弁護士コラムバックナンバー

信託のすすめ

中川 武隆

1 信託(Trust)との出会い

 秋学期の大学院の講義で、P. Davies & G. Virgo, Equity & Trusts Text, Cases, and Materials (2nd ed. Oxford U. P. 2016) を講読した。イギリスの学生向けの衡平法と信託法のケースブックである。 予備知識皆無で、いきなり、本家の信託法に取り組む。解釈論がどちらかというと大陸法的であり、久しぶりの法解釈論に、結構、引きつけられる。イギリスでは、信託法は必須科目であるが、学生にとり難しい科目とのこと。

2 衡平法(エクイティ)であること

 ちょっと面白い判例を紹介する。婚姻が破綻し、妻の下を出て、その後、別の女性と一緒になった夫が、その女のために信託を設定したと認定された事例。夫は、自己の名前で銀行口座を作り、預金し、女も引き出しができた。自分や女がビンゴで勝った金を、その口座に入金し、日頃、女に「口座の金は、平等に、あんたと私のもんだ」と言っていた。この言葉が、信託の設定と認定された。夫が、遺言なしで、死亡した。妻が、銀行口座の金全部を要求したが、裁判所は、口座の金の半分については、信託の下(受託者は夫)、女に受益者として、権利があるとした。重婚的内縁関係にあった女を救済した、大岡裁きである。さすが、衡平法(エクイティー)。Paul v Constnce [1977] 1 WLR 527 これは、信託を設定する意図の確実性の要件を、寛大に肯定した事例であり、ボーダーライン・ケースであるが、イギリスにおいて信託が日常茶飯事のようなものであることを示す一例として、上記のケースブックから紹介した。

3 イギリス社会において必須

 イギリスにおいては、信託は、「ビジネスに使われるというより、個人が生前に自分の子供や配偶者を受益者(Beneficiary)として、特定の受託者(Trustee)を決めて、信託財産の運用を依頼するのが典型的なものである」「Solicitorの主たる職域分野の一つである」とされる(杉浦保友・イギリス法律英語の基礎、レクシスネクシス・ジャパン、平成21年p6)。

 弁護士にとっても大切な取り扱い領域である。最近まで、NHKで再放送があったアガサ・クリスティ原作の「名探偵ポアロ」では、葬儀の後で、Solicitorという事務弁護士が登場し、遺言を読み上げるシーンが定番。信託は遺言によって設定される場合もある。先日の放送分では、遺言とは別の箇所で信託が登場していた。

4 日本における信託の活用の道(高齢化社会と信託)

 日本において、成年後見がうまく機能していないというニュースを目にする。英米法学者の樋口範雄・入門信託と信託法第2版(弘文堂、2014)p277が、「いかにして成年後見を回避するか」というアメリカの論文を紹介している。成年後見制度を利用するのは、いわば「法的な準備の失敗」だというもの。認知症になる前に、自己の財産について、自分でプランを立てることを認める法制度の必要性は、確かに必要であると思われる。遺言、成年後見制度では、十分まかなえない法的需要があるだろう。

5 日本の実状

 ということを考えていたところ、先日、法律専門の本屋さんに寄ってみて驚いた。家族信託関連の雑誌・図書がすでに多数出版され、店頭に並んでいる。偶然、目に付いたものを上げると、「信託フォーラムvol.6 Sep.2016(日本加除出版)」では、中本和洋日弁連会長が「弁護士が信託に取り組む意義」を寄稿し、国民の需要に応え、弁護士の新たな業務領域となると述べている。次いで、「家族信託再考—その普及と課題—」と題して、遠藤英嗣弁護士と新井誠中央大学教授が対談している。「家族信託実務ガイド第4号 Feb. 2017(日本法令)」では、「高齢者対策の新たなツールとしての『信託』の活用を!」と宮崎祐二弁護士が提言をしている。そのほか、弁護士、公証人、司法書士、税理士が論文を掲載している。

 以上からすると、認知症になる前に信託を使う、あるいは、知的障害を持つ親御さんが「親亡き後の支援」、事業承継信託など、信託の必要性は高いことがうかがわれる。一方、まだまだ発展途上の法分野でもあり、問題点も色々とあるようである。今後、より多くの弁護士が家族信託に関わり、これを、正常に発展させて行くことが大切ではないかと感じさせられた。また、我田引水ではあるが、本家であるイギリス信託法を理解することが、日本において、民事信託を正しい方向に導いていく指針となりうるであろう。

6 終わりに

 イギリス信託法を少しかじったことで、信託に関心を抱いたことが始まりで、日本の現状に関する上記家族信託関連の雑誌を紹介することにより、信託のすすめ(弁護士が信託に取り組むすすめ)を試みた。なお、先日、新聞広告で、高齢者向け信託会社を併設する法律事務所があることを知った。時代は進んでいるようで、私一人が驚いているのかもしれない。

 とはいえ、日本でも、イギリス並みに、信託法を知らなければ、特に、家族関係の事件について、弁護士は務まらない時代が近付きつつあるのではなかろうか。

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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