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未だもどかしい発信者情報の開示請求

澤田 行助

 インターネットにおける名誉権、プライバシー権等の権利侵害は年々増加傾向にあり、個人がインターネット世界と共に歩いているともいえるスマートフォン時代には、その傾向は益々顕著になると思われます。しかし、周知のとおり、権利侵害を受けたもの(権利者)は、誰だか分からない侵害者(発信者)に対して、直ちに民事・刑事的な請求を行うことはできず、いわゆるプロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求を通してしか、発信者を特定する手段がありません。

プロバイダ責任制限法に関しては、総務省の「利用者視点をふまえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」がとりまとめた「プロバイダ責任制限法の検証に関する提言(案)」(平成23年6月)の公表後、各方面からコメントが出された上で省令が改正され、開示の対象が携帯端末の識別番号等に拡大されるなど一定の成果が得られました。しかし、インターネット上で24時間、名誉やプライバシーを侵害され続けている権利者にとっては、未だやるせなくもどかしい状況が続いていることも事実です。

現状では、掲示板等のサイト運営者に対して通信履歴(ログ)調査を依頼し、発信者のIPアドレス、携帯端末の識別番号、SIMカード識別番号、発信時間(タイムスタンプ)等の開示を受け、それを元に、発信者とプロバイダ契約を締結している経由プロバイダに対して発信者の情報(住所・氏名・メールアドレス)の開示を受けるという手続きを行います。しかし、サイト運営者も経由プロバイダも、依然として開示には応じない傾向が強いので、まずサイト運営者に対して、IPアドレスとタイムスタンプの開示の仮処分を行って事実上の開示を受けるという手続きを経なければなりません。その上で経由プロバイダが判明するわけですが、ログが保存されているかどうかも分からないために、ログ保存のための仮処分を行った後、開示請求の訴訟を提起するという迂遠な手続きを行うことになります。名誉毀損による損害賠償請求はそのあとの話です。しかし、ログ保存期間はサイト運営者やプロバイダによってまちまちですから、権利侵害に気づくのが遅かったりIPアドレスの開示に時間がかかったりして、ログの保存がなされていなければ、手の打ちようがありません。また、大手経由プロバイダなどは、任意の開示請求に対しては、「同種の請求がたくさん来ていて、まず警察からの照会から対応しなければならず大変」、「おそらく調査に3ヶ月くらいかかる」、「調査した時にログが残っていなければ申し訳ないが分からないということもある」、「ログの調査ができたとしても、発信者に問い合わせて発信者が開示を拒否すれば任意の開示はできないと思う」などと曖昧な返答をします。また、やむをえず訴訟を提起した場合でも、経由プロバイダは、仮に権利侵害が明白と思われる事案であったとしても、「発信者本人からの了解が得られていない」、「背景事情がわからない以上、名誉権等が侵害されたかは明白とは言えない」などと抗弁を主張します。

このような状況が今後も続くのであれば、やはり更なる検討が必要なのではないでしょうか。論点はいくつかありますが、権利侵害が明白な事案の手続きを迅速にするために、少なくとも下記の点について改善が望まれるところです。

1 請求に応じたログの保存義務

前記のとおり、ログの保存義務は現状では定められていません。確かに、すべての利用者のログを保存することは、プロバイダ等の事業者にとって過大な負担となり、適切なサービス提供に支障を生じるというプロバイダ側の主張も一理あります。しかし、上記のとおり、現に任意で発信者情報開示請求をかけているのに、電話での回答では、調査時には消去されてしまうかもしれないなどと回答されるのは理不尽ではないでしょうか。現に仮処分決定が出れば、プロバイダは直ちにログを保存しますので、任意の発信者情報開示請求があった場合にログを保存することができないわけではなく、過大な負担とはなりません。少なくとも、開示請求があった場合には、ログの保存を義務付けるようにすべきです。これにより、少なくともログの保存に関しては、仮処分の手続きを行う必要が無くなります。

2 IPアドレスとタイムスタンプの原則開示

IPアドレス(ここでは、携帯端末の識別番号、SIMカード識別番号を含む)とタイムスタンプについては、それのみでは個人を特定することはできませんので、発信者のプライバシー権に対する侵害の程度は比較的小さいと言えます。一方で、権利者にとっては、まず、IPアドレスとタイムスタンプの開示を早期に受けないと経由プロバイダが特定できませんので、ログが消えてしまう可能性を否定できません。したがって、少なくともIPアドレスとタイムスタンプについては、原則開示を義務とすべきです。これにより、IPアドレスとタイムスタンプの開示のために仮処分の手続きを行う必要が無くなります。

3 ADRの活用

上記のとおり、権利侵害の数が増加傾向にある中、現状の運用ではまだまだ迅速性に欠けるところからすると、専門家によるADR機関を設け、これを裁判と任意の開示請求の中間に位置づけ、和解・仲裁手続による早期解決を図ることも有用かと思います。

プロバイダ責任制限法には、管轄の問題、権利侵害の明白性の問題、プロキシサーバーを利用している場合の開示を円滑に進める方法等まだまだ多くの課題が残されていますが、権利侵害で悩まされている真の被害者を早期に救済するために、上記の点は再度検討しても良いのではないかと思います。

以上

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