「注目の争点」その後
1 平成27年(2015年)3月に私が担当した当サイトの弁護士コラムでは,「注目の争点」というタイトルで「金融機関による貸付に際し信用保証協会の保証がなされた後に,主債務者である借主が反社会的勢力に該当することが判明したときの保証契約の有効性」という争点について書かせて頂きました。
当該争点においては,信用保証協会が,主債務者が反社会的勢力に該当することを知らずに金融機関と保証契約を締結した場合,信用保証協会の保証するとの意思表示には要素の錯誤があり,保証契約は無効となるのではないかが問題とされていました(民法第95条本文『意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。』)。錯誤肯定説,否定説のそれぞれの論拠等の詳細についてはバックナンバーで当時のコラムをご覧頂ければと思いますが,この点に関する下級審の判断が見事なまでに分かれていました。
そのため,注目の争点と銘打ったわけですが,その後も下級審の判断が分かれる中,ついに最高裁判所の判決が下されるに至りましたので,ご紹介させて頂きます。
2 最高裁第三小法廷は,平成28年1月12日に,当該争点が争われた4つの異なる事件についてそれぞれ判決を下し,当該争点に関する結論としては,いずれも,信用保証協会の保証契約の意思表示には要素の錯誤がないとして,信用保証協会による錯誤無効の主張を否定しました。
3 そこでは,4件の判決に共通する判決理由として,「保証契約は,主債務者がその債務を履行しない場合に保証人が保証債務を履行することを内容とするものであり,主債務者が誰であるかは同契約の内容である保証債務の一要素となるものであるが,主債務者が反社会的勢力でないことはその主債務者に関する事情の一つであって,これが当然に同契約の内容となっているということはできない。」とされ,また,「上告人(注:金融機関。以下同じ)は融資を,被上告人(注:信用保証協会。以下同じ)は信用保証を行うことをそれぞれ業とする法人であるから,主債務者が反社会的勢力であることが事後的に判明する場合が生じ得ることを想定でき,その場合に被上告人が保証債務を履行しないこととするのであれば,その旨をあらかじめ定めるなどの対応を採ることも可能であった。それにもかかわらず,本件基本契約及び本件各保証契約等にその場合の取扱いについての定めが置かれていないことからすると,主債務者が反社会的勢力でないということについては,この点に誤認があったことが事後的に判明した場合に本件各保証契約の効力を否定することまでを上告人及び被上告人の双方が前提としていたとはいえない。」等と判示され,結論として,主債務者が反社会的勢力でないことという信用保証協会の動機は,「それが明示又は黙示に表示されていたとしても,当事者の意思解釈上,これが本件各保証契約の内容となっていたとは認められず,被上告人の本件各保証契約の意思表示に要素の錯誤はないというべきである。」とされました。
4 注目されるのは,金融機関は融資を,信用保証協会は信用保証を行うことをそれぞれ業とする法人であるから,主債務者が反社会的勢力であることが事後的に判明する場合が生じ得ることを想定でき,その場合に信用保証協会が保証債務を履行しないこととするのであれば,その旨をあらかじめ定めるなどの対応を採ることも可能であったが,その場合の取扱いについての定めが置かれていないことからすると,主債務者が反社会的勢力でないということについては,この点に誤認があったことが事後的に判明した場合に保証契約の効力を否定することまでを金融機関と信用保証協会の双方が前提としていたとはいえない,とする部分です。
特に組織が当事者となる紛争では,管理体制の構築等,あらかじめ対応が行える状況にあったにもかかわらずこれを行っていなかった場合に裁判所が厳しい目を向けることは,個人的にこれまでの訴訟代理人の経験の中で幾度となく感じてきたことでした。
その点からも,主債務者が反社会的勢力であった場合に保証債務を履行しないこととするのであれば,信用保証協会は,事前に疑義が生じないように手を打てたはずだという最高裁判決の指摘は,信用保証協会が専門機関であることに鑑みれば反対説の立場からも説得性を否定し難いように思われます。
5 以上のように,最高裁判決において当該争点につき錯誤無効の主張は否定されたわけですが,4件のうち3件については,錯誤無効以外の信用保証協会の保証債務の免責の抗弁等について更に審理を尽くさせる必要があるとして破棄差戻しとされています(4件の中で扱いが異なるのは当事者の主張との関係によります。)。
そして,そのうちの1件では,金融機関と信用保証協会の基本契約において信用保証協会の免責を定めた条項にいう「(金融機関が)保証契約に違反したとき」との関係で,主債務者が反社会的勢力であるか否かについては,「一般的に行われている調査方法等に鑑みて相当と認められる調査をすべき」金融機関と信用保証協会の調査義務を認め,金融機関がこれに違反してその結果保証契約が締結されたといえる場合には,金融機関が「保証契約に違反したとき」に該当するとして,信用保証協会は当該免責条項により保証債務の履行の責めを免れるというべきであるとの言及がなされています。
これは,錯誤論とは別の次元で衡平な解決を図ろうとする考えであるといえ,バランスをとったものと評価してよいように思われます。
ただし,「一般的に行われている調査方法等に鑑みて相当と認められる調査」とは何を指すのか,その具体的な内容は明らかにされていませんので,今後は,金融機関がどこまでの調査を行えば,最高裁判決がいう義務を果たしたといえるのかが争点になっていくものと考えられます。
以上
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