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債権回収と刑事告訴

石田 英治

 債権回収が民事の手続で奏功しない場合に刑事告訴を検討したことのある弁護士は少なくないと思います。

 借金等の債務を弁済しないことは犯罪ではありませんが、債務の発生から不履行に至る一連の過程で債務者の行為が犯罪事実に該当することはあります。

 例えば、債権者を騙して融資を受けた場合は詐欺罪(刑法246条)、預り金を着服した場合やリース物件・レンタル商品等を債権者に無断で処分してしまった場合は横領罪(刑法252条)、担保物を壊した場合は器物損壊等の罪(刑法260~262条)、強制執行を免れるために資産を隠匿した場合は強制執行妨害目的財産損壊等の罪(刑法96条の2。なお、この場合は刑事告訴ではなく、刑事告発となります。)等です。

 刑事告訴が債権回収の手段として有効かと言えば、債務者の資力や性格、犯罪立証の可否、捜査機関の対応等にもよりますので一概には言えませんが、刑事告訴が契機となり、刑事罰を免れたいと欲する債務者の側から示談を求められ、任意弁済を受けられるということはよくあることだと思います。

 しかし、他方で、刑事告訴に至る事案というのは、債務者も経済的に余裕がないことが多く、結局、有罪にはなったものの、債務の弁済は受けられなかったということも珍しいことではありません。

 私の個人的な業務に関して言うと、最近、債権回収に絡んだ告訴案件を多数受任しています。

 令和4年4月から9月の半年間で新規に警察に告訴の相談をした案件を数えると12件ありました。

 それ以前にも多くの案件を受任しております。

 多くは、リース会社、債権回収会社、銀行等の金融関連の企業からの依頼です。

 債権回収に役立った案件もあれば、回収に結び付かなかった案件もありますが、犯罪者集団等から脇が甘いと思われて狙われないようにするためにも、毅然とした対応は有用な予防策であり、広い意味で企業価値を損ねないための手段であると考えています。

 ところで、弁護士の間でよく話題になるのは、警察はなかなか告訴を受理してくれないということです。

 確かに、個人的な経験でも、十年程前までは告訴を受理してもらうのに大いに苦労しました。

 しかし、最近は比較的好意的な対応を受けることが多いように思います。

 一つには、警察全体の方針が被害者保護に重きを置くようになったということがあるものと思われますが、一方で、私自身が告訴に慣れてきたということもあるように思っています。

 告訴を受理してもらうため、色々と工夫をしています。

 まず1つは、示談についてです。

 警察が債権回収絡みの告訴を嫌がる理由として、被害者は示談をして債権を回収するとすぐに告訴を取り下げてしまうからということがよく言われます。

 確かに警察の担当者の立場に立てば、刑事処分という成果に至る前の途中ではしごを外されてしまえば、組織内での自らの評価にも結び付かず、それまで捜査に費やした多大な苦労は無駄に終わり、組織人として不快に思うであろうことは想像に難くありません。

 被害者が示談する自由を制限されるのはおかしいという見方も当然あり得ると思いますが、私自身は、警察にかなり譲歩しています。

 具体的には、告訴状には、「受理していただければ警察の了解なく示談はしません」という趣旨の一文を入れています。

 また、依頼者にも、告訴をするのであれば、警察の了解があるまで、示談は控えて欲しいとお願いしています。

 事案によっては、早い段階で警察から示談を勧められることもありますし、また、起訴後でも示談のタイミングはありますので、これで不都合になったことはありません。

 また、その他にも、多忙な警察に配慮するための工夫として、被害者としても、手を抜かずにできる限りのことはするように心がけています。

 例えば、刑事事件で必要ないし有益な情報・証拠はできる限り収集したり、民事の手続で被害回復の可能性のある事案であれば労を省かずに民事の手続を先行させた上でお願いをしたりする等です。

 これらの点も、債権回収絡みの財産罪に特有の対応であり、生命身体に対する犯罪との違いだと思います。

 さて、以上のとおり警察に対しておもねる程の十分な配慮をしながらも、不当な理由で告訴の受理を拒否されることもあります。

 そのような場合、最後は強硬的な対応を取らざるをえません。

 弁護士の間でも、あまり知られていないように思いますが、警察法に以下の規定があります。

(苦情の申出等)
第七十九条 都道府県警察の職員(第六十一条の三第四項に規定する都道府県警察の警察官を除く。)の職務執行について苦情がある者は、都道府県公安委員会に対し、国家公安委員会規則で定める手続に従い、文書により苦情の申出をすることができる。
(2項以下は略)

 私自身は、これまでこの制度を実際に利用したことはありませんが、担当者が頑なに告訴の受理を拒否するため、最後に「もうあなたとは話をしない。警察法79条に基づき公安委員会に苦情を申し出る。」と告げたことが数回あります。

 いずれも電話でしたが、遅くともその翌日にはその担当者ないし上司から電話があり、対応が変わりました。

 この苦情申出の制度は効果があるようですが、警察としてはあまり使って欲しくないようです。

 弁護士が懲戒の申立てを受けるのと共通するようなところがあるのかもしれません。

 利用するのであれば、警察に非があることを確実に説明できる場合にすべきで、警察との付き合い方を考えれば、安易には使わない方が良いように思っています。

 債権回収のために刑事告訴をすることは、本来の刑事訴訟手続の目的外利用である、あるいは企業や弁護士の金儲けに協力したくないと否定的に考えている警察関係者もいるようです。

 また、費用対効果を考え、刑事告訴を消極的に考えている企業担当者の方もいます。

 立場によって受け止め方は様々ですが、債権回収を主たる業務とする弁護士にとっては、現行の民事訴訟手続、特に保全手続、強制執行手続の頼りなさを考えると、刑事告訴も有効な武器の1つではあります。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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