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建築に関する法的責任を考える

小川 隆史

1 近時,杭打ちデータ偽装疑いの件が大きな問題になっていますが,ご存知のとおり,建築に関しては,特に大規模物件になればなるほど多数の業者が関与します。そして,いざそのどこかのレベルで問題が生じると,誰が誰に対してどのような責任を負うのか,複雑な法律関係を生じさせることもありますし,一般的に建築には多額の費用を必要とするために,深刻な紛争となる傾向が見られます。

 今回は,そのような特性を有する建築分野での法的紛争について,あえて,契約関係にない当事者間での法的責任について考えてみたいと思います。

2 まず,この問題に関して興味深い判断をしている下級審判例の事例として,京都地方裁判所平成12年10月16日判決があります。

 当該事案は,複数の原告被告間で争われたものですが,今回のテーマに沿って事案をごく簡略化しますと,造成業者A社が造成した土地上に,建築業者B社が,住宅の建売を行う不動産業者C社から住宅の建築を請け負って住宅を完成させ,DがC社から当該住宅を購入したものの,A社の造成にミスがあったために建物が不同沈下して傾いてしまったケースです。そして,争点の一つとして,Dが,自身と契約関係にない建築業者B社に対しても損害賠償請求しうるかが問題となりました。

3 この点について,建築業者B社は,建物の不同沈下は造成業者A社の責任であって自社の責任ではないことを主張しましたが,上記の京都地裁判決は,建築業者B社の不法行為に基づく責任について次のように判示した上でこれを認めました。

 「建築業者である以上,建築物の定着する地盤が平らで均一な支持力を有するものばかりではないことは当然認識すべき事柄であって,特に,傾斜地を切り開いて造成された盛土地盤に建築物を建てようとするときには,性質上支持力の弱さが容易に予見できるというべきである。したがって,建築業者としては,建物を建築するに当たり,その基礎を設ける地盤の支持力が十分か否かを調査し,支持力の異なる地盤に基礎を設けざるを得ないときは,一体的な基礎を設けた上で,その基礎が所々で支持力の違う基礎とならないように支持力の弱い地盤上の基礎部分には堅固な地盤まで支持杭を延ばして表面部分の基礎を支えるなどの工夫をするなどして,不同沈下を起こすことのないよう配慮すべき義務があるというべきである。なぜなら,これは生命・身体・財産の保護と公共の安全が図られる建物の建築を請負うべき社会的責任のある建築業者としては,当然尽くすべき基本的な注意義務と解されるし,建物の注文者も,建物を取り巻く社会環境もこれを期待していることはいうまでもないからである。」

 すなわち,建築業者B社には,本件において建物が不同沈下を起こすことのないよう配慮すべき義務があることを認めたのです。造成工事が前提となっている事案であるとはいえ,「なぜなら,これは生命・身体・財産の保護と公共の安全が図られる建物の建築を請負うべき社会的責任のある建築業者としては,当然尽くすべき基本的な注意義務と解されるし,建物の注文者も,建物を取り巻く社会環境もこれを期待していることはいうまでもないからである」ということを理由として掲げ,建物の注文者,建物を取り巻く社会環境の期待を挙げていることからすれば,造成工事の場合のみで妥当する事例判断であるとはいえないように思われます。

 なお,本件では,もともとは建築業者B社の工事請負契約の内容ではなかった地盤の補強工事相当額の補修費用についても,「建築業者としての安全性確保義務に反した工法で本件各建物を完成させたために前記のような補修方法を採らざるを得ない」ことを理由として,損害として認められています。

4 次に,建築された建物に瑕疵があり,建築発注者でない当該建物の利用者,当該建物の隣人,通行人等の生命,身体又は財産が侵害された場合にはどうでしょうか。瑕疵の存在に関係している設計者,施工者,工事監理者は,契約関係にありません。

5 この点については,例えば,瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びる場合,瑕疵の程度,内容が重大で目的物の存在自体が社会的に危険な状態である場合に限って不法行為責任が成立するという見解もあります。

 しかし,最高裁判所平成19年7月6日第二小法廷判決は,「建物は,そこに居住する者,そこで働く者,そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに,当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから,建物は,これらの建物利用者や隣人,通行人等(以下,併せて『居住者等』という。)の生命,身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず,このような安全性は,建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると,建物の建築に携わる設計者,施工者及び工事監理者(以下,併せて『設計・施工者等』という。)は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして,設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合には,設計・施工者等は,不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。」と判示し,設計・施工者等に,契約関係にない者に対する関係でも,建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務があるとしました。

 ちなみに,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵の具体的な例としては,最高裁判所平成23年7月21日第一小法廷判決が,「当該瑕疵を放置した場合に,鉄筋の腐食,劣化,コンクリートの耐力低下等を引き起こし,ひいては建物の全部又は一部の倒壊等に至る建物の構造耐力に関わる瑕疵はもとより,建物の構造耐力に関わらない瑕疵であっても,これを放置した場合に,例えば,外壁が剥落して通行人の上に落下したり,開口部,ベランダ,階段等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があるときや,漏水,有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるときには,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当するが,建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵はこれに該当しないものというべきである。」と示しています。

 これらの判決は,設計・施工者等が契約関係にない第三者に対して負う不法行為責任について,上述のように極めて限定的に認める見解とは明確に異なる立場といえますが,一方で,あらゆる瑕疵が対象となるものでないことを明らかにしたものでもあり,バランスのとれたものであると思います。

6 以上みてきましたが,今回取り上げました判例では,契約関係にない当事者間においても,建築業者ないし建築関係者に一定の安全配慮義務が存することを認定し,法的責任を認めています。

 このような安全配慮義務が認められる過程においては,建築物の社会的存在意義や重要性が前提となっていることはもちろんのこと,冒頭で述べましたような特性を有する建築分野での法的紛争で,いかに公正妥当な解決を図るかという命題のための解釈や基準の定立の努力が影響しているように思われます。

 そうだとしますと,建築分野での法的紛争で検討される公正妥当な解決は,他の分野にも通用性を有する法的なものの見方,考え方の表れであるということができますので,今後も,建築に関する法的責任のトピックについては,関心を持ち続けていきたいと考えています。

以上

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