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個人情報保護法制のゆくえ

藤原 宏高

 平成25年5月に成立した行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(平成27年法律第25号,以下「マイナンバー法」という。)の段階的施行により、平成27年10月より、12桁のマイナンバー(個人番号)が国民一人一人へ通知される。これに加えて第189回国会(常会)に提出されているマイナンバー法及び個人情報保護法の改正案(個人情報の保護に関する法律及び行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律の一部を改正する法律案,閣法34,以下「改正法案」という。)が成立すれば、個人情報をめぐる法制はきわめてわかりにくいものとなる。そこで、かかる個人情報保護法制のゆくえを私なりに整理してみた。

 私が、個人情報保護法制にかかわり始めた契機は、総務省の『電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン』改訂の為の委員会に関与したことによる。その後、日弁連の住基ネット反対運動に参加し、平成14年7月、個人情報保護法を審査する衆議院内閣委員会にて、参考人として,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律案(成立後は平成15年法律第58号,以下「行政機関個人情報保護法」という。)の持つ問題点を指摘させていただいた。

 その後10年余を経て、個人情報保護法制は大きな曲がり角に来た。現時点でマイナンバー法の適用領域は法律に規定された社会保障、税及び災害対策に関する事務に限られているが、改正法案では銀行口座に付番されたマイナンバーが年金徴収に用いられることを想定し、メタボ検診,予防接種歴管理といった一部医療等分野に拡大される他,マイナンバーとは異なる「医療等ID」の付与及びマイナンバーとの連携が模索されている。我が国はいよいよ国民総背番号制の時代を迎えることになる。民間事業者の意思にかかわらず、マイナンバーは行政機関のみならず、民間事業者においても国民の個人情報を紐づける番号として、データベース化される。マイナンバーはそれ自体個人情報であることから(マイナンバー法上は従来,単体で「特定個人情報」に該当されるとされ,改正法案による改正後の個人情報保護法では「個人識別子」に該当するとされているので,やはり単体で個人情報に該当する)、マイナンバーを取得・管理する事業者は、マイナンバーの管理において必然的にマイナンバー法と,改正法案による改正後の個人情報の保護に関する法律(平成15年法律題57号,以下改正法案による改正後の個人情報の保護に関する法律を「改正法」という。)の双方の適用を受けることになる。マイナンバー法上創設された第三者委員会である特定個人情報保護委員会は、平成28年1月より、「個人情報保護委員会」として、マイナンバー法と改正法の双方の執行を監視・監督することとなる。公正取引委員会と比肩すべき本格的な調査権限を持った第三者委員会が出現することは必然の事態であるといわざるを得ない。

 他方、現段階では、行政機関個人情報保護法の大幅な改正は提案されていないので、残念ながら個人情報保護委員会は、マイナンバーと関連付けられていない個人情報を保管する行政機関を監視・監督する権限は有していない。臨時国会に提出されると思われる行政機関個人情報保護法の改正についての総務省(行政管理局)の研究会の議論は,匿名加工情報についてのみ個人情報保護委員会の監督を及ぼすという歪なものである。

 また、昨今の個人情報漏えい事件を受けて、改正法では不正な利益を図る目的による個人情報データベース提供罪が新設される。悪意を持った個人情報データベース等の漏えいは、企業コンプライアンスの射程距離を超えており、もはや刑事罰でしか個人情報データベースの漏えい防止は担保しえないということであろうか。マイナンバーの漏えいには刑事罰があることとの対比でも、個人情報データベース等の漏えいにも刑事罰を科すことはバランス上やむを得ないものと考えられる。

 加えて、改正法では、5000件以内の小規模の個人情報しか保有しない小規模取扱事業者に対する適用除外もなくなり、件数にかかわりなく、個人情報を保有する事業者は、個人情報取扱事業者として改正法の適用を受けることとなるなど、個人情報の保護を強化した。

 かかる法規制強化の半面、ビッグデータの利活用を目指す見地から、匿名加工情報に関する規定が導入された。匿名加工情報は個人情報ではないが、匿名加工情報の取扱いも本人の権利義務に影響をあたえることを想定して、一定の緩やかな規制をかけることにより、匿名加工情報の利活用を図り、社会の発展に活かしたという狙いである。匿名加工情報の加工方法については認定個人情報保護団体の策定する個人情報保護指針も活用されるとされている。第三者委員会の力だけでは、匿名加工情報の悪用を防ぐことは困難であり、民間の力を借りて社会全体で匿名加工情報の乱用防止を図るものと思われるが、すべては今後の運用に委ねられている。

 今後到来する本格的な番号社会においては、国民一人一人が自らのマイナンバーを含む個人情報及び個人情報データベースの趨勢に注意を払いつつ、社会全体で乱用的な事態を防止することが求められているといわざるを得ない。この観点からは、個人情報保護委員会の今後の本格的な活躍に期待したい。

以上

本コラム中の意見や推測にわたる部分は、執筆者の個人的見解であり、ひかり総合法律事務所を代表しての見解ではありません。
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