりすぎたこともあり,日本語での申請体験が見られないアゼルバイジャンのe/m residencyにもなってみることにした。申請日は2020年7月13日である。紹介しているウェブサイトによると,申請料は85 マナト(50ドル)であるというから,飲み会一回分程度である。それに,アゼルバイジャン案件が一件あれば,十分に元が取れるではないか。

 申請は,アゼルバイジャンデジタルトレードハブ(DTH)から行う。右上のApplyから,氏名,住所,電話番号等を入力していく。この段階では,e-residencyとm-residencyが選べそうに見えるのだが,Applyにマウスオーバーしても,m-residency新規申請と継続申請の記載しかない。

(ウェブサイトのトップ画面)

 

(ウェブサイトのトップ画面下部。m-residencyとe-residencyの申請手順が記載されている)

 

(ウェブサイトのトップ画面)

 

 プライバシーポリシーも表示される。”e-/m-Residency project team at Center for Analysis Economic Reforms and Communications”(経済改革・コミュニケーション分析センター,CAERC)が個人データを処理するという。アゼルバイジャン政府の委託先なのではないかと思うが,本来であればアゼルバイジャン政府(ないし所管省庁)自身が管理者としてプライバシーポリシーの名義人となるべきであろう。CAERCはアゼルバイジャン共和国大統領令879号により設立された公法人で,政府機関等と緊密に連携し,経済開発戦略等について提案等を行っている[11]。日本でいえば独立行政法人等に相当すると思われる。

(プライバシーポリシーの表示)

 

 申請には,フォームで,氏名,住所,e-mailアドレス,国籍等の他,顔画像と,パスポート画像を送ることになる。顔画像とパスポート画像は100Kb以下という制限があり,高解像度でスキャンしてしまうとすぐ超えてしまうので,結構難儀する。パスポートはpdfでも良いとのことであったが,筆者の場合は申請後に「パスポート画像が壊れてて見えないので別送してくれ」という連絡があり,メールで同じファイルを送った。不具合の理由は不明である。

 入力欄には,e-residencyとm-residencyを選択する欄がない。何度か確認したのだが,ないのである。結論からいうと,自動的にm-residencyの申請と扱われていた。Apply欄にそれしかないのだからそうなのかもしれないが,ではe-residencyはどうやって申請するのだろうか。

(料金の表示)

 

 料金は,事前に註9の記事で確認していた通り,50ドルと表示されているが,クレジットカードの決済では85マナトであるとされた。いい加減なものである。

(メールで届いた領収書)

 

 フォームでの入力とクレジットカードでの支払いを終えれば申請完了なのだが,なんと,850マナトの領収書がメールで届いた。これは困る。850マナトといえば5万円を超える。飲み会一回どころではない。本当に850マナト引き落とされたら,クレジットカード会社への説明が面倒すぎる。どうしたらいいのか。と思っていたら,クレジットカードの引き落とし予定額は5,514円(現地通貨額:85.00 円換算レート:07/15 64.8706)となっていたので一安心である。それにしても,申請者全員に10倍の領収書を送っているのだろうか。間違えてはいけないところだと思うのだが。おおらかなものである。

 さて,申請して約一週間後,2020年7月21日に,CAERCから,以下の内容を含むメールが届いた。次回は,スターターキット受領後,m-residencyキットの内容と,m-residencyになった場合可能な手続等について説明したい。

 「アゼルバイジャン共和国経済改革・コミュニケーション分析センターは、板倉陽一郎氏にm-Residencyを付与しました。あなたの書類はまだ受け取りの準備ができていません。2~5 週間以内に発行地(受取場所)に到着した時点でお知らせします。mobile-IDのSIMカードと関連書類が入ったm-Residencyスターターキットは、申請書に印をつけた受取場所に外交官の郵便で送られ、受取準備ができ次第、再度Eメールでお知らせします。」

以上

 


[1] https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/azerbaijan/data.html

[2] 杉浦敏廣「65 日本企業の活躍」廣瀬陽子編著『アゼルバイジャンを知るための67省』(明石書院,2018年)387-392頁。

[3] 須藤展啓「64 アゼルバイジャンにおける日本語教育」廣瀬陽子編著『アゼルバイジャンを知るための67省』(明石書院,2018年)382-386頁。

[4] 今西貴夫「34 アゼルバイジャン経済概観」廣瀬陽子編著『アゼルバイジャンを知るための67省』(明石書院,2018年)204-208頁。

[5] Asian Development Bank , Country Diagnostics  Azerbaijan: Country Digital Development Overview, January 2019, https://www.adb.org/sites/default/files/institutional-document/484586/aze-digital-development-overview.pdf

[6] エストニア大使館での署名を見る限り,e-residency目的での来訪者としては二番目だったので,正規の申請ルートではなく取得されたと思われる日本政府首脳等を除けば,日本人でもかなり早い段階での取得であったと思われる。

[7] 村上陽亮「エストニアのe-Residency~ 概要と取得体験」KDDI総合研究所R&A 2018年5月号,https://www.kddi-research.jp/topics/2018/060701.html等。

[8] https://www.vfsglobal.com/estonia/Japan/Japanese/index.html

[9] https://fintechnews.ch/govtech/azerbaijans-e-and-m-residency/31969/#:~:text=Azerbaijan’s%20e%2D%2Fm%2DResidency,of%20the%20DTH%20of%20Azerbaijan.

[10] http://ereforms.org/news/digital_trade_hub_of_azerbaijan-723

[11] https://ereforms.org/pages/nizamname-4

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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