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債権回収と保全事件の土地管轄(本案先行による管轄の拡張)

石田 英治

 債権回収業務では裁判所の法的手続を多用し、またスピードが重視されるため、業務の効率化が求められます。

 そのため、遠方の裁判所ではなく、できるだけ近くの裁判所を利用することが望まれます。

 しかし、どこの裁判所を利用できるかは、法律が厳格に定めており、申立人の側で勝手に選ぶことができません。

 特に仮差押え・仮処分等の保全事件では、民事訴訟法7条(併合請求における管轄)の準用が認められておらず、窮屈です。

 かつてサービサーの依頼で頻繁に保全事件を手掛けていた頃、保全事件の申立に先行して本案の民事訴訟を提起するという手法をよく用いていました。

 例えば、債務者が第三者に売却した不動産を詐害行為取消権の行使により取り戻すために対象不動産について処分禁止の仮処分を申し立てるケースでは、譲受人が遠方に居住し、かつ対象不動産も遠方に所在していると、直ちには近場の裁判所に申し立てることができません。

 そこで、仮処分の申立ての前に債務者に対する貸金請求と併合して不動産の譲受人も被告として詐害行為取消の本訴を提起するということをしていました。

 債務者に対する貸金請求は、通常、合意管轄により債権者に便利な裁判所に提訴することができます。

 詐害行為取消の本訴もこれに併合させれば、合意管轄の裁判所が「本案の管轄裁判所」(民事保全法12条1項)となり、保全事件の管轄を作ることができます。

 ここでのポイントは、本案の裁判所に仮処分の手続が終わるまで訴状の送達を保留にして欲しいと上申書を提出することです。

 仮処分の手続が終わる前に訴状が送達されてしまえば、密行性が確保できません。

 かつては、この方法を普通に使っていました。

 しかし、数年程前に同じ方法で仮処分を申し立てた際には、この方法を認めてもらえませんでした。

 かつては、仮処分の申立ての際に本案訴訟の受理証明書を提出すれば良かったのですが、運用が変わり、受理証明書ではなく、本案訴訟の係属証明書の提出を求められるようになったのです。

 訴訟が係属したと言えるためには、被告に訴状を送達する必要があり、それでは密行性が確保できず、意味がありません。

 債権者審尋の際に裁判官の前で粘りましたが、「訴訟が係属していなければ、本案の管轄裁判所になったとはいえない」の一点張りで、こちらから「かつてはそうではなかった。東京地裁の保全部で出している『民事保全の実務』(一般社団法人金融財政事情研究会発行)にも書いてある」と反論したところ、「その部分は改訂された」と言われ、後に事務所で確認したところ、確かに変更されており面喰いました。

 平成17年発行の新版増補までは保全申立の際の添付資料として「受理証明書」と明記されていましたが(上巻79頁)、平成24年発行の第3版から「係属証明書」と変更されていました(上巻79頁)。

 裁判所の理屈も一理あることは認めますが、観念的・形式的であり、受理段階であっても十分合理的な説明はできるように思われます。

 そして何よりも不満に思うのは、ユーザーの使い勝手を改悪することに実質的な意味があるのかという点です。

 最終的に本案の訴訟を提起する際に債権者が合意管轄の裁判所を選べるのであれば、相手方の利益もそれ程大きくはないように思います。

 実際、これまでに不都合があったとも思えません。

 現在、自動車のリース会社から依頼を受ける仕事が多く、通常の債権回収の他、横領や窃盗による自動車の不法占有者を相手にすることも多々あり、そこでも本案先行の手法が使えず、苦労しています。

 いずれ民事訴訟がIT化されれば、不便さも解消されることになるのでしょうが、管轄の問題に限らず、法的手続全般について、もう少し使い勝手が良くなれば、より正義も実現され、弁護士の仕事も増え、司法の魅力も増すように思われ、現場の弁護士としては、立法・解釈・運用の改善を強く求めたいところです。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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