弁護士コラムバックナンバー

パラダイムシフト前夜の消費者契約法 ――『消費者契約法』を刊行して

後藤 巻則

※書斎の窓(有斐閣)2026年1月号 No.703「自著を語る」から転載

本書が目指したこと

 このたび、『消費者契約法』を刊行しました。

 消費者契約法は、二〇〇〇年に成立した後、数次の改正を経たものの、同法を含む消費者法制度の抜本的な見直しが必要とされ、その方向性が提言されています(内閣府消費者委員会「消費者法制度のパラダイムシフトに関する専門調査会報告書」〔令和七年七月〕)。

 ところが、同法の解説書としては、立法にかかわった落合誠一東京大学教授(現、同大学名誉教授)による『消費者契約法』が、同法成立当初(二〇〇一年)に有斐閣から刊行されて以来、実務家によるものを除いて、単独の著者による同種の解説書は刊行されていません。

 もっとも、この間が全くの空白期間であったわけではもちろんありません。

 コンメンタール(逐条解説)は版を重ねており、消費者庁(当初は、経済企画庁)によるもの(最新版は、消費者庁消費者制度課編『逐条解説消費者契約法〔第五版〕』〔商事法務、二〇二三年〕)、日本弁護士連合会によるもの(最新版は、日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編『コンメンタール消費者契約法〔第三版〕』〔商事法務、二〇二五年〕)があり、私も執筆に参加しているもの(最新版は、後藤巻則=齋藤雅弘=池本誠司『条解消費者三法〔第三版〕』〔弘文堂、二〇二五年〕)もあります。

 しかし、これらは、コンメンタールという性格上、同法が拠って立つ理念や考え方を横断的・体系的に叙述するには適しない面があります。

 落合教授の『消費者契約法』は、「消費者契約法立法の経緯」(第1編)、「消費者契約法の逐条検討」(第2編)、「消費者契約法の意義と課題」(第3編)、関係資料(第4編)からなりますが、とりわけ第3編「消費者契約法の意義と課題」の内容に何を付け加え、何を書き換えるかが、今日の重要な課題です。

 こうしたなかで、本書は、消費者契約法の成立の経緯や改正過程を確認しつつ、この間の判例や学説の展開を位置づけ、同法の現在の姿を伝えるとともに、その在るべき未来についても考察を及ぼすことを通じて、「消費者契約法の意義と課題」を再考することを目指しています。

消費者契約法と私

 これを目指した背景として、消費者契約法と私とのかかわりについて、時期を追って述べたいと思います。

第1期

 消費者契約法が成立する以前の消費者法は、行政による事業者への事前規制や行政指導を中心とするものでした。

 そのため、消費者に不当に不利な契約が締結されても、消費者は、民法の規定が適用できる場合でなければ、契約の取消しや無効を主張することができない状況でした。

 私が、自身の研究としてほぼ最初に取り組んだテーマがこの問題でした(「フランス契約法における詐欺・錯誤と情報提供義務(一)~(三・完)」民商法雑誌一〇二巻二・三・四号〔一九九〇年〕)。

 この論稿は、一〇年後の消費者契約法の成立につながる問題意識を展開したもので、これを出発点とし、消費者契約の効力の問題や、各種の消費者契約における事業者の義務の問題を検討した論稿をまとめて、『消費者契約の法理論』(弘文堂、二〇〇二年)として刊行しました。

第2期

 二〇〇〇年代に入り、消費者基本法の成立(二〇〇四年)前後から、消費者法の新しい時代が始まります。

 そこでは、「保護」から「自立」への消費者の位置づけの転換が強調されました。

 一九八〇年代からいわゆる規制緩和の動きが強まり、九〇年代に入り、経済の長期低迷を背景に、市場メカニズムを重視する社会への転換が図られたことなどが、その背景にあります。

 こうした状況のなかで、消費者契約法における消費者も、事業者との情報や交渉力の格差を是正しさえすれば、自由で合理的な意思決定ができる「強い個人」を想定していたと考えられます。

 しかし、消費者の自立は、行政等による支援があってこそのことであり、「強い個人」を想定することの問題性に目を向ける必要があります。

 今日の「脆弱な消費者」につながる検討課題です。

 さらに、二〇〇〇年代後半からは、二〇一七年に成立した民法改正(債権法改正)の準備が始まります。

 消費者法との関係では、消費者契約に関するルールを民法典に取り込むべきだとする積極説と、一般法である民法には抽象的な「人」を念頭に原則的な規定を置くにとどめるべきだとする消極説が対立し、活発な議論が展開されました。

 こうした問題を扱った論稿をまとめて、『消費者契約と民法改正』(弘文堂、二〇一三年)を刊行しました。

第3期

 消費者契約法の二〇一六年改正と二〇一八年改正は、上記の民法改正との関係が深い改正です。

 たとえば、民法改正において公序良俗違反の一類型として規定される可能性があった暴利行為の立法化の見送りを受けて、同種の規定を消費者契約法に導入することが検討され、同法への過量契約取消権の導入や困惑取消権の追加に結びついたという経緯があり、それらを根拠づける考え方として、「合理的な判断をすることができない事情を利用して契約を締結させる」場合の取消権が検討されるなど、「脆弱な消費者」に連なる問題への関心も強くなってきました。

 しかし、二〇二二年の改正に至っても、取消権の拡充がそれ以上進まないなど、消費者契約法の改正は、現在、壁に突き当たっていると言われます。その大きな要因は、消費者を取り巻く取引環境の変化です。

 高齢化の進展等により認知機能が不十分な消費者の割合が拡大していることや、AI等の技術の進展により人間の限定合理性や認知バイアス等が利用され、消費者に不利益で不公正な取引が広範に生じやすい状況が発生していることを踏まえ、消費者とはどのような存在であるかという根本に立ち返って消費者法制度を見直す必要があります。

 こうした問題意識のもと、本書は、消費者契約法上の各制度が、同法の立法や改正の際にどのような社会関係を背景に、消費者と事業者の関係をどのように規律しようとしてきたのかという観点から、同法の各規定が拠って立つ理念や考え方を横断的・体系的に叙述することを志向しています。

 本書の特色については、本書の「はしがき」に記しましたが、ひとつ付け加えます。

 私は、大学で民法と消費者法の教育・研究に従事しつつ、消費者契約法の改正審議や国の消費者行政全般に対する監視・提言の役割に従事する機会を得てきました。

 そして、現在は、弁護士として消費者紛争の解決に取り組んでいます。

 こうした場面で学んだことや考えたことを踏まえた解説書として、本書を多くの人に読んでいただきたいと思っています。

本書の構成

 本書は、五つの章からなります。

 第1章「総論」では、第1節で消費者契約法成立の背景や改正に至る事情を確認し、第2節で同法の立法目的、第3節で同法の適用範囲、第4節で事業者および消費者の努力義務、第5節で他の法律との適用関係を扱っています。

 この章では、消費者の脆弱性を取り込む方向での同法の立法目的の見直しや、同法の適用範囲に直結している消費者・事業者の定義の再検討等、「消費者契約法の意義と課題」の再考にとって重要な検討を行っています。

 第2章「消費者の取消権」では、第1節で、不当勧誘行為の諸類型とそれらに共通して問題となる勧誘概念を示したうえで、第2~第4節で誤認取消し、困惑取消し、過量契約取消しの適用要件について検討し、第5節で重要事項、第6節で取消権の行使期間等と取消しの効果、第7節で契約の締結に第三者(媒介受託者・代理人)が関与した場合の問題につき扱っています。

 この章では、取消しができる場合の拡充を促した判例の進展や法改正の動きを検討したうえ、取消権拡充の限界も見据えた検討に至っています。

 第3章「消費者契約の条項の無効」では、第1節で民法における不当条項規制を確認したうえで、第2節でそれとの関係を示しつつ消費者契約法における各種の不当条項規制を扱っています。

 特に議論が多い九条一項一号については、判例・学説の進展や改正の推移を検討したうえで、改正に向けた議論を深めるための視点について言及しています。

 第4章「差止請求」では、第1節で消費者の集団的利益の実現のための制度の理論的根拠や差止請求の内容等を示したうえ、第2節、第3節で、適格消費者団体の認定やその更新・失効、差止請求関係業務等、さらに訴訟手続等の特例について扱っています。

 第5章「消費者法の体系化・現代化と消費者契約法」では、消費者契約法と消費者関連法および民法との関係の検討を通じて、消費者契約法の存在意義や位置づけについて論じています。

本書の後で

 上記の「消費者法制度のパラダイムシフトに関する専門調査会報告書」は、「超高齢化やデジタル化の進展等により、消費者を取り巻く取引環境は大きく変化している」ことを指摘し、今後は、消費者と事業者との間の情報・交渉力格差の是正に加え、「消費者ならば誰しもが多様な脆弱性を有するという認識を消費者法制度の基礎に置くことで、消費者が安心して安全に取引に関わることができる環境を整備するべきである」としたうえ、「これは、強い個人をモデルとし、強い個人が他者からの干渉を受けることなく、自由に意思決定をし行動していくことで、幸福な社会状態になるという近代法的な考え方からの根本的な転換である」と述べ、「このような根本的な考え方の転換を基軸として、既存の枠組みに捉われず、抜本的かつ網羅的に消費者法制度のパラダイムシフトを進める必要がある」と宣言しています。

 パラダイムシフトは消費者法制度の全体に及ぶものです。その実現の過程で消費者契約法がどのような役割を担い、どう進展するのでしょうか。

 消費者庁は、「現代社会における消費者取引の在り方を踏まえた消費者契約法検討会」を組織し、二〇二五年一一月二五日に第一回目の会議が開催されました。

 本書でその前夜まで書き終えましたが、パラダイムシフトはいよいよこれからがクライマックスです。

 引き続きその行方を注視したいと思います。

 なお、本書には以下の評者による書評があります。

 鹿野菜穂子慶應義塾大学名誉教授(NBL一三〇二号)、宮下修一中央大学教授(現代消費者法六八号)、薬袋真司弁護士(消費者法ニュース一四五号)。

※書籍の詳しい情報は、有斐閣ウェブサイトをご覧ください。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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