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不動産競売の今昔

齋藤 隆

 私法上の権利が判決等で確定されたにもかかわらず、それが任意に履行されなければ、強制的にでも実現しなければならないことなります。

 また、金銭支払義務が履行されない場合に備えて予め担保権の設定を受けていれば、民事訴訟等の手段を講じなくとも、担保権の実行により権利の満足を得ることできます。

 この二つは、強制力発現の根拠となるものが異なりますが、いずれも相手方の意思にかかわらず国家機関(司法作用)により強制的に私法上の権利の実現を図るという面から見れば共通性がありますので、民事執行制度として同じ手続により運営されています。

 私法上の権利の中で最もトラブルが発生することの多い金銭債権については、取立てのために強制労働に従事させるというようなことは、個人の尊厳を重視する現代法においては認められていませんので、債務者の財産を強制的に換価して弁済に充てるという方法が用いられることになります。

 具体的には、債権の引当てになる財産の種類によって、不動産執行、動産執行、債権執行等の手続が用いられますが、その中でも典型的なのは、それ自体で財産的価値が大きく、取引上も重要な価値を有する不動産(土地・建物)を売却して、その代金を債権者に配当する不動産競売です。

 債権者にとってメリットが大きいということは、その反面、債務者ないし所有者にとっては失うことによる打撃が大きく、それだけにインパクトの強い執行方法です。

 そのため古くから暗いイメージが付きまといがちでしたが、最近では稀少性のある財産である土地・建物を供給するシステムとしての側面でも注目されています。

 不動産競売がどのように利用されるかは社会経済の状況に大きく影響されます。

 例えば、平成年代初めのバブル景気によって我が国の経済が潤っていた頃には、不動産価格の高騰に即応できる任意売却が多用されたことに伴い、競売件数は減少しましたが、バブル崩壊により不動産価格が急落し、不動産投資に関連する不良債権が急増した平成3年以降は、大都市圏を中心に競売申立てが急増しました。

 その際、悪質な執行逃れの事案が多発したことから、執行妨害対策のための法改正が数次にわたり行われるとともに、裁判所の売却システムも効率化され、売却率の向上と手続期間の短縮化により安定的に運営されるようになり、現在に至っています。

 最近の特徴としては、競売事件数の中での抵当権実行事件の割合の低下が指摘されています。

 これは、米国におけるサブプライムローン問題やリーマンショックに端を発した世界経済同時不況の際に、我が国においても中小企業等に対する救済策としていわゆる金融円滑化法が制定され、金融機関による抵当権実行が控えられるようになったことから、一定の水準を維持している判決等に基づく強制執行としての不動産競売申立てに比して、担保不動産競売事件の割合が低下したことを意味しています。

 数値的には、従来9割位を占めていた担保不動産競売が、令和3年度では7割位になっています。

 それでは、競売手続が開始された不動産は、どの程度の期間でどの位の物件が売却されるのでしょうか。

 一般的には競売ではなかなか買い手が現れず、長期間売れないままになっているイメージでとらえられている傾向があるようです。

 現行の民事執行法が制定されたのは、旧来のイメージを払拭して、合理的な権利実現方法を作り上げることが目的でしたし、同法施行後、適正な売却制度が定着化しつつあったのですが、売却期間と売却率から見れば、十分な成果が上げられたとはいい難い状態でした。

 しかし、最近では特に都市部において驚くほど売却率が高く、例えば、東京地裁民事執行センターにおける令和3年度の統計によると、98%とほぼ完売に近い状況となっています。

 特に、自用マンションについては、権利関係に問題がないことから、ファストトラックとして迅速処理され、売行きも好調とのことです。

 また、競売申立後、物件が売却されて、その代金が配当されるまでの期間も着々と短縮されています。

 不動産競売は、期間入札によって実施されるのが通常ですが、買受申出をする際に適切な物件情報が得られるように、執行官が物件の現況を調査して現況調査報告書を作成し、不動産鑑定の専門家が物件の価額を評価して評価書を作成し、それぞれ裁判所に提出します。

 これを受けて裁判所では、売却の際に基準となる価額を定め、買受人が引き受けることになる負担、その他物件の権利関係等に影響を及ぼす重要な事項を記載した物件明細書を作成します。

 この現況調査報告書、評価書及び物件明細書は、買受希望者が意思決定をする際に重要な物件情報を提供するものであり、3点セットと呼ばれ、裁判所に備え置かれていますので、閲覧することができますが、インターネットによりその情報を配信するシステム(BITシステム)も整備されていますので、いながらにして情報を取得し、希望する類似物件との比較等もすることができます。

 一時期不動産競売を民間に移行することが提案されたことがありますが、この3点セットが信頼できる物件情報であり、買受希望者にとっても担保権者にとっても必須の資料であるとの意見が出て、提案が採用されることはありませんでした。

 売却価額がいくらになるかは、買受申出人のみならず、債権者及び債務者にとって極めて重要なことですから、入札を運営するに際しても、基準となる価額を提示してこれを参考にして適正に運営される必要があります。

 そのため、裁判所が売却基準価額を定めるに際しては前述の不動産鑑定の専門家が作成した評価書に基づきこれを決定することになります。

 そして、この売却基準価額を2割下回るまでの範囲内で入札をすることはできますが、それより低額では入札できません。

 上限は定めがありませんので、他の買受希望者の動向をも予測しながらの競争入札となりますが、最近では競売市場の人気が高まったことから、売却基準価額に対する実際の売却価額の割合(これを買増率といいます。)が高くなる傾向にあります。

 元々売却基準価額を決定する際、競売市場の特質(売主の協力を得られないこと、十分な内覧ができないこと、保証金を用意する必要があることなどのマイナス要因)を反映して、一般取引市場における価格水準より3割程度の減価がされていますが、最近の買増率の上昇を考慮して、東京地裁民事執行センターの場合は、2割の減価(島しょ部の物件を除く。)にしたとのことです。

 競売の買受申出は、専門の不動産業者が行うことが多いのですが、一般の不動産購入希望者が入札をすることが多くなっています。

 前述のBITシステムにより自宅のパソコンで物件情報を入手することが可能となりましたので、希望する物件の種類、所在地、価格帯等の条件を絞って対象物件を比較検討すると、意外な出物に遭遇することもあります。

 また、各裁判所では、新聞広告に競売情報を掲載していますので、目にしたことのある人も多いことと思います。

 競争入札ですので、必ずしも落札できるとは限りませんが、物件購入ルートの一つとして考慮してはみてはいかがでしょうか。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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