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建築に関する法的責任の最高裁判例の射程

小川 隆史

1 以前にこの弁護士コラムで「建築に関する法的責任を考える」として、最高裁判所平成19年7月6日第二小法廷判決について触れたことがありましたが、近時、同判決の射程範囲に関して言及した高裁判決が下されましたので、今回はこれについて考えてみたいと思います。

 なお、上記最高裁判決では、

「建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて『設計・施工者等』という。)は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。」

 と判示されています。

2 事案をごく簡略化しますと以下のとおりです。

 甲社は、乙社との間で、甲社がコンテナを組み合わせて住居用に内装や設備を施した建物(本件建物)を建築し、これを乙社に売るとの売買契約を締結し、また、丙社は、乙社との間で、丙社が乙社から本件建物を7年間借りるとの定期賃貸借契約(丙社は本件建物の各居室を転貸する事業を行うこととされていました。)及び同契約の終了後は本件建物を買うとの売買契約を締結しました。

 甲社は、外国で製造されたコンテナを輸入し、これを組み合わせるなどして、本件建物を建築し、これを乙社に引き渡し、乙社はこれを丙社に引き渡しました。

 本件建物には、仮設建築物としての建築許可、建築基準法所定の認定を得た鋼材の使用を前提とした建築確認及び完了検査がされていましたが、その後、実際には、指定規格部材ではない鋼材が使用されていたことが分かり、丙社は新たな転借人の募集を停止しました。

 このような事実関係の事案で、丙社は、甲社に対し、①建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵のある本件建物を建築した等の不法行為に基づく損害賠償、②甲社、乙社及び丙社の法律関係がこれら三者を当事者とする共同事業に関する契約であることを前提とする債務不履行に基づく損害賠償、③丙社が支障なく賃貸事業を営むことができる建物を建築して乙社に提供すべき信義則上の義務を怠ったとの不法行為に基づく損害賠償を求めて提訴しました。

3 東京地方裁判所令和4年10月12日判決は、本件建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるとは認められないとして、丙社の請求①を棄却し、甲社、乙社及び丙社の三者を当事者とする契約が法的に成立したとは認められないとして、請求②も棄却しましたが、請求③については、一部認容しました。

 その理由は、甲社は、甲社が建築許可の要件を満たすコンテナハウスを建築して乙社に売り渡し、乙社が建築許可を得た上で同コンテナハウスを丙社に賃貸し、丙社が7年間は同コンテナハウスの各居室をさらに賃貸して賃貸事業を営み、賃貸借契約終了後は同コンテナハウスを買い受けて利用するという一連の「ビジネススキーム」の立案や構築について主導的な役割を果たしたと認定し、丙社に対し、丙社が賃貸事業を営むことができるように、法的に見て賃貸事業を営むのに適したコンテナハウスを建築し、これを乙社に提供すべき信義則上の注意義務を負っていたとした上で、甲社がかかる義務に違反したというもので、結論として、甲社に対し、賃貸借契約期間中の丙社の賃料収入の減収分相当額の支払いを命じました。

4 かかる判決に対して双方が控訴しましたが、東京高等裁判所令和5年3月15日判決は、双方の控訴をいずれも棄却しました。

 今回の本稿のテーマとの関係で注目されるのは、甲社の控訴理由のうち、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がないにもかかわらず、第一審被告(注:甲社)の不法行為責任を認めるのは、判例(最高裁平成19年7月6日第二小法廷判決)に違反する」という部分です。

 これに対し、東京高裁は、

「前記最高裁判決は、建物はその居住者その他の利用者、隣人、通行人等(以下、併せて「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならないことから、建物の設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて「設計・施工者等」という。)は、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないよう配慮すべき注意義務を負う、とした上で、設計・施工者等がこの義務を怠ったために当該建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は特段の事情のない限り不法行為責任を負う、としたものである。」

 と述べました。

 続けて、これに対し甲社は、本件建物の設計・建築をするにとどまらず、所有者となる乙社らを介して丙社に本件建物を提供し、丙社がその各居室を震災復興事業の従事者等に賃貸する事業を営むという、一連のビジネススキームの立案や構築について主導的な役割を果たすとともに、その維持にもかかわっていたのであり、また、丙社が侵害された利益も、上記賃貸事業を営むのに適した建物の提供を受けるという、具体的な事業上の利益である、とした上で、

「このように、注意義務の根拠となる行為者の属性や先行行為、被侵害利益の異なる本件において、信義則上の注意義務違反を理由とする不法行為責任を肯定することが、前記最高裁判決に違反するとはいえない」

 と判示しています。

5 以上のように、控訴審(東京高裁)判決は、原審(東京地裁)判決を最高裁判決に違反するものではないとして是認していますが、法的な契約関係にない丙社と甲社の間で、本件で問題となった信義則上の義務は、一連のビジネススキームを根拠に認定されていることからすれば、上記最高裁判決の射程範囲は及ばないという結論は納得できるものです。

 建物の建築に携わる設計者、施工者等は、契約関係にない者に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うとする最高裁判決は、契約関係にない者に対して例外的な責任を認める範囲を限定したものであるという旨を主張した甲社の主張は、上記のように「注意義務の根拠となる行為者の属性や先行行為、被侵害利益」が異なるという理由で東京高裁に排斥されたこととなりますが、このことは、最高裁判決の射程範囲、信義則上の義務の発生根拠、義務の範囲を考える上で参考になると感じています。

 特に、信義則上の義務については、具体的ケースにおける機能を知る上で大変興味深い事案であると思います。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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